42 叔父の欲深い計画(2)
ポドワンが小麦畑の実入りのチェックをしていると、坂の下からマイクが手を振ってこちらにやって来る。
マイクに手を振り返そうとしたポドワンだったが、後ろの人物を確認した瞬間手を下ろした。
何故ならオルネラの村人ならば、敵のように認識しているルドウィンの町人を連れていたのだ。
しかも並んで。
「なんでマイクが、ルドウィン町の人間なんかを連れて来てるんだ?」
マイクはこのオルネラ村の重鎮で、村の顔と言うべき人物だ。
それが、ルドウィン町のジョージと親しく話しながら歩いているのは、裏切りのように感じ腹立たしい。
遠目に見ると意気投合して仲よく話しているように見えるから尚更だ。
こちらからは一歩も動かず、近付いてくる二人を、仁王立ちで待つポドワン。
ルドウィン町の人間に、こちらから話しかけるものか。
そう思っていたが、マイクの険しい顔で発した言葉に驚き、ジョージに自分から話しかける事になった。
「どう言うことだ?! なんでレティー様の叔父が、この領地を乗っ取るなんて発想をしてやがるんだ?」
ポドワンの怒りも尤もだ。
ここまで豊かになったのは、ひとえにレティシアの功績が大きい。
それを横から、欲張りな貴族が乗っ取ろうとしているのだ。
余りの憤りで、肩が上下する程に怒りが抑えられない。
「落ち着け。今からその叔父と名乗る男がここに向かっている。だから、早く村人に通達しなければならんのだ」
マイクに肩を叩かれたポドワンは、少し冷静になった。
そのポドワンにジョージが話を続ける。
「さっき町で叔父の様子を見ていたが、金に困っているようだった」
客商売が長いと、偉そうにしていても、その男の懐具合を探れるようになってくる。
ジョージはその商売人の嗅覚で、追い詰められた人間の匂いを嗅ぎ取っていた。
お互いにこの流れで、前日まで仲違いしている間柄なんて事は、すっかり忘れている。
「マイクさんと話していたんだが、奴がどういう方法で、レティー様をこのルコントから追い出して自分がこの領地を手にしようとしているのか、見定めるのが先決だと話し合った。だから、追い出すのではなく、一旦ルコント領の領民の全員で、その動向を探ろうと思う。どうだ?」
ジョージの意見には賛成だ。
金の亡者となった奴は諦めが悪い。
一度追い返しても、何度もやって来るはずだ。
「そうだな、今はちょうどレティー様が王宮にいる。帰ってくるまでに奴の計画を調べあげて捕まえた方がいい」
安全な王宮にいる間に、その叔父とやらの計画を暴いてやる。
男達3人の頷きで、方向性が決まった。
そして、この決定事項は、村人にもれなく伝達されたのだった。
『叔父を見かけたら、レティー様呼びを止めて領主様と言い、レティー様を敬愛している事を隠す事』と。
伝達が終わった頃、漸くオルネラ村の入り口にヤニクが着いた。
それと同時に、作業していた村人がしきりにこちらを見ている。
レティシアの敵の顔を認識するためだ。特に子供達からは『大悪人』と認定された。
大人達もほぼ同じ考えだったが。
「やっと着いたのか。全く乗り心地の悪い馬車に乗せられ・・・・」
愚痴をいいかけたヤニクの目の前に、金色の麦畑が広がる。
「な、なんて事だ・・。荒れ果てた土地しかなかったのに、どうして・・?」
さらに、村の奥に行くと水車や見慣れぬ建物。
「なんだ? ここもまるで全く別の国に来たみたいだな。それに・・・」
山の入り口には、多くの旅館と土産物屋が立ち並び、ここにも観光客が大勢いるではないか。
驚いていたヤニクの顔に、欲にまみれたイヤらしい笑みが広がっていく。
「俺はついている。これが全て俺のものになるのだな?」
ケントは愛想笑いを止めて、『チッ』と舌打ちが出た。
だが、取らぬ狸の皮算用中の男には、お金のチャリンチャリンと降ってくる音しか聞こえていない。
「あの『22滝』と書かれた看板はなんだ?」
ヤニクが、ケントが書いた看板を指差す。
自分の書いた看板を見られただけなのに、レティシアと二人で作ったハイキングコースの聖域が汚されたような気がして、むっつりとしてしまった。
「おい、聞こえていないのか?」
ヤニクの不機嫌な声にため息が出そうになるが、ここで相手を怒らせては、レティシアを守れない。
再び愛想笑いをし、「ハイキングコースの中に22の滝があり、それが観光客を呼んでいるんです」
「ほほう。ここでも金が落ちているのか。うん? あそこにいる女は誰だ?」
ヤニクがソワソワと視線を向けた先に、マリーがいる。
自分の妹に邪な目を向けた事に苛立つ。
答えずにいると、ヤニクが舌舐めずりをした。
「ここには綺麗な顔立ちの女が多いな。領主になったら娼館を作ろう。そして、俺が・・ぐへへ」
ヘドが出るとはこんな時に使われる言葉なのだろう。
怒りと気持ち悪さと憤りがセットになって、ついにキレたケントの拳がヤニクに向けられた。
だが、その拳をマイクが掴む。
「ケント、ご苦労さんだね」
今起こった事などなかったかのように、にこやかにマイクはケントに話しかける。
掴まれた腕をすぐに下ろし、ケントもマイクに笑顔を向けた。
この一瞬の出来事を気付いていないヤニクは、突然現れた老人を胡乱げに見る。
「こいつは誰だ?」
ヤニクの横柄な態度はここでも健在だ。
「この人はこのオルネラ村で、長老みたいな人です」
「ご紹介に預かりまして、私はマイクと申します」
マイクは大きな巨体を少し曲げて、挨拶をすると、座っているヤニクにはブルッと震えるような圧力がかかった。
「そうか、長老か。それはいい。村人を集めろ。すぐにだ!!」
「申し訳ございません。ここで私たちに命令できるのは、領主様だけなんです」
マイクは相変わらず、微笑みつつも体から恐ろしい威圧を醸し出している。
「ああ? もうすぐ俺がここの領主になるのだ。お前達も小娘がいつまでも大きな顔をして威張り腐っているのは嫌だろう?だから、俺が領主になってやると言ってるんだ。ありがたく思え」
「・・・・」
ヤニクから見えない場所で、今度はマイクの腕をケントが全力で押さえていた。
「マイクさん、ダメですって。我慢してください」
ごそごそしている二人に、慌ててポドワンが駆け寄る。
「マイクさん、どおしたんです? あれぇぇ? この人はいったいだれなんだい?」
お遊戯会の園児よりも劣る程の棒読みのポドワンに、マイクもケントも一気に気が抜ける。
「こ、この方は、レティシア・ルコント領主様の叔父に当たる方で、ヤニク・ワトー男爵様です」
「わあ、はるばるいらしてくださったんですねえ。こんかいは、どおいったぁ、ごようけんでいらしたのですかぁ?」
ケントの失笑をものともせず、ポドワンの劇が続く。
しかし、この恐ろしく大根な芝居が良かった。
ケントもマイクも怒りの感情が落ち着いてくる。
「お前達に話があるのだ。村の者を全て集めろ!!」
しかし、この騒ぎに手の空いている者はヤニクを中心に集まっていた。
既に叔父と名乗る不躾な男の話を聞いて、心中では『どんな男か見てやろう』と頭に血が昇った連中が立ちはだかるようにいたのだ。
業を煮やしたヤニクが馬車から降りて、村の大きな旅館を目指して歩き出した。
旅館が立ち並ぶ場所には、沢山の観光客がいる。
そこで、問題を起こされては困ると、ポドワンが慌ててヤニクの服を掴んでしまった。
「汚い手で触るな!! 俺の服に土が付いたらどうするんだ!!」
まるで、汚物が付着したように、ハンカチでジャケットをパタパタと払うヤニク。
冷静なケントがこの場面を対処した。
「ポドワンさんは、今ヤニク男爵様の服に付いていた毒虫を取ってくれたんですよ」
毒虫と聞いてヤニクは飛び上がった。
「毒虫? そんなものがこの村にはいるのか?」
キョロキョロと足元や、腕に毒虫が付いていないか確かめる。
余程恐ろしいのか、怯え方が異常である。
「ええ、恐ろしい奴でね。ピョンピョンと飛ぶ小さな蜘蛛なんですが、怖いんです」
(それは飛び蜘蛛だろ)
マイクとポドワンが脳内でハモる。
しかし、分かっていないヤニクは、安全地帯だと思ったのか、馬車に飛び乗り、ここからすぐに立ち去り、ルドウィン町に引き返すように命令した。
「村人を全部集めなくていいのですか?」
もうすでに、欲深い叔父の顔を大半の村人は覚えた。ということはここにこの危険な男を置いておく必要はない。だが、ケントがわざとらしく聞く。
「もういい。それより、おい、お前。マイクといったか?それとそっちの男も町に来い。町の者達と一緒に重要な話をしてやる。必ず来い。分かったな!!」
マイクとポドワンに命令すると、ケントに早く馬車を出せと、喚いていたが、馬車のスピードは行きと同じくらいのんびりとしたものだった。
ポテポテ・・・。




