47 《幕間》聖地巡礼
ヤニクとならず者を引き連れて、王宮に帰ってきたエルエストは、率先して今回の事件の捜査にあたった。
ヤニクがレティシア・ルコント伯爵を暗殺しようとしたのは、ならず者達から既に事情聴取を終え、確定している。
だが、ヤニクが今回の事を一人で思い付いたとは考えにくい。
何故なら、魔法師のマットが現にマルルーナが『邪魔な女は領民が片付けてくれる』と言っていたのを聞いていたし、ヤニクがマルルーナに入れ知恵されて犯行を思い付いたと容易に推理出来るからだ。
しかし、マルルーナのその言葉だけでは証拠にならない。
なので、ヤニクに誰に唆されたのかを聞いたが、顔が思い出せないと言うのだ。
マルルーナのような目立つピンクの髪色に、顔立ちが分からないはずもない。
本当に別人に言われたのか、マルルーナが認識阻害魔法を使ったのか、それすらわからなかった。
いくら追求しても思い出せないのでは、マルルーナにまで罪を償わせることは出来ない。
証拠不十分だった。
エルエストは歯噛みしながら、刑罰対象をヤニクまでとした。
ヤニクの罪は、ルコント伯爵の暗殺未遂。さらに、領地の脱税、領民の給料を搾取した罪。元々、貴族の暗殺を企てただけでも大罪である。未遂に終わったとはいえ、許されるものではなく、1週間後には僻地の収容所にならず者達と一緒に送られて、半年後処刑が言い渡された。
ワトー男爵家はとり潰されて、その領地は、王家の所領となった。
ここでこの事件は終わらなかった。
意外な方向で、ルコント領が話題になる。
一連の騒ぎが落ち着くと、領民が美少女の領主を守った美談となり、話題で持ち切りになった。
こんなにも世の中を騒がせた事件を物書きが放っておくわけがない。
暫くすると、王都でこの事件は物語になった。
『幼くして領主になったレティアという少女が、始めは領民に受け入れてもらえず一人奮闘するが、そのうちに領地経営がうまく行き領民達と心を通わす。
その豊かになった土地を狙ってバトー男爵がレティアの暗殺を企てる。だが、領民が一丸となって美しく成長した領主を守り、バトー男爵とその一味を返り討ちにした』と言う物語だ。
この物語は脚本されて、舞台化。主に大衆演劇で多くの場所にて公演され大人気の演目となった。
その為この物語は、貴族よりも庶民に絶大な人気を博した。
レティシアの名前も「レティア」だったり、ワトー男爵も「バトー男爵」と名前が殆ど隠されていないため、ルコント領の話だとすぐに特定される。
そして、以前レティシアがドレスを売りに行って失敗した帰り道、ルコントまで送ってくれた旅役者さん達も、レティシア人気に一役買っていた。
あちらこちらで芝居をする時に、実際に会ったレティシアが、貴族のお嬢様だと言うのに、一人歩いて領地に帰ろうとしていた事や、話していても気さくで素敵だったと、劇の始めの余興で語ったお陰で、更に人気が広がった。
お陰で更にルコントに来る観光客が増え、その観光ルートにレティシアの屋敷とクライマックスの舞台になった聖教会が加わった。
いわゆる現在に於ける、聖地巡礼的なものだ。
この状況にレティシアは困り、聖司教様は大喜びと明暗が分かれた。
聖司教様は、閑散としていた聖教会に沢山の人が訪れ、礼拝していく事を喜んだ。
しかも、訪れる人が老朽している聖教会のために、募金を惜しむことなく置いていってくれる。
まさに、良いこと尽くめだ。
その反対がルコントの屋敷である。
レティシアはいつもの通り仕事に出るが、人々にじろじろ無遠慮に見られるし、まだ結婚をするつもりもないのに、屋敷には釣書が山程届く。
「観光客が増えたのは嬉しいけれど、ここまで追い回されると自由がなくて辛い・・・」
前世のアイドルのようなことを言っているが、本当に困惑していた。
毎日届く釣書も、『我が領地に嫁にきて、その経営能力を発揮して欲しい』やら、『屋敷に見に行ったが、かわいくて一目惚れしました』などなど。息子の嫁にとか、見た目に騙されている人ばかりだ。
(私がボロボロの服を着て、貴族のお嬢様らしからぬ行動を見せたら、一斉にそっぽ向くでしょうに・・)
執事のロバートには悪いが、全部せっせと送り返してもらっている。
だが、この状況を好ましく思わない者が後2人いた。
一人はレティシアにヒロインの座を奪われているマルルーナ。
そして、もう一人はエルエストだ。
「俺のレティシアの優秀さと可憐さと可愛さが世間にばれてしまった。どうしよう・・」
泣きついた先は、魔法師のマット。
いつもは面倒臭がりのマットが、このときばかりは、きちんとした返事をする。
「じゃあ、この度の事件の経緯を説明する為に呼んで、落ち着くまで王宮で避難をするために、ここに滞在を持ちかければ?」
この案に目を輝かすエルエスト。
レティシアを振り向かせる事に、未だスタート地点にも至っていない。
だが、この機会になんとかしたいと、妙案を出してくれたマットに感謝する。
「そうだ、その手があった。今すぐに王子宮に来てもらえるように手はずを整えるよ。マット、ありがとう」
急ぎ部屋から出ていくエルエスト。
それを見て「また、面白そうだ」と笑うマットだった。
一方こちらは小説の中では、ヒロインのはずだったマルルーナ。
みんなからちやほやされるのは、私だったのにと、現在流行りのレティシアが主人公の本を壁にぶち投げた。
「あいつのせいで、どんどんと物語が変わってくるじゃない。早めに手を打たないとエルエストやマットがあの女の物になってしまうわ」
髪を振り乱し、ギリギリと爪を噛む姿は、ヤバイ女そのものだった。
「大体、あのワトー男爵がレティシアを王子宮の侍女に出来なかった事が間違いなのよ。それなのに、また、レティシアも殺せなかったなんて、使えないにも程があるわ」
すでに僻地送りにされているワトー男爵を思い出し、さらに怒りを募らせた。
次はどうしようか・・・。
あまり公にしたくない自分の力を、今出さなければ、全ての物がレティシアに奪われる。
そう確信したマルルーナは、自分が持っている能力を思う存分に使うことにした。
まず始めに、認識阻害魔法。
それと言質統一魔法。
これは、マルルーナが描いた魔方陣で言った言葉を、相手は丸々信じ込んでしまうものだ。
「よくある『魅了』のスキルならよかったのに、これは魔方陣に誘い込む必要があるから、面倒なのよね」
だが、そうも言っていられない。
早くしないとどんどん物語は違う展開に動いているのだ。
「エルエストもマットもルイスもトピアスも、みんな待っててー。私がみんなを虜にして、私が王妃になったら愛宝殿の女達を放り出して、私のイケメンの宝庫にするわ」
みんなにちやほやされて、たくさんの男とR18禁の想像逞しく、イチャイチャする姿を浮かべる。
やはり、なんとしてもレティシアが邪魔だわ。
しかし、現在の地位で言うとレティシアが伯爵で、自分は男爵令嬢。
つまり、圧倒的に不利なのだ。
まずは自分の立ち位置を磐石なものにするために、爵位をもっと高位なものにする必要がある。
それはあのイベントを使う他ない。
そう、あのドーバントン公爵の養子になるシナリオだ。
マルルーナが次のターゲットに公爵を狙う。




