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50 やらかしてしまった王子


それは晴れた雨上がりの朝だった。


夜通し、しとしと降り続いた雨が上がり、新鮮な冷たい空気を運んでいる、爽やかな朝。


そんな朝に、一通の手紙が陛下から王子宮に届けられた。


それには、ラシュレー王国に留学中の隣国の王子が、人気のルコント領を見学をしたいと要望があった。

隣国の王子を接待するならば、領主自ら率先しておもてなしをしなければならない。

その手紙を、見せられたエルエストは焦った。


その留学中の第二王子は、ローフレンス王国のジョスパン第二王子。エルエストとは同じ年で、現在婚約者もいない独身王子の中で、一番エロイと評判の王子なのだ。


さらさら金髪は腰まで伸ばし、少しタレ目の横に涙ボクロ。細い顔にあった薄い唇は形良し。だが、優しげな眼差しに似合わず、意外と肉食系なのだ。

落とした女性は悉く頂くそうなのだ。

優しげな容姿と裏腹な彼の座右の名は、『据え膳食わぬは男の恥』らしい。


そんな王子がレティシアに案内されて、あの噂のルコント22滝の最後の夫婦滝を見たならば、絶対にいい雰囲気になってしまうではないか?

しかもジンクスを信じるならば、カップルで最後の22番目の滝を見たら、婚約してしまうと言われているのだ。


今となっては、エルエストにとってそのジンクスは最早呪いのように聞こえる。


滝を見ながら、レティシアの腰に手を回すジョスパン王子。

『滝も美しいが、君の前では霞んでしまうよ』


だあああああああ!!!!!

想像だけで、嫉妬の山が5000メートル級に積み上がる。

そして、嫉妬で固まった脳で考えたことは、夫婦滝にはジョスパンよりも先に、レティシアと行かなければならない、と妙な焦りに変わる。



(陛下も陛下だ。俺が必死で想いを伝えようとしている相手に、よりによってジョスパンをあてがうような真似をするなんて)


無神経な父(国王)の行動に怒りが込み上げるが、当の陛下は隣国の王子がルコントを気に入ってくれれば、自国でも宣伝をしてくれるのではと、軽い気持ちで観光を承認した。


呑気な父(国王)は、息子が一晩寝ずに悩んでいた事など知らない。


わなわな震えるエルエストが出した答えは、今すぐにでもルコントの滝を見に行かねばなるまい!!だった。

もちろんそこで、レティシアにプロポーズするつもりである。


朝まだ明けやらぬ内に御者を起こし、馬車の準備をさせる。そして、調理場に行って朝食の用意で忙しいシェフに無理を言ってお弁当を作ってもらった。

お腹が一杯で、レティシアがいい気分の時に告白の流れに持っていく。


護衛の人数を極力減らし、少数精鋭部隊を選んだ。

人数が多いと雰囲気が壊されるからだ。


ハリーは、せっせと用意する弟の行動を横目で見ていた。

いい感じで、お互いに話が出来るようになっているエルエストとレティシアだ。もう大丈夫だろうと思っていた。


それにエルエストが気負わず告白するには大自然は良い場所だと思っていたからだ。


ハリーは心の中で『頑張れ』と応援し、自分は部屋に戻っていった。



レティシアはエルエストの事情など露知らず、少し早口で『ルコントの滝に君と行きたい』と言われ少し考える。

拳を握りながら話すエルエストに違和感を感じながらも、お世話になっている彼の要望を叶える事ができるし、領地に戻れるので、ルコントの滝に行くことを快諾した。


朝食後、落ち着く間もなく馬車に乗せられてレティシアは、久しぶりに自分の領地に戻ってきた。


まだ、朝早いということもあって、観光客も動き出していない。


ルドウィン町を抜け、ルコントの滝の入り口までやってきた。

既に二人は王宮でズボンに着替え、ハイキングの格好をしているので、そのまま入山する。


「以前、ここに来た時は母上達が途中の場所が気に入って、最後まで行けなかっただろう?」


「ええ、そうでしたわ。妃殿下が写生を始められて、とても美しい絵を描いて下さり、嬉しかったですわ」


当時の様子を思い出し、笑みが浮かぶ。

微笑むレティシアの横顔に見とれてしまいそうになるエルエスト。


「それで、今日は是非最後の滝を見たいと思っているんだ。付き合ってくれる?」


「ええ、勿論お付き合いしますわ」


レティシアはエルエストの目的が、告白をするためとは知らない。

だが、エルエストはレティシアのその返事を、婚約をすると認めてくれたような気になる。


暫く山道を行くと、エルエストが山の景色を何度も確かめる。

そして、首を捻って考え込むようになる。


「おかしいな・・・。」


エルエストの額にシワが寄り、ますます難しい顔になるのを、レティシアが不安そうに見ていた。

「どうかされましたか?」

「ああ、うん・・・」

返事もそこそこに周りの景色を見ている。

そして、とうとうエルエストの足が完全に止まってしまった。


「やはりだ。この場所はルコントの領地ではない。ここは王家の所領の地だ」


「え? まさか・・そんな・・」

レティシアの頭が真っ白になる。


(どういう事? それじゃあ、私は自分の領地だと勘違いして王家所有の土地に入り込んでいたの?)


これは、大きな過失だ。

勝手に王家の所有地に入り込み、商売をしていたなど、言語道断である。


「でも、王家の土地には誰にも入られないように、結界が張られている

はずです。私が山に入った時、そのようなものはありませんでした」


王家がここを所有しているのは、魔獣が多く、被害が多いことから結界を張って立ち入りを禁止していたのだ。


だが、ここまで通って来たが、結界はなかった。

自然と通過出来ていたために、分からなかったのだ。


「君がここを最初に訪れた時に、見えない壁がなかったか?」


「見えない壁ですか?」


(初めて来た時・・・。

どうだっただろうか?)

レティシアは記憶を思い起こす。

何度考えても壁なんてなかった。


「そんな壁はありませんでした」

必死に伝えたが、最初に入山したときの違和感を思い出した。


「あ・・そういえば・・・。コート山に入って暫く歩いていたら、途中でウワワワォンとギターの弦が切れたような音が鳴ったような・・・。ですが、景色に変化はありませんでしたし・・。それに本当に壁を感じたり、行き止まりだった事はなかったものですから・・・」


レティシアは泣きそうになるのを堪えて必死に弁明した。


「ああ、きっとそこに結界があったんだが、レティシアの魔力には敵わなかったのか・・・」


レティシアは、王家の土地を無許可で使う犯罪者の烙印を押されそうなのに加えて、突然の魔力持ち決定の話に、首を振る。


「私、魔力なんて持っていません!!」

抗議するも、反対にエルエストに怪訝な顔をされた。


「何を言っているんだ? 君の屋敷は君の結界で悪意のある人物は入れないようになっているぞ」


この人は何を言っているのでしょう?とエルエストの顔を見返してしまった。


「あれは、あの屋敷に以前から掛かっている魔法なのですよ?」


「違うよ。あれはレティーの魔法だ」


打ちのめされたレティシアは膝から崩れ落ちた。

これで、王家の結界を破損した罪もプラスされるのは決定だ。


(土地の所有権を侵害する行為は、前世でも不法行為だ。

不動産侵奪罪? それに損害賠償も求められるのよね? しかも、今勝手に借りているのは王様の土地・・・。

死罪もありうるの?

それがなくても、王様の土地を無断で使用したんだもの。天文学的な賠償金額を言い渡されるかも・・。)


うううっ。

「領地のみんなごめんね。頼りない領主のせいで、とんだ迷惑をかける事になってしまったわ・・・」


地面に泣き崩れるレティシア。


焦るエルエストは、本当にうっかりというか・・・。ついというか、これで彼女を自分のものに出来るかも知れないと、悪魔が囁いたのだ。


「大丈夫だよレティー。俺と結婚すれば、全て解決するよ」



前もって考えていた情熱的なプロポーズの言葉は、一言も使われることなく結婚の案を出してしまった。


そして、最も姑息で安全で、相手に了承してもらえるという安易な愚策に走ったのだった。



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