65 ルコントは実りの季節を迎えています
結婚式の後、国中を探索したが、マルルーナの行方は解らずじまいだった。
半年は国内を徹底的に捜索したのだが、その後捜索隊も人数を減らし細々と捜査していた。
だが、それも捜査打ちきりとなってしまったのだった。
既に死亡しているのでは? と噂されたが、その噂も聞かなくなった。
だが、彼女は今も生きている。
サイコパスな彼の元で・・・。
そして、エルエストは・・。
あの後、ルコントのパンを口一杯に詰め込まれて、ようやく『蠱惑』が薄れ、まとも? になっていった。
だが、あれだけ奥手で告白も出来なかった男が、レティシアに毎日愛を囁き一日一回は、顔を見ないと干からびている。
しかも、早く公にレティシアを自分の妻だと宣言したいがために、夜会にレティシアを連れ回し、婚約もしていないのに「我が妻です」と紹介するので、レティシアが領地の経営に支障をきたすと嘆いていた。
その状態を解消するために、二人の婚約式がすぐに行われた。
『こんなにも早く?』と貴族の中でも不思議に思った人は多かった。
しかし、意外にも国中で綽然たる態度で受け入れられる。
庶民に至っては、庶民の女神は王家に入らず、ずっと身近な存在でいてくれることを喜んだ。
一番喜んだのはルコントの領民だ。
レティシアが王宮に住まいを移すのではと憂慮していた。
マイクなどは、夜も眠れない程に。
だが蓋を開ければ、今回の件の褒美で公爵家に格上げされたルコント家に、エルエストが婿入りする事になったのだ。
レティシアが領地から離れないと知った領民は、一週間ルコント祭りを開き喜んでいた。
数年後・・・。
その喜びのまま、春一面に花咲く今日、レティシアはルコントの領地にある、小さな聖教会で結婚式を挙げる。
王子の結婚ということで、ボロボロだった建物は、国王の命令でほんの少しだけ補修された。
ラシュレー国王は、『魅了』から救ってくれたトロウエン大司教の恩に報いるために、建て直しを提案したのだが、トロウエン大司教は断った。
「信仰の深さは建物の豪華さにあらず。祈る深さこそ信仰の深さです」と言い、譲らなかったのだ。
塗り直された白い壁は、お日様の光を反射して輝いている。
その美しくなった扉が開かれ、レティシアとエルエストが並んで深く一礼。そして、顔を見合わせ微笑むと前を向いてゆっくり祭壇に。
両脇の席には国王と王妃と側妃と第一王子のハリー。そして、ドーバントン公爵夫妻にタイラー侯爵夫妻にコルネリウス。更には、この世紀の結婚式を見逃さないように目を皿のように見ている社交界きってのインフルエンサー、ドルト伯爵夫人。
その祭壇の前には、既に鼻を真っ赤にしたトロウエン大司教がすんすんと鼻をすすりながら待っている。
「この領地は長らく荒れ果てて、何も無い場所でした。そこに小さな少女が微笑みと共に、この地に住まう人々に愛と希望を与えにやってきてくれたのです。大人達が忘れていた夢を、彼女は人々に語り、そして私達に上を向くための、努力の仕方を教えてくれたのです。
彼女の名前はレティシア・ルコント。ルコントの領民全ては、あなたに変わらぬ忠誠を貫くと誓います」
大司教様がレティシアの手の甲にキスをした。
すると、本日この結婚式に領地代表で参加した、マイクとジョージが立ち上がり深く頭を下げた。
王家関係の結婚式に庶民が参列するのも、ルコントならではである。
再び大司教が今度は誓いの言葉を続ける。
「新郎エルエスト・ラシュレー。貴方はレティシア・ルコントを妻とし、病める時は妻を治るまで看病し、健やかなる時はもちろん、悲しい時はレティシアが心の底から笑えるように励まし、喜びの時は分かち合い、レティシアに寂しい思いをさせないように努力し、あまり夜会に連れ回さないで欲しい・・それに・・・」
「おい、いい加減に先に進めろ」
あまりに長い言葉に、ジョージがトロウエンに小声で諌めた。
「コホン、貧しい時も富める時もこれを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命ある限り心を尽くす事を誓いますか?」
「はい、誓います」
エルエストは歯切れよく力強く答えた。
その返事に重々しく頷くトロウエン大司教。
次にレティシアを見る。
大司教の顔は先程の厳しい表情とは打って変わり、孫の応援にきたじいじのように、にこにことしている。
「新婦レティシア・ルコント。あなたはエルエスト・ラシュレーを夫とし、病気の時も健康な時も、悲しみが訪れた時も喜びの時もどんな時もエルエスト・ラシュレーを愛し尊敬の気持ちを忘れずにその命ある限り慈しみ大切にすると誓いますか?」
「はい、誓います」
この後、指輪の交換やら、誓いのキス、そして署名式が終わり、二人は聖教会を出る。
エルエストとレティシアは、ルコントの聖教会から離れた所に置いてある馬車を目指し、長い長ーーいレッドカーペットを進む。
そのカーペットの両側に、ズラッと領民が並んでいる。
否、領民だけではない。他の領地から駆けつけた庶民や貴族。その身分関係なく並んでいる様は、レティシアが目指しているものであった。
「おめでとうございます」「末長くお幸せに」の言葉のシャワーを浴びて、二人は馬車に乗り込んだ。
そして、新居となるルコントの屋敷に到着。
以前住んでいた屋敷の隣に、少しばかり大きな屋敷を新しく建てた。
前の屋敷は、手狭になった事もあったが、さすがに第二王子が住むには申し訳ないほど古びている。
以前の屋敷はリフォームをして、使用人の住まいとして使うことになった。
そして、新しい屋敷は二人の新居だ。新婚の二人が、真新しい夫婦の部屋に入る。
途端にエルエストがヘタレを発動。
「やっぱり可愛い。俺の奥さんなんだ。奥さんになったんだ」
震える手でレティシアの細い顎を持ち上げ、そのかわいい顔を見つめる。
レティシアは自然と目蓋を閉じた。
そしてレティシアの唇に・・・。
目を瞑り、レティシアは待っていたが、全く唇には何も当たらない。
どうしようか? と悩んだ挙げ句、薄目を開けると、片方の手で自分の頬を摘んでいるエルエストが見えた。
「・・・えっと・・何をしているの?」
レティシアが困惑しながら聞く。
「こんなに嬉しい事が起きるなんて、夢ではないのか? 俺は死ぬのか? 今が一番で、これから悪い事が起きるのか?」
ここに来て、何を怖じ気づいているのだろう?と呆れたが、これがエルエストなのだと笑ってしまった。
「あなたはこれからも、ずっと私と一緒に幸せになるのよ。さっき約束したでしょ?」
結婚式の誓いの言葉を思い出したエルエストが、ブンブンと嬉しそうに頷く。
レティシアはほんの少し魔力を込めて、「愛しているわ、エル」
ずるいとは思ったが、恋愛ヘタレの夫には少しの後押しが必要なの、
と『蠱惑』発動。
その効き目は、充分過ぎたのだった。
さらに数年後・・・。
北部のオルネラ村は、今年も実りの多い年になりそうだ。
大地にはキラキラと金色に光る小麦が広がっている。
畑を眺めるマイクの隣に、可愛い男の子が座っていた。
「マイクじいじ、母上は普通の人だよね? なのに、みんなが聖女って呼ぶんだ。僕、母上が聖女様って呼ばれるのきらい」
マイクは小さな男の子の頭を撫でながら、ルコント・ソーダを渡す。
「この領地を救ってくれたのが、レティー様でしてな。それで皆はそう呼んでいるんですよ。だけど、ラインハルト様はなんで、レティー様が聖女様と呼ばれるのが嫌いなんですかの?」
「だって、僕の母上なのに、みんなの物みたいで・・・」
可愛い理由にマイクは、「ほっほっほ」と笑ってしまった。
それで、ラインハルトは少し拗ねたように、ぷいっと顔を横に向ける。
「すみません。でも、大丈夫ですよ。だって、母上と呼べるのはラインハルト様だけです。だからレティー様の特別はラインハルト様だけです。それに、レティー様はいつでもラインハルト様を一番に考えておいでですよ。ほら、」
そう言って、マイクが顔を上げると、息子を迎えにきたレティシアとエルエストが手を振っている。
。
それを見た、ラインハルトは嬉しそうに立ち上がり、マイクに「ほんとだ」と嬉しそうに笑う。
「マイクじいじ、明日、草笛を教えてね。ありがとう」
そう言うと、ラインハルトは手を振る両親のもとに駆けていった。
今日もルコントには、爽やかな風が吹いている。
ーーーーーー完ーーーーーー
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