04 ありがたーいお話は、お尻が痛い
狭い領地で助かった。
朝早く出掛け、北部のオルネラ村に向かう。
子供の足で、テクテクとコート山の麓まで歩くと休憩を挟んで2時間かかった。
大人だったら、早歩きで1時間で着いただろう。否、子供でも2時間はかかり過ぎじゃない?
それはレティシアの体力不足のせいだ。
これからはもう少し、運動をしないと・・・車もないし、自転車もないこの生活。
頼れるのは自分の足だけ。
なんとか辿り着き見渡すと、荒れ果てた土地が広がっていた。
乾く大地。ひび割れた土地を潤す川もない。
全てが薄茶色というモノトーンな村を歩いた。
そのまま道沿いに進み、コート山に入る。
一度山に入れば、そこは緑が生い茂り、マイナスイオンが満ち溢れた潤いの世界。
途中、かなり登った所で、ウワワワォンとギターの弦が切れたような音がしたが、景色に変化はない。
不思議に思い、キョロキョロと目を凝らし見たが、何もない。
それで、気にも留めずにレティシアは、再び先に進んだ。
だが、後にこれをスルーしたことによって、レティシアはある人物から、脅されることになるとは全く思いもよらなかった。
山道を曲がる度に、大小様々な滝があり、心が癒された。
その滝から流れる川に手を浸せば、冷たくて気持ちがいい。
喉を潤すために手で水を掬い、飲む。
「おいしーーーい!!」
続けて飲む。飲む。飲む。
あれ・・・?
この水はルコントの領地に流れているはずなのに、どうして一滴も流れてきてないの?
この水が領地に流れてきてくれていたら、畑も潤うじゃない。
疑問に思ったレティシアは、今度は川を辿って下山することにした。
麓近くで、川が消える。
急に地下に吸い込まれるように消えたのだ。
「なんで?」
大事な水が地下に?
消えていく先を見ようと川辺に下りた。
スカートじゃなくて良かったぁ。
長めのスカートなんて履いてたら、今ごろドロドロよね。
ここでオーバーオールを選んだ自分の正当性を、声を大にして言いたい。
お嬢様とか関係なく、山歩きはズボンを履かないといけないのである、と一人でうんうんと納得の頷き。
川辺に下りると、間違いなく人工的に作られたトンネルに水が大量に流れている。
「うううむ・・。誰だ!!大事な水を地下に流した奴は!!」
トンネルに叫んだとて、誰も答えない。
誰がしたかわからないが、川を
暗渠にしたせいで、土地に必要な水が行き渡らなくなったのだ。
これは由々しき問題にぶち当たった。
レティシアは暫くそこで、流れていく川の水を呆然と見送っていたが、立ち上がり解決に向けて考えることにした。
朝通った荒れた大地をもう一度見る。
そして、この大地に水が流れて潤う畑を想像した。
一面の小麦畑。たわわに実った穂が風に揺れている。
「よし!!!ここを一面の畑に生まれ変わらせるわ」
レティシアの叫びは、乾いた大地に消えていった。
意気揚々と夕方屋敷に戻ったレティシアは、あるはずの川を探すために、まずは屋敷にある土地に関する報告書を探した。
父の書斎の奥に古い箱があり、その中にようやくお目当ての一つ目が見つかる。
それはいつのものかわからない、古い時代の領主の日記だった。
ペラペラと日記を捲る。
文字は薄くなっているが、しっかりと読めた。
『可愛いアンソニーが川で溺れて、もう少しで命を落とすところだった』
その一文の後、自分にとって息子のアンソニーがいかに大事かを延々と書いている。
どうやら、アンソニー君はこの男性が年老いて初めて出来た息子だったようだ。
読み進めていく。
『あの一件からアンソニーは水を怖がるようになった。可愛そうに・・・。父である私がなんとかしてやらねば』
(あら、なんか嫌な予感がするわ)
レティシアは焦る気持ちを抑えてページをめくる。
『アンソニーが怖がらないように、川を地下に流す工事を始めた』
やっぱりかぁぁぁぁ!!
アンソニー君の為に暗渠にしたのか・・・。
だが、日記の次のページにはそこから畑に流す工夫が書いてあった。
『畑に流すようにした水路には蓋を命じた。これでアンソニーも安心して領地を回ることが出来るだろう。アンソニーの気分転換に、領地の北西の要塞を別荘に作り替えて、夏には旅行に行こう。きっと楽しいだろう・・・・』
(親バカなんだ。壮大な親ばかなんだ。川に柵とかじゃダメだったのか?これって凄い費用のかかった工事だよね?しかも、要塞を別荘にって・・・
そのお金を今の私にください~)
レティシアは何代前かわからないご先祖様にお願いをしてみたところで、くれる訳もない。
地下に流した水は、本来ならばルコントの領地に隅々に行き渡っていたはずだが、きっと崩れてしまったのだろう。
そして、誰も知らない地下水道を通って海に流れているのだ。
勿体無い・・・。
レティシアが屋敷をヒックリ返して捜索したが、その当時の地下水路の地図はなかった。
レティシアが山の麓で見つけたトンネルを探索するという方法を思い付いたが、崩れて生き埋めの可能性に気付き、ブルッと震え考える・・・
断念。
暗いのは怖い。
なので、川の捜索は昔の事をよく知っている人に聞いてみる事にした。
今日は夕食後、歩き疲れたのかぐっすりと寝入ってしまう。
レティシアの側で怪しげな影が、蠢いているのも知らずに・・・。
次の朝。
領地に唯一の教会に向かう。
ここのトロウエン聖司教様は、御年71歳。
古い話を知っているかも知れない。
町の外れに建つ教会は、まちの商店同様に木造で出来ている。
白いペンキは剥げているところの方が多い。
親が信仰心の無い人だったから、レティシアがここを訪れたのは、初めてだった。
「領地を立て直せたら、ここもなんとかしなければ・・・」
教会のドアは朝早かったが、既に開いている。
司教様が、朝の礼拝を行っているが、信者は誰もいなかった。
だからだろう、レティシアが入っていくと嬉しそうに礼拝の声が、ひとつ大きくなった。
すぐにでも川の行方を聞きたかったが、それは出来そうにない。
こちらをにこやかな顔で説教してくれている司教様に対して、『その説教は心に染みます』という顔で聞き続けなければ、申し訳ない。
固い木の椅子に腰掛け、司教様のありがたいお言葉を聞いて、終わるのを待った。
・・・長い・・。
久しぶりの信者に、司教様の熱弁が続く。
昨日の疲れもあって、眠くなるが足をつねっては、眠気と戦い続けた。
司教様の言葉が途切れる。漸くその戦いに終止符が打たれたのだ。
司教様が奥の部屋に戻る前に、捕まえることに成功したレティシア。
「道に迷いし我らが子よ。どうされました?」
背は高いが、痩せておられる聖司教様は、不躾にも腕をつかんでしまったレティシアにも、優しく問いかけてくれる。
「あの、私はこの度、このルコント領の領主になった、レティシア・ルコントと申します。どうぞ宜しくお願いします」
聖司教様は、数秒間動きを止めてレティシアを見る。
その後ゆっくりと首を傾けて、尋ねた。
「ロジェ・ルコント伯爵はつい先日までお元気だったと思うのですが?」
ぐっと喉が詰まった。
父親が領地を顧みず、女性と逃げたなんて、どう言えばいいのか。
「・・・いえ、父は健在で・・その・・」
戸惑う私に少年が聖司教様に声をかける。
「トロウエン大司教様、ロジェ・ルコント伯爵様は、女性と夜逃げなさったのですよ。町中その噂で持ちきりだったのに、ご存知なかったのですか?」
司教様はハッとして、私の顔を再び見て謝罪の言葉を口にした。
「このところ、塞ぎがちだったために外に出ることがなかったのです。あなたには辛い質問をしてしまったことを謝罪します」
司教様が深く頭を下げる。
ああ、この人はとても良い人だ。子供にも丁寧な言葉遣い。先日の商店の人達の愛想の悪い態度を思い返して、ほっとした。
「いえ、私の父が仕出かした事で、領民の皆様には多大なご迷惑をお掛けしているのです。どうぞ、頭をおあげください」
「そうだよ、トロウエン大司教様が謝ることじゃないよ。ルコント伯爵の経営能力がないから、とうとうトンズラしたって、みんな言っているよ」
本当の事は胸に刺さり易い。
真実だが、少しはオブラートに包んだ優しい言い方を出来ないのか?
レティシアは平常心を保ちつつ返事を考えた。
「これ、アレク。人を傷つける言葉をいうものではありません」
私の代わりに、少年を諌めてくれる聖司教様。
司教様はアレクを叱ると、「アレクがすみません」とレティシアに頭を下げた。
深く頭を下げる司教様を止める。この話はあまり長引かすとレティシアの神経を削いでいきそうだ。
すぐに本来の暗渠に隠れた水路の話に戻した。
「司教様は、この地面の下を流れる水路の話をお聞きになった事がありますか? どの辺りを流れているかご存知ないですか?」
「え?! 地下に水があるのですか?」
ああ、これはまったくご存知ないようだ・・・。
レティシアはふりだしのままだった。