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39 兄弟


マルルーナと叔父が、自分の殺害の計画を立てている事など、思いもしていないレティシアは、エルエストの用意したドレスを着て、ダンスのレッスンを受けている。


「私は領地にいて、夜会や舞踏会など参加する予定もないのですが・・」と困惑するレティシアの意見など、聞いてもらえるはずもなく、エルエストとその兄のハリーと交互にダンスのレッスンをしている。


「どうして、兄上が参加されているのでしょうか?」


エルエストは子供のようにむくれた顔をしている。


普段のエルエストが絶対にしない顔だ。

それほど、兄には気を許し甘えているのだ。


「もし、パーティーに参加するとなればエルだけでなく、他の男性とも踊るだろう?その時のために色んな男性と慣れる必要があるんだよ」


『ね?』とレティシアを振り返りウィンクするハリーがいつもよりもお茶目に感じる。

兄弟の仲の良さにほっこり。


「ほらほら、時間が無いのだから早くレティシアと一曲踊ったら?」

と、ハリーはエルエストの腕とレティシアの腕を絡ませた。


いつもはレティシアの腕を率先して掴んでくるエルエストが、人にされると照れている。


「コホン。折角兄上が言って下さっているのだから、早く踊ろう」


優しくふんわりと腰に手を回し、リードするエルエストの顔は、いつもよりも緊張していた。


初めてのダンスに、エルエストの足と自分の足を確認ばかりしていて、顔を上げられないレティシア。

「顔を上げてごらん」と優しく教えてくれるエルエスト。


密着からの、優しい指導。

しかもイケメン。


(このシチュエーションは、恋心がなくても、恋愛の方向に脳みそがバグるわあ。でもこれはあくまで、パターゴルフの罰ゲームなのだから、これを恋愛に結び付けてはダメよ)


レティシアが理性を保ちつつ、今の状況を分析する。


その気持ちが伝わったように、エルエストの腕に力が入り、強く腰を引く。


「これでは、近すぎませんか?」


「ダンスはこれくらい引っ付くものだよ。それに、レティシアには意識してもらわないと」


(何を意識するの? もしかして、恋愛的な感情とか・・・?)


今までのエルエストの態度を鑑みると、心当たりが山ほど出てくる。


まさか?

エルエストが?


しかし、小説の進展具合と合わせると、この辺りで悪役の自分はエルエストに恋心を抱くのがストーリー的な流れだと気がつく。


(危ないところだった。ここで私がエルエストに惹かれると、次にヒロインが登場し王子様とヒロインは両想いになるのよね。なので、ここはしっかりと平常心で踊るのよ)


スンッと無表情になり意識を明後日の方向に飛ばしたところ、ダンスどころではなくなる。


途端に足のステップがずれて、エルエストの足を左右と交互に踏んでしまう始末。


「ちょっと、休憩しよう」

エルエストは、堪らず自分でドクターストップを掛けた。


「ごめんなさい。急に焦ってしまって・・。足、痛いですよね?」


「痛みはちょっとだけだ。大丈夫さ」






その様子を遠巻きに見ていたハリーが、ため息をつく。


「何をしているのだか・・。折角私がお膳立てして上げたというのに・・」


二人が踊っている姿を見ると、少しハリーは、胸の奥が痛む気がしたが、その感情を上手く遣り過ごした。


王子宮にオーバーオールでやってきた女の子は、今までに感じたことのない瞳でハリーを見た。


王宮の行事で会う女性は、ハリーを側妃の息子である嘲りの混じる瞳や、腐っても王子という打算的な瞳、そして、王族の地位を欲する欲深い瞳で見ていた。


だが、レティシアからは粘っこい視線を感じない。

たまに恐怖と、多くの労りの気持ちを感じる。

その穏やかで、明るい眼差しは居心地を良くしてくれた。

それからは、つい視線でその行動を追い掛けてしまうようになったのだ。


母の病気を見抜いた時も、領地で献身的に尽くした時も、その見返りを彼女は何も求めては来ない。


好意的な感情が増えていくが、ハリーはこの感情に蓋をした。


それは弟のエルエストと争いたくない、その一心だった。


弟が生まれた時、今まで優しくしてくれていた貴族達が掌を返すように、自分とは距離を置き始めた。


その理由は弟の方が王太子になる可能性が高かった為だと気が付いた。しかしハリーは、胸のモヤモヤしたものと付き合いながら、弟を可愛がった。


エルエストが大きくなると、弟が王妃の子供ということで、多くの貴族がエルエストをチヤホヤし、あからさまにハリーとの接し方に差別をするようになった。


そんな大人達の思惑とは関係なく、物心ついた時からエルエストは、ハリーを兄と慕い、決して自分が前に出ないように心掛けていた。

そして、気が付くといつのまにか、エルエストはハリーに対し敬語を使い、横に並んで立つ時も一歩下がるのだ。


エルエストがハリーへの気遣いを忘れず、その姿勢を貫くと周りの大人達もハリーに敬意を払うようになってくる。


子供ながらもその徹底したエルエストの姿勢は、ハリーにだけでなく、その母アレイト妃にも敬いの行動を崩さない。


ある日、とある貴族がエルエストにハリーの陰口を言っているところに出くわした事があった。


「ハリー王子は生まれが低いために、考えが卑しいのです。そんな彼が王太子になったら、他の国から侮られる事になります。それに比べ、エルエスト王子殿下こそが王太子に相応しいと考えております」


その貴族の男はエルエストに媚びへつらいながら、揉み手をしながらすり寄る。


ハリーはエルエストがどう答えるのか聞きたくなかった。

正確には聞くのが怖かったのだ。

それでも、足が動かず立ち去ることも出来ず、その場に留まってしまった。


すぐにエルエストの凛とした声が聞こえて来た。

「なるほど、ではお前はハリー兄上でなく、俺を推薦すると言うことか?」


貴族はニタリと笑う。

だが、その欲望の笑みは絶望に変わる。

「では、俺とは見解に相違があるな。俺は王太子は兄上がなるのが、この国のためだと考えている。つまり、お前は私の敵になるということだが、そう判断しても良いか?」


高圧的に一歩詰め寄るエルエスト。

すぐに自分の間違いに気がついた貴族の男は「滅相もございません。私はこの国のためを考えています。エルエスト殿下がそういうお考えならば、その意に従うまでです」

と、深く頭を下げる。


「それならば、俺と同じということだ。是非これからも兄上を支えて欲しい」

そう言い残し、エルエストは立ち去った。


ハリーは柱の影で崩れ落ちる。

今まで弟がどれだけ自分のために、心を砕いてくれていたのかは知っていた。だが、ここまで貴族を牽制し、兄である自分を守っていたのかを目の当たりにしたのは、初めてだった。


(今、私が多くの貴族から侮られる事なく過ごせているのは、エルエストのお陰だ。その大事な弟から宝物を奪う事は出来ない)


ハリーは早々に自分の恋心を捨てたのだ。

しかし、兄から見ても、エルエストの恋はあまりにも歯がゆくて、不安になる。

恋愛初心者の弟に対し、発破を掛けるために、自分もレティシアにダンスを申し込んだのだが・・・道のりは遠い。


パターゴルフの時も、ハリーは勝負をする前から負けるつもりだった。

レティシアには最下位になってもらわなければならない。

だが、途中で5位に浮上しそうだったので、自分のボールをレティシアのボールに当てた。

レティシアのボールを元の位置に戻す時に、レティシアのボールに少しだけ魔法を掛けて、次にレティシアが打つと明後日の方向に飛ぶようにしたのだ。



(・・・パターゴルフでは八百長をしてしまった。レティシアには済まないことをしたな。だが、今まで欲しいものがあっても、先に私に譲ってきた弟を、応援したかった。でも手伝いが出来るのはここまでだよ。後は、エルエストの頑張り次第だ。さあ、この一週間で思いが通じるだろうか・・)


ハリーの心配は続く。


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