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48 弟の不器用な恋


レティシアは、今回の事件の概要をもう一度報告書にまとめて持ってきて欲しいとエルエストから言われ、更に事件の途中経過をエルエストが伝えるというので、作成した報告書を持って王宮に向かっていた。


これより以前にも、事情を聞きに来た騎士に事件の詳細を語った。

にも拘わらずこの連絡だ。


何か不備があったのかだろうかと、手紙を受け取った時には震えた。


ロバートが落ち込むレティシアに、大丈夫だと言葉を掛ける。

「きっと、大丈夫です。一国の王子が自ら助けに来て下さるほど、気に掛けて頂いているのですよ? それに助けて頂いたお礼として、手紙と献上の品を贈った時も、すぐに労りの返事を頂いていたではありませんか」


しかし、こんな言葉では小説の殺されるシーンを払拭できない。

落ちぶれて・・・牢屋へ・・・そして・・・剣で一刺し・・・。


「この報告書の如何では『領地を没収する』とか言われないわよね?」


領地のゴタゴタを問題視されて、領地の監督が行き届いていないと判断後、領地を没収されるなんて事は事例でも多々ある。そこまではいかないとしても、一部没収という仕置きもあるのだ。

ルコントの領民がひとつになって、漸く仲良く交流しているのに、一部たりとも王家に渡したくない。


かと言って、命令されれば従う以外に方法はない。


気が重い・・・。


レティシアは呼び出された理由が、まさかエルエストが会いたいというだけとは思ってもいないのだから、その心労は計り知れない。


レティシアの頭の中では、王宮に向かう馬車で、同じ歌が何度も再生されている。

その歌は・・・・。

『ドナドナ』

・・・ある晴れた昼下がり・・・


「私はドナドナじゃないもん。報告が終われば私は家に帰れるんだもの」

執事のロバートやケントが手伝ってくれて仕上げた報告書を、お守りのように胸でギュウっと抱く。


「い、いけない。せっかくみんなが頑張ってくれた書類がシワクチャになるわ」

慌てて膝の上で紙を伸ばした。

見送りに来てくれた領民の顔を思い出すと、涙が出そうになる。

今までの苦労を思うとレティシアが気弱になるのは当然だ。


王宮に行くのかと思っていたが、馬車はそのまま王子宮に向かっていく。


「この件を担当しているのは、エルエスト殿下だものね」


確かにエルエストがこの事件を調べていたのは事実だが、既にこの事件に関わった犯人は全て捕まっていて、審理も裁判も全て終わっていた。


そうとは知らないレティシアは、重要な手続きがあるのだと緊張している。

王子宮の前で開かれた馬車の扉から降りようとすると、いつもに増して爽やかな笑顔で、エルエストが手を伸ばしエスコートしようと待っていた。


恐れ多い事だと思ったが、王子の手を無視する事も出来ず、そのまま手を取る。


「やあ、いらっしゃい」


眩しいほどのイケメン笑顔を向けられて、少々怯んだ。


(この笑顔はいったい・・・?もしかして、重大発表前の笑顔なの? この後、天国から地獄へと突き落とされるって可能性もある?)

まずは、先日助けてもらったことへの感謝を述べる。


「先日は、命を助けて頂いたこと、更に領民の命を・・」

「ああ、それはあの時にも手紙でも礼をもらったからいいよ」

あっさりとその話題を躱されると、もっと重要な話があるのだと悪い方に考えてしまう。


冷や冷やしながら、命の綱の報告書をエルエストに渡す。

「この報告書を・・そして、是非ご寛大な処分をよろしくお願いします」


「うん? これは?」


「事件の報告のために呼ばれたと思っていたのですが・・・?」


レティシアは困惑顔で、徹夜で仕上げた報告書をもう一度差し出した。


本来の建て前の用事を思い出したエルエストが、「ああそうだったね」と笑顔を崩さず書類を受けとる。


「あの、それで・・・今回の件で我がルコントの領地に対するお咎めはあるのでしょうか?」


ヤニクはレティシアにとって叔父と姪の間柄。

なにか咎めがあるかも知れないと、切羽詰まった様子である。


レティシアの顔がやけに堅いと思っていたが、そんなことを考えていたのかと、エルエストは内心で焦る。


早く誤解を解かないと、いくら時間があっても警戒心という壁があっては、仲良くはなれない、と早々にここに呼んだ理由を話した。


「君に咎めなんて、あるわけないよ。ルコント領は完全な被害者だ。それに、今回の事が小説や舞台になって君の屋敷は、大変な事になっていると聞いたんだよ。だから、騒動が落ち着くまで、ここでゆっくりとして欲しいと思い、王子宮に呼んだんだ」


そうだったのか・・。と、拍子抜けするレティシア。

それならそうと言って欲しかったと、恨み言が出そうになる。


それならば、私がここに来る意味ってあったの?

屋敷に籠っている事で良かったのではないの?

それじゃ、すぐにでも帰れるのでは?

そう気がつくと早速言葉になって声に出ていた。


「・・・。それは、あまりにもエルエスト殿下にご迷惑をお掛けすることになります。私は報告が済み次第、すぐに帰りますが・・・」


「ぐぬぬぬ」

エルエストは唸った。

どんなに爽やかな笑顔を作っても、レティシアには効果がない。

このままでは練りに練った計画が台無しになってしまう、とエルエストは焦った。


レティシアが報告書を渡して帰りそうだったので、エルエストが慌てて次の手を打つ。


「今受け取ったこの報告書に不備があれば、またここにこなくちゃ行けないだろう? 明日しっかりと読ませてもらうから、今後に付いて話をしよう」


すでに結審の終わった事件について、話し合いなんておかしいのだが、エルエストはレティシアの滞在を伸ばすために必死だった。

レティシアの滞在期間を何日間引き伸ばせるのかは、嘘で固めた言い訳の信用性が物を言う。

だから必死で言い繕った。


まあ普通に考えてみれば、どう考えてもレティシアが、不審に思わず滞在する日数は長くて2日くらいだった。


「まあ、深く考えずにまずは中に入って寛いでいてくれ」


レティシアの背中を強引に押して王子宮に促す。


いつもの流れで、侍女が出てきて「では、体の疲れを取るためにも、どうぞご入浴下さい」


この流れ作業のような侍女の誘導は、レティシアが前にここに来た時と同じだ。

きっと入浴中に領地から着てきた質素なドレスは洗濯に出され、代わりに豪華なドレスが用意されているのでは・・・。


そうなれば、再びエルエストの思う壺のような気がして、レティシアは質素な服を死守する。


「このドレスは先日洗濯したばかりなので、この服は洗濯しなくてもいいですよ」


レティシアはこう言って、先手を打ったつもりだった。

だが、ここは百戦錬磨の侍女が集う王子宮。


「ですが、服は毎日洗濯した方がよろしいですわ。今日のように陽気な日には知らずのうちに、沢山汗をかいていらっしゃるし」

と何気なくレティシアの服を剥ぎとる。

「ああっ」


レティシアの抵抗虚しく、ドレスは洗濯物籠に消えていった。


そして、優雅なエステタイムが始まる。


気持ちよさに、ぼーとしている内に、あれよあれよといつの間にか、煌めく宝石が散りばめられたドレスを着ていた。


「まあ、やはりよくお似合いですわ」

侍女の感嘆の声と同時に、コンコンとノックの音。

部屋に入ってきたエルエストは、大名行列のように、ずらずらと侍女を従えていた。

その侍女は数々の品物を持っている。


そして、一人一人がテーブルの上に持っていた宝石を並べていく。

イヤリング、ティアラ、指輪等々・・・。


その中に、一際大きく輝く王家の紋章が入ったペンダントをテーブルの真ん中に恭しく置く侍女。

何が起こっているのか分からないレティシアは、困惑の顔をエルエストに向けた。

何故なら、王家の紋章入りのペンダントは王家に嫁ぐ者に贈られる物である。


「あの・・殿下、これは?」


「レティシアの誕生日プレゼントだよ?」


ひいいい。

レティシアは卒倒しそうになる。

こんな恐ろしい物は頂けない。

王子が掌を返して、『レティシアが盗んだ』と言えば即刻処刑の品々だ。

寧ろ自分の近くに置かないで欲しい。


贅を尽くした宝飾品は勿論の事、王家の紋章入りのペンダントは危な過ぎる。


この理解し難いプレゼントを前に怯えていると、何を思ったかエルエストが超絶笑顔で近付いて来た。


「やはり忘れていたようだね。レティシア、15歳の誕生日おめでとう。サプライズは成功だな」


こんなドン引きサプライズを成功と思っているなんて、エルエストの神経を疑った。

レティシアはあまりの事に、言葉を失う。

だが、これさえも驚いて喜んでいるとエルエストには誤変換されているのだ。


しかし、この危機的状況に、ここで救世主が現れた。

ハリー第一王子だ。

品行方正な彼には珍しく、ノックもなく焦った様子で部屋に乱入。


そして、ハリーはテーブルの上に並べられた宝石と、王家のペンダントを見つけ、頭を抱え込んだ。


「はあー・・。遅かったか・・心配になって見に来たんだが・・・、またエルエストは同じ過ちを繰り返して・・。ルコント卿、悪いが少し待っていて欲しい。きちんとこちらで(アレ)を改善しておくから」


そう、レティシアに告げると、救世主は呆然としているエルエストを見る。


可愛い弟のためとはいえ、自分が諦めた恋の手助けを、こう何度もしなければならないとは、恋愛下手にも程がある。

『不甲斐ないぞ、エルエスト』と喝を入れたくなる。


エルエストはいつも迫られるばかりで、自分からアプローチするやり方が全く分かっていない。

そんな弟が知っている女性の喜ぶ方法はたった一つ。

それが、金と権威が大好きな令嬢相手にしか通用しない方法である。


(全く・・・相手によって喜ばす方法を変えなくてはならないのを、知らないのか?)


意外なところで奥手というか無知な弟を笑いたくなる。

それと同時に手助けをしてやるか、と弟想いのハリーのお節介心もむくむく現れた。


(ー仕方ないな・・。バカな弟ほど可愛いというからな)


ため息と共に、パチンと指を鳴らす。

するとエルエスト付きの侍女が、さささとテーブルの上の宝石類を片付け始めた。


「ちょっと、兄上? な、何を?」

ハリーは、あたふたするエルエストを羽交い締めにして、ずるずると部屋を出ていってしまった。


ドアが閉まる前に、「少しお勉強をさせて、まともになったらレティシアの部屋に迎えに行かせるね」

と言い残し、ハリーとエルエストは消えて行った。



一体何が始まり掛けて、何が終わったのだろう?

立ち尽くすレティシアに、理解するのは無理な話だった。



現時点での登場人物の年齢について

レティシア・・・15歳

エルエスト・・・16歳

ハリー・・・・・17歳

 となっています。


 毎日の投稿を目指していましたが、昨日はお休みしてしまいました。

 年末年始、再び投稿ができない日があるかも知れませんが、引き続きよろしくお願いします。

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