36 侍女の服はどこに?
王子宮に着いたレティシアは、エルエストにゲストルームのような豪華な一室に案内されて、『部屋にある服を、どれでもいいから着替えて』と言われたのだ。
レティシアがここに来たのは侍女になるためである。
では、着るべき服は一つなのだ。
なので、レティシアはこの部屋の中にあるべきはずの、侍女のお仕着せを探していた。
だが、用意された部屋にはどこにも見当たらない。
一応クローゼットも開けてみた。
しかし、あるのは眩しいばかりの宝石がついたドレスが数着。
真っ赤、緑、ピンク、黄緑、青、紺色のドレス。その中には胸元が開いた黒いドレスなんてのもあった。
ここで、レティシアはうーんと首を捻って考えた。
ここに来たのは、専属侍女としての仕事をするためだ。
なのに、ここには侍女の服がなく、豪華な衣装だけが置いてあるだけ。
その結論は・・簡単だ。
通された部屋は間違いで、どこか他に自分の侍女服が置いてある部屋があるはずだと考察した。
『着替えたら俺の部屋においで』とエルエストに言われたのに、その着替えが見つからない。
早くしないと侍女をクビになる。と焦ったが、その足を止め考える。
早くクビになって帰ったほうがいいのでは?
いやいや、ここに来たのはそもそも罰ゲームなのだから・・・。と自分の考え違いを思い直す。
だが、この王子宮で侍女の服を着て、うっかりヒロインのマルルーナになんて会ったら、どうするの?
考えただけでも、胃がギュウウと締め付けられる。
「ああもう嫌だぁ。何度逃げても王子宮に戻って来るなんて・・」
双六をしてて、何度も「振り出しに戻る」の目が出る。
そう、あれに似ている。
抵抗しても戻ってくるなんて・・・。
うんざりするわ。
考え事をしながら部屋から出て彷徨っている内に、自分が迷子になっている事に気がつく。
あれ?
ここはどこ?
そう思った時に、ヒヤリとする黒い影が現れた。
「こんにちは、レディー。君の名前を教えてもらえるかな? そして、ここに立ち寄った意図を説明してくれる?」
後ろから、突然軽い口調だが低い咎める男の声がした。
振り返ると背の高いイケメンが、見下ろす様にレティシアを見ている。
近すぎて、イケメンの光る美しい水色のストレートの髪の毛が、レティシアの肩にかかるくらいの距離だ。
見上げる様に、瞳を覗き込めば南国の海を連想させる眩しい水色の瞳があった。
この顔は知っている。
なぜならば、小説の白黒イラストで見ていたからだ。
彼の名前はマット・ジョイス。
18歳。悪役のレティシアがヒロインに飲ませた毒を、彼が魔法でその毒を取り除き治療するのだ。
彼は魔力が貯まってくると、彼の水色の髪の毛が青くなる。そして、王宮で使われている魔石に魔力を注ぐのが仕事なのだが、時には母ゆずりの治癒力を使い、魔法で医療も出来るありがたい人物だ。
彼が小説では、常にヒロインを気にかけていて、ヒロインの傍にいつもいる事を思い出した。
「ごめんなさい。今日から侍女として配属されたレティシア・ルコントと申します。侍女の服を探していたところ、道が分からなくなってしまって。ですから、決して怪しい者ではございません」
信じて欲しい。ヒロインなんて狙ってないし、毒も飲ませないわ。
疑われないように必死で説明をした。
「ああ、君があの・・・私はマット・ジョイスだ」
マットはそこで言葉を濁す。
(『あの』って何?
もう知れ渡っているの?
危ないって思われている?)
不安な顔のレティシアの手を取って「こっちにおいで。道を教えるよ」と元来た道を案内してくれる。
(良かった。まだ、悪いことしていないから、敵認定はされてないらしい。これからもヒロインの邪魔をするつもりはないけど・・)
安心したのもつかの間、エルエストの言い争っている声が聞こえた。
迷子になっている間、待たせ過ぎて怒っているのかな?
だが、違うようだ。
「待ってください。エル様ぁ。私はここで侍女として働くべきではないんです。私をしっかり御覧下さい」
「お前など知らないと言っているのがなぜ分からないのだ。放せ!!」
「私、マルルーナです!!エル様と学校で会う機会がなくて、今このような形で会ってますが、本当は違うんです」
「愛称で呼ぶなど、不敬罪で捕まえるぞ」
「そんな・・・」
レティシアは一連の流れを見て、「ヒロイン」マルルーナが転生人と知る。
そして、ヒロインに会うのは絶対に危ないと悟る。
こんな危険な場面に、マットは出ていこうとする。
一緒にいる自分がヒロインに見付かるではないか!!
レティシアは彼のマントを必死で掴んで止めた。
そして、柱の影に隠れて主人公達のいざこざが終わるのを待った。
「マット様はマルルーナ様の事が気がかりでしょうが、どうぞ今は静観してください。後生です」
拝み倒して、マットを押し留める。
「・・・私があの少女の事を何故気にかける必要が・・?」
「静かにっっ!!」
レティシアが両手でマットの口を塞ぐ。
「分かってますから・・・」
レティシアは、ここでヒロインと会うわけにはいかない。
会えば何が起こるか分からない。
レティシアの必死な様子に、マットは大人しくしてくれていた。
レティシアの言葉に合点がいかないが、静かに王子と無礼な侍女とのやり取りが終わるのを待っていた。
マットはこのままここにいては、マルルーナがこちらにやってくると判断し、自分の口を塞いでいるレティシアを、そのまま抱き上げた。
「なっ!!」
レティシアは、声が出そうになったが、堪えた。
マットが場所を変えようとしていることに気がついて、ひたすら身を縮めた。
そのまま抱っこしてもらうのは申し訳ないとレティシアは、マットにこそこそと話す。
「もう大丈夫です。マットは今魔力を出しきって疲れて体がだるいでしょ? 自分で歩きます」
「・・・なぜ、知っているの?」
しまった!! 本人しか知らないことを言ってしまった。これで再び警戒されると思ったが、マットの顔は、ただ純粋に驚いているようだった。
マットは魔力を出しきると、体がだるく疲れが出る。
しかし、弱みを見せるのが嫌で、それを人に言ったことはなかった。
「あるものが体からなくなったのなら、しんどいのかな? って思っただけです」
「・・・ふーん」
美しい顔立ちに、少年のような愛嬌が混じった微笑みに変わる。
「ああ、そうだ。侍女の服が欲しいのだったね。私が案内するよ」
やっとお仕着せが手に入るとほっとするレティシア。
「でも、君が案内された部屋にはドレスとか用意されてなかったかな?」
「そうなんです。部屋にはドレスしか置いてなかったのです。侍女としてこちらに来たのに、どうやら間違った部屋に通されたようです。なので、探し回っていたら・・・」
「迷子になったんだ?」
レティシアはコクンと頷いた。
「それにしても、よくドレスが間違えて置いてあったことをご存じなのですね?」
「まあね」
マットは、エルエストの為に『王子はあなたのために、ドレスを用意していたんですよ』と言うべきか考えたが、言わない方が面白そうだと、黙っていることにした。
「ほら、ここは侍女の休憩室だから、ここなら誰かに言えば借りられるよ」
王子宮から少し離れた建物に案内されたレティシアは、嬉しそうにマットに礼を言う。
「ありがとうございました。お礼を」と言いかけたが、マットが遮った。
「お礼なら、今度ルコント領に母を連れて行こうと思っているから、その時案内してよ」
「そんなことなら、いくらでも案内します。是非いらしてください。私は一週間の派遣ですから、すぐに領地に戻ります」
「へー。王子にもっと居てくれと頼まれたなら?」
もっとここに居ろと?
考えただけでもゾッとする。
レティシアの表情だけで理解したマットは、手を上げてレティシアが答えるのを遮った。
「ああ、答えなくてもいいよ。顔見て分かったから。じゃあ、またね」
綺麗な水色の髪を靡かせて、マットは王宮の方へ消えていった。




