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64 パンを下さい!!


トロウエン大司教の心臓が、トトトトトトと小太鼓のように速く打ち付けている。


ルコント領の聖教会で、説法を長引かせろと言われた時、あの時はレティシアの命がかかっていた。

そして今度は国の存亡がかかっているのだ。


震える唇を動かし、先ずは集まった人々に説教を始めた。


「ほ、本日はお日柄もよく・・。この若く、愛に溢れては・・・ぃなぃ・・ぁぃ・・ぁぃもなぃ・・えっと・・」


しどろもどろの大司教に、マルルーナは早く誓いの言葉を言えと、無言の圧力を掛けるように睨み付けている。

マルルーナの圧には負けなかったが、目を逸らしたトロウエン大司教は頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまった。


「大事なことは・・えーと、パンが・・・」

参列者の頭の上に『パン?』とハテナの花が咲き誇る。


「そ、そう、パンです!!」

トロウエン大司教は神からの天恵を受けた。と言うよりプッツンした。


「いいですか、パンは今から遠い昔に偶然の発酵から柔らかいパンが誕生したのです。全ては偶然から始まりますが、そこからは必然です。絶え間ない人々の努力により、現在でも、数多くの新しいパンが生まれています。ルコントでは新しいハンバーガーというパンが生まれたばかりです」

パンを熱く語りだしたが、あまりの饒舌なトロウエン大司教様の話を皆は聞き入っていた。

何故にパンの話を結婚式で? と疑いもせずに・・・。


その時大聖堂の後方ドアで、ケントが腕を使って大きな○を作っている。

そう、待ち望んだパンが焼けたのだ。

そして、籠一杯に詰められたパンを、ジョージが大聖堂のど真ん中、コック姿でエプロンを着けたまま運んでいく。

しかも堂々と。


恭しくパンを運ぶ姿に、招待客の多くはトロウエン大司教様の演出だと疑いもしなかった。

あれだけ『パン』を連呼していたのだから、そこにパンが運ばれても、何の違和感もない。


大聖堂内に溢れる、食欲をそそるいい香り。


祭壇から下りたトロウエン大司教は、そのパンを受け取る。

そして、ラシュレー国王の前に立ち、そっとパンを差し出す。

その姿はまるで一枚の絵画のようだった。


戸惑うラシュレー国王に、トロウエン大司教が、「始まりのパンを食べなさい」と珍しく強い口調で命令する。


ラシュレー国王は、まだ熱いパンを手にとり、一口食べる。もう一口。さらに・・・さらにと口に運ぶ手が止まらなくなる。

足りなかったのか、もう一つ頬張る。

全部で5つのパンを無心に食べ続けたラシュレー国王は、『はあぁああああぁあぁああ』と長いため息をつくと、エルエストとマルルーナの立つ祭壇まで歩いていき、不安げに自分を見つめる息子の頭を撫でた。


「すまなかった。だが、もうこの茶番劇も終わりだ」

エルエストの瞳が喜びで大きく見開かれた。

反対にマルルーナは眉を寄せて、怪訝な顔になる。


「今を以て、この結婚式は無効にする!!」


高らかに宣言する国王に、「どういう事だ?」と怒鳴る者、「やったー!!国王が正常に戻った」と歓喜する者が騒然と入り乱れた。


ここで、甲高いマルルーナの声が大聖堂に響く。

「みんなの力で、私をこの国の王にしてー」と謎のお強請りをすれば、『魅了』に掛かった人たちが、突然暴れだした。


「うおおお」と叫び、突如人が変わったかのように隣の知り合いを殴る。

同じ国同士の人々が、殴り合いになっている。結婚式という事もあって、剣がなかった事だけが幸いだ。


だが、友人や親子、兄弟で争っている。

その光景は地獄だ。

正気の者は、殴りながら泣いている。

「親父!! 元に戻ってくれ!!」


ある女性は婚約者にすがり付き号泣していた。

「もう、私の事は愛していないのですか?」


レティシアはあまりの出来事に、頭から被っていたローブを脱ぎその恐ろしい光景で動けなくなる。


しかし突き動かされる感情に、祭壇を上がり叫んだ。

「やめてーー!! お願い!! 争わないでー」

喉が潰れる程に大声を出した。


その時、真っ白な何本もの閃光が聖堂内に突き刺さるように光った。

あまりの眩しさに、誰もが目を覆い、暫くの間何も見えなくなった。


光がなくなり、徐々に目を見開く人々。

そこで、あちこちで漏れる言葉。

「あれ? 俺、なんで兄貴と殴り合ってたんだ?」


「わー、親父悪かった。今、正気に戻ったから、殴んないでー!!」


『魅了』に掛かった人達が次々に正気に戻っていく。

レティシアによるマルルーナの『魅了』を掻き消す『圧倒的魔力の差による魔法の書き換え』が行われたのだ。


レティシアは気が付いていなかったが、『魔花の種』を食べたことで、いつのまにか魔法を二つ習得していた。

このタイミングで、先ずは一つ目となる『聖なる淑女の祈り』を発動したのだ。


ここでマルルーナは、自分の掛けた魔法が綺麗さっぱり消えた事を瞬時に察知し、このままだと自分の身が危ないと、最後の手段に出た。


それは、エルエスト王子が立っている場所に掛けたトラップを発動させることだ。


万が一、エルエストが誓いの言葉に『はい』と言わなければ発動しようと強力に何十にも掛けた『魅了』の魔方陣である。

だが、この魔法は自分の魔力をごっそりと持っていかれる為に、二度と『魅了』を発動できないかも知れない。

でも、ここで魔力を惜しんでいる場合ではない。

とにかくこの際、エルエストだけでも手に入れて逃げようと思ったのだ。


マルルーナが魔方陣を発動すると、禍々しい青黒い光がエルエストを包んだ。

エルエストが、ハッと足元を見た時は逃げる事も出来なかった。

「ぐおーーー!!」

魔法に抵抗しているエルエストが、あまりの苦しさに胸をかきむしる。


「お、俺は、おまえになんか心をやるものか!! 俺が・・俺が愛しているのは、レティシアだー!!」

土壇場でレティシアへの愛を叫んだエルエスト。

しかし、魔方陣の光は全く衰えずエルエストの心を蝕んでいく。


レティシアは目の前で言われた突然の告白と、同時にその愛が消えかけていくのを押し潰されるような悲しみで見ていた。

少しでも、彼に自分の今の気持ちを伝えたい。

いつも大事な時に助けてくれたエルエスト。


レティシアは泣きながら叫んでいた

「エル!! 私もあなたを愛しています!!」


再び説明するが、レティシアは『魔花の種』を食べたことで、2つの魔法を習得していた。

そして、残るもう一つは、『魅了』の上をいく進化形で、最上級の魔法である。


たった今、レティシアは無自覚に、条件となる「愛している」の詠唱で『蠱惑(こわく)』を発動したのだ。


エルエストの全てを浄化するような暖かい風が、彼を包み込み癒した。

当然、『蠱惑』は一番近くにいたエルエストのみが影響を受ける形になり、マルルーナの『魅了』の魔方陣など塵のように吹き飛んだ。


魔方陣が消え去った事で、マルルーナの最後の悪あがきも失敗に終わった。

「くそ、私一人じゃ死なないわよ。第一王子も道連れにしてやるわ」

最後の手段までも失ったマルルーナは、一歩、また一歩と後ろに下がり逃げようとするが、一人の男によって捕まった。


彼の名前はアリーチョ。

彼には、ずっと思い続けていた幼馴染みの女性がいた。

何度もアタックして、やっと婚約の返事をもらったが、その矢先にマルルーナから『魅了』を掛けられたのだ。

あれほど恋い焦がれた婚約者に対し、アリーチョは人が変わったように冷たく接し、更には罵倒までしてしまう。

しかも、マルルーナの「お願い」で、急に連絡を断ち、ルコントに飲まず食わずで、潜入調査をしていたのだ。

そして、倒れて運び込まれたルコント病院で、何日も意識不明になっていた。

アリーチョが正気になり、大急ぎで婚約者の元に駆けつけた時には、すでに彼女は他の男と婚約していた。


自暴自棄になった彼がここにきた理由は、ただ一つだ。


「君のせいで、僕は何もかも失ったんだ。だから、責任をとってね」

アリーチョは薄い笑いを浮かべたまま、マルルーナの脇腹を短剣でズブリと刺した。


「え?」

鋭い痛みに自分が刺された事を理解したが、誰も彼女を助けてくれる状況ではない。


大聖堂は我に返った友人や家族を見て、正常になったと喜ぶ人達で大騒ぎ。

すぐ、近くにいるエルエストは、自分の恋心が両想いだとわかって歓喜している上に、レティシアに掛けられた『蠱惑』の魔法で歯止めが利かないほど、愛を囁きまくっている。


レティシアは、自制という言葉をなくしたエルエストに雁字搦めな状態で抱き締められて、指一本動かせない。


トロウエン大司教はと言うと、国王陛下が元に戻った事と無事に終わった安堵の気持ちで腑抜け状態。



刺されたマルルーナは人々の喜びの最中、アリーチョにずりずりと引きずられながら聖堂から運び出された。

「安心して、君は殺さないよ」

自然治癒(▪▪▪▪)でそのキズが治ったら、また他の場所をキズつけてあげるからね・・・」

アリーチョは、マルルーナに歪んだ執着を向けた。どうやら、彼の持つサイコパスの気質を呼び起こしてしまったようだ。


青ざめるマルルーナ。


「いやー、誰か助けて・・・」

その小さな悲鳴を聞き付ける者は、ここにはいない。

しかも、彼女は最後の魔方陣で力を使い果たし、二度と魅了を発動できなくなっていた。





大聖堂内の状況が、何もわからない地下の牢屋。

マルルーナが最後に残した刺客の騎士が動き出した。騎士は、時間になればハリー第一王子の牢屋に行き、彼を殺すように命じられていた。


その時が来た。

騎士は階段を下りて、剣を抜く。


牢屋の鍵を開けて、無防備に寝ている第一王子であるハリーに剣を振り下ろした。

・・・が、それは暗殺者のトピアスによって簡単に阻止されてしまう。


しかも、牢屋に寝ていたのは、レティシアの護衛騎士のトラビスだ。


「兄さん、頼むからもう少し早く助けてよ。剣が刺さるところだったじゃん」

「ああ、悪かったな。でもスリルあっただろ?」

無口な暗殺者も、弟の前では口が軽かった。


本来小説では、ヒロインを殺そうとするハリー第一王子の行いを、不敬承知で諌めたトラビスは、ハリーに殺されてしまう。

そして、それを知ったトラビスの兄のトピアスは復讐を決意し、ハリーを暗殺する・・・。


だが、ストーリーが変わった事で、二人でハリーを救う事になった。


では、ここにいるはずのハリーは、と言うと・・・・。

『蠱惑』+自分の気持ちが両想い+初恋(しかも、拗れまくった)・・が集合してメロメロで「君のそばを離れると死んでしまう」と大騒ぎしているエルエストを、レティシアから引き離すのに、苦労していたのだった。


「俺の全てはレティシアだ!! 君から離れるなんて俺に死ねと言うのか?!!」


「ええい、鬱陶しい!!」

ハリーが力尽くで後ろから弟を羽交い締めにするが、それでもエルエストはレティシアに縋りついていた。


アリーチョ君について、詳しくは54話にて・・


読んで頂きありがとうございます。


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