40 レティシアのいない王子宮にて
恋愛初心者のエルエストには、一週間はあっという間だった。
オロオロしている内に時間が経過する。
そして、何の進展もなく一週間は過ぎ去った。
そして、レティシアが領地に帰る日が来てしまう。
エルエストは別れ際に、「また領地に行くよ」とそれだけ言い、レティシアも「お待ちしています」と簡素な社交辞令の別れ言葉を交わしただけに終わった。
レティシアの馬車が発車して、手を振って見送るエルエスト。
その様子に、後ろで見ていた王妃と側妃と第一王子の三人は、口角だけ上げて表面上は穏やかに微笑み、馬車を見送っているが、ボソボソと小声で話している。
「私の子ですが、本当にヘタレで驚きましたわ」
「まあまあ、王妃様。これからですわよ。でも、きっとこのままじゃ、発展はなさそうですけど・・・」
「まさか、弟が手を繋いだだけで帰すとは、兄としても歯痒くてイライラした一週間だったな」
レティシアの乗った馬車が見えなくなると、無表情のエルエストが3人を指差して怒鳴る。
「先ほどからあなた方はうるさいです。俺も精一杯頑張ったんですよ!!」
「え? どこが頑張っていたと言うのかしら?」
王妃シルフィナの攻撃を皮切りに、再び三人のぼそぼそと聞こえる陰口が始まった。
「あの、ダンスをした時か?腰に怖々回した腕の事かな?」
「それとも・・自分と同じ色のピアスを付けさせただけの、遠回しな事が頑張ったうちに入るのかも知れませんわよ」
プツン。
エルエストの忍耐が切れた。
「はいはい、いいです!!一生そこで俺の事を嗤ってて下さい。俺は宮殿に戻ります」
エルエストが、怒って足早に戻ってしまった。
「人にも物にも執着しなかったエルエストが、あれほどの執着を見せるから、ルコント伯爵の人柄を見極めようとアレイト様のご静養について、領地にまで押し掛けましたけど、本当によく気が付いて優しいいい子でしたわ。私としてはもっと攻めて欲しかったのですが・・」
息子の背中を見ながら、シルフィナ王妃が同意を求める様にアレイト妃に顔を向ける。
「ええ、本当に。でもあまりエルエスト殿下もゆっくりしていらしたら、他の者に持っていかれるかも知れませんよ」
アレイト妃がチラッと隣の息子を見た。
「母上、私はあのご令嬢とは結婚できませんよ。私はこの国のために、結婚をしなければなりません。それにルコント卿は、領地を離れないでしょうし」
「そう・・。ハリー殿下がそう仰るなら、そう言うことにしておきましょう」
アレイトは、自分の幸せよりも国のためと言ってしまう息子の決意に口を挟まず、見守った。
レティシアが王子宮から領地に帰って数日が経つ。
帰ってすぐにレティシアから、両妃殿下、ハリー、エルエストに手紙が届いた。
王子宮でお世話になった侍女達にも手紙が届いたが、自分がもらった手紙よりも分厚いのが恨めしかった。
そこからは忙しいのか、全く音沙汰がない。
エルエストの悶々とする日々が続く。
王子宮の自室で、エルエストは数日前までいたレティシアの、薄くなった残り香を吸う。
「すうー・・はあああ」
その後、すぐに長いため息が出た。
エルエストもわかっている。
自分がとても情けない事を。
しかし、少しでも強気に出て思いを伝えようとすると、レティシアは戸惑う。更に強引に近付くと途端に怯え自分とレティシアの間に強固な壁を作るのだ。あまり執拗にすると逃げられそうで、ついそこでストップしてしまったのだ。
先に進めない自分に嫌気が差すが仕方ない。
レティシアには、太陽のように笑っていて欲しいのだから。
(だが、本当に一週間何も出来なかった。ヘタレだった・・・)
「後悔先に立たずだよねぇ~」
エルエストのすぐ後ろからの声。
その声を無視して、エルエストが悩む。
(兄上が陰ながら応援してくれていたのも知っている。それなのに・・不甲斐ない。領地に帰してしまっては、今度いつ会えるかわからないというのに、何の約束もせずに手放してしまった)
「後の祭りってか?」
再び声がする。
「おい、うるさいぞ」
エルエストは後ろのマット・ジョイスにペンを投げた。
ペンはマットには当たらず、浮遊しているのが腹立たしい。
「何の用だ?」
エルエストはつっけんどんに言うが、マットにはそれが面白いらしい。
「八つ当たりしないでよ」
マットの口調が軽く、話し声だけ聞いていると、マットの方が年下に思える。
にやにやしているマットに、もう一度尋ねた。
「だから、何の用だと聞いているのだ」
「あの子・・・ルコント卿はもう、帰ったんだね?」
マットの口からレティシアの名前が出て、目を見開くエルエスト。
「いつ、レティシアに会ったのだ?」
「何日だったかな?」
日にちを思いだそうと、顎に手を当てて首を捻るマット。
首をわずかに傾けただけで、絹のような髪の毛がさらさらと肩から落ちて光る。
魔力が蓄積されてきたようで、髪の毛の色は水色から青色になっている。
(男の俺が見ても、マットの顔は美しい。これを見たレティシアはどう思ったろう? もしかして一目惚れしてしまったのではないだろうか?)
エルエストは、自信喪失でみるみる顔色が青くなっていく。
「エルエスト王子殿下、お気になさらずとも、ルコント卿は全く私の顔に興味は持たれてませんでしたよ」
「え? 本当に?」
「それよりも、侍女の服を探すのに忙しそうでした」
エルエストが急に生き生きとした顔に戻り、嬉しそうだ。
「マットの顔よりも、侍女服か・・。やはり、レティーは面白いな」
ほっと一安心のエルエストは、ソファーにどっしりと座る。
「ここに来た用事くらい聞いて下さいよ」
「ああ、すっかり忘れていた」
マットが少し肩を上げておどけた顔を作った。
「王子殿下の頭の中が春真っ盛り。そんな中言いにくいのですが、例の髪の毛がピンクの侍女が、変な事を呟いてたので、報告しに来たんですよね」
「髪・・ピンク・・ああ!!あいつか?」
自分に纏わり付いていた、気味の悪い侍女がいた事を思い出す。
王子宮から追い出して、存在すら忘れていた。
「そう、あいつです。あれが、『邪魔な女は嫌っている領民が片付けてくれるし、そうなったら王子は私の物ねー』って鼻唄歌ってたんです。それってもしかしたら、ルコント卿の事じゃないですか?」
「俺の事をまだ狙っているなら、『邪魔な女』と言うのはレティーの事で間違いないが・・・。レティーを嫌っている領民は、いないだろう?」
ルコントの領民を思い出す。
『レティー様を返して下されー!!』と馬車を追い掛けてきた領民達。
レティシアを家族のように大事に思っている、あのルコント領の中で、レティシアを嫌っている人物・・・。
どう考えても一人も思い浮かばない。
イカれたピンク女の言っている人物は確定していないが、もしレティシアならばと考えると、こうしてはいられない。
「俺は、今からルコント領に向かう。事情はマットから兄上に話しててくれ」
近衛騎士のルイス・クレマン他3名の騎士を連れて、ルコント領に急いだ。




