57 うふふ、最強のアイテムを手に入れたわー
マルルーナは、匿われたタイラー侯爵の屋敷で、好き放題をしている。
先ずはタイラー侯爵夫人を屋敷から追い出した。
彼女の『魅了』は異性にしか効かない。
なので、タイラー夫人は夫や息子を情夫のように扱う様を見て、当然マルルーナに怒りを向ける。
「夫や息子に何をしたの?」と凄い剣幕で詰め寄った。
しかし、当主とその息子はマルルーナの従順な下僕だ。
潤んだ瞳をタイラー侯爵と息子のコルネリウスに向けて、一芝居打った。
「この奥さまが私に酷いことをするの。さっきは鞭で打たれそうになったわ」
「ああ、何て可哀想に・・・。こんなに震えて。母上でも、彼女を傷つけるなら、許しませんよ!!」
「そうだな。ここにお前がいてはマルルーナも気が休まらない。だから、今すぐ、ここから出ていくように」
「・・・あ・・あなた? それに、コルネリウスも・・・、本気で望んでいるの?」
タイラー夫人が震える声で尋ねるが、二人は表情を変えること無く頷いた。
「あらら、ごめんなさいねぇー。お二人にはあなたはもう必要無いみたい。むしろ、邪魔なようよー」
真っ青なタイラー夫人を嘲笑うマルルーナ。
今にも倒れそうな夫人を無視し、侯爵が使用人に指示をだし、ドレスや持ち物を持たせること無く、馬車に乗せた。
「私にこんな事をして! あなたを絶対に許さないわ」
タイラー夫人が叫んでいたが、マルルーナにとって最高のBGMだ。
「負け犬の遠吠えって、何度聞いても最高だわ」
勝ち誇ったマルルーナは、夫人の残した宝石入れを片っ端から開けていく。
そして、ドレスも。
「ねえ、これ全部私の物にしていいかしら?」
タイラー親子にお強請りする。
「もちろんだよ。気に入るのがなかったら、買えばいい」
それからの彼女は、タイラー侯爵の金を湯水のように使っていくのであった。
だが、彼女の欲しい物はこれではない。
エルエストとそして、このラシュレー王国だ。
全ての人が自分に跪く。
そんな状況を、想像しただけで、体が熱くなる。
「慎重に動いて、全て手に入れるわ」
ほくそ笑むマルルーナ。
その時、離れた王子宮にいたエルエストは、背中にヒヤリと冷たい氷が落とされたような、嫌な心地がした。
あの夜会から、二週間。
表だった混乱は起きていない。
だが、その燻りが大きくなっていることは諜報員から聞いている。
マルルーナがタイラー侯爵と出掛けては、既に魅了にかかっている貴族に、魔法の重ね掛けをして、さらに強い支配下に置いていることや、タイラー侯爵に靡く貴族を取り込もうと、『魅了』を掛けて勢力を増やそうとしている事など報告を受けた。
だが、一定数『魅了』の支配を増やしたが、今は頭打ちなのだそうだ。
それは『魅了』に掛からない者もいるのだ。
この報告に油断したのがいけなかった。
『魅了』に掛かった貴族は登城禁止にしている。
だから、この王宮の中は安全だと気を許していたのだ。
その結果、一番恐れていた人物がマルルーナの策に落ちてしまった。
騒動が起こってから、エルエストはルコント領に行けていない。
だが、この時期に王宮を離れる事はできない。
分かっているが、想いは募る。
レティシアが寂しがっているのではないかと気を揉んでいた。
きっと、詳しい状況が分からず、婚約者となった自分が来ない事をレティシアは心配しているだろうと。
実際にはレティシアにちゃんとプロポーズもできず、彼女にはエルエストの気持ちは伝わっていない。
しかも、彼女には領地を広げてもらう為の、契約的な婚約だと思われているので、現在レティシアは、寝る間も惜しんで仕事に精をだしていた。
長く連絡も出来ない事に、一人焦るエルエスト。
「こんなに長い間、顔を会わせていないと、不安で仕方ないな。今度こそ、ちゃんと彼女に自分の素直な気持ちを伝えてやる!!」
両手を握り、覚悟を決める息子を、背後からラシュレー王が見ていた。
「ははは。なんとも、微笑ましい限りだな」
笑われたエルエストが転けそうになりながら振り向く。
「陛下、覗き見とは趣味が悪いです」
ぷんぷんと怒る息子を宥めるように、手を横に振った。
「通りかかっただけだ。覗いていたわけではないぞ」
笑いながら、王子宮を出ようとするラシュレー王。
「どこに行かれるのですか?」
「少し、王宮も落ち着いてきただろう? だから、滞っている政務のために王宮に戻ろうと思っている」
王宮はマルルーナが自由に行き来していた場所だ。
どこにどんな罠を仕掛けていたか分からない。
「まだ、危険では?必要な書類があれば、私が取ってきます」
エルエストは、一番危険性のない自分が取りに行くといったのだが、国王が首を横に振る。
「書類ならば、他のものに頼めるのだが、国璽は私にしか開けられない箱に納めてある。なに、それだけ取ってすぐに戻るつもりだ」
この時交わした会話を思い出す度に、エルエストは後悔することになる。
なぜ、父上を行かせたのか・・と。
多くの騎士に守られながら、王宮に戻ったラシュレー王。
回りを固めているが、王宮はひっそりしている。
国王の身の安全を図るために、前を行く騎士が罠がないか確認して、進んでいた。
無事に国王の部屋に着く。しかし、この室内も罠や魔方陣が書かれていた痕跡がないか、騎士達は床を舐めるように確かめた。
そして、安全だと確認後に国王が入室した。
そして、一番奥の執務机の椅子を引いて座り、引きだしを開けた時に、椅子に書かれた魔方陣が真っ赤に光った。
「やっと来たー」と王の本棚から現れたマルルーナ。
「貴様!! 陛下に何をした?」
「ちょっと、私を好きになってもらっただけよ。ねえ、ダーリン?」
マルルーナは、全く悪びれず、国王にウィンクする。
「この女を取り押さえろ!!」
騎士達がマルルーナを捕まえようと飛びかかった。
だが、それよりも早く国王の声が止める。
「マルルーナ嬢に、触れるでない!!」
国王の声に騎士達が動きを止めた。
「はー、良かった。命懸けでここに居た甲斐があったわ。ねえ、王さま。私ずっと二日間もここにいたから、お腹空いちゃった。ここに美味しい料理を運ばせてよ」
「・・・わかった。すぐに用意させよう。お前達、すぐに料理長に言い料理をここに運べ」
動揺していた騎士は、この窮地に動けない。
「あらぁ? 王さまの命令に逆らうのぉ? 王さま、この人達が動いてくれないの。私、悲しいわ」
「貴様らは、私の命令が聞けないというのか?」
こうなっては、逆らうべきではないと悟った騎士達は、調理場に急ぎ、他は王子宮に急いだ。
エルエストとハリー、そして、王妃と側妃がラシュレー王の自室の扉を開ける。
そこには、ラシュレー王の膝の上に乗り、王にしなだれかかるマルルーナがいた。
「あら、皆さんお揃いでどうなさったの?」
上機嫌なマルルーナは、すぐにエルエストを見つけると、ニヤリと口角を上げる。
「ああ、すぐにここにお呼びしようと思っていたのよ。エルー、やっと来てくれたのね?」
「お前にエルと呼ばれる筋合いはない」
睨みを利かせるが、今の彼女には全く通じない。
彼女には、最強の後ろ楯ができたのだ。これで、マルルーナに怖いものはない。
「王さまぁ。王子が愛称で呼ばせてくれないんです。それにあんなに睨まれたら、怖いですわ」
嘘泣きにもほどがある。まるで園児の芝居のように、「えーん」と泣き真似をしてみせた。
「おお、可哀想に。エルエスト、彼女に冷たい態度はするな」
ラシュレー王が冷たく言うが、すぐにマルルーナに蕩けるような笑顔を向ける。
それに調子に乗ったマルルーナが、とんでもないお願いを口にした。
「私、エルと結婚したいわ。王さまぁ、いいでしょ? エルが欲しいわ」
「バカな事を言うな!! 俺は既に婚約しているんだぞ!!」
切り殺さんばかりにマルルーナに詰め寄るが、ラシュレー国王が止める。
「マルルーナに害為す者は、息子と言えど、許さないぞ。マルルーナが望んでいるのだ。エルエストよ、マルルーナと結婚をしろ。これは命令だ」
これには、王妃も側妃も黙っていられない。
「陛下、それは許されません。既にエルエストには婚約者がいるのです。一介の男爵の娘の言葉で、王子の婚約を破棄することなどできません」
「そうです。それに、陛下も一度はレティシアとの婚約をお認めになられていたではありませんか?」
流石に、王妃と側妃の言葉にラシュレー王も一瞬言葉を詰まらせて、正気に戻るのかと思われた。
だが、再びラシュレー王が座っている椅子が光った。
それは、再び『魅了』の魔法を重ね掛けした光だった。
「ねえ、王さま。あの人達煩いから、どこかに閉じ込めてよ」
マルルーナが口を尖らせて訴えれば、王はすぐに兵士を呼んだ。
「あの二人を愛宝殿に閉じ込めよ。他の妾もそこから出すな」
王宮の騎士達は、王妃と側妃を連れて行く事はできない。
騎士同士顔を見合わせ、おたおたするばかり。
「早く連れていけ!」
さらに王の命令で、板挟みになる騎士達。
「分かったわ、私たちは自分の足で愛宝殿に行きます」
「そこのお嬢さん、これ以上自分の思いどおりになるなんて思わないことね」
王妃と側妃は踵を返し、王の部屋を出ていった。




