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35 リズの夫、ロバートが住み込むまで


リズは休みを利用して、王宮で働く夫に会いに来た。


「どう? 元気にしてる?」


「はあ・・。お前がいきなり住み込みを決めるから、私は痩せる一方だ」


七三の髪を撫で付けるように、垂れた黒髪を上げるロバート。


確かに、少し痩せたようだ。

でも、一人暮らしばかりが痩せた理由ではなさそうである。


「あのね、ルコント伯爵様のお仕事が激務なの。あなたって会計も総務も兼任するくらいできる(・・・)人でしょ?」


妻にできる男と褒められて、真面目な男も頬を弛めた。

だからといって、流石に王宮勤めを放り出すまでには至らない。


「そうだな、今は法務的な仕事も相談されるほど、頼りにされている。つまり、それほど大事な仕事を多く抱えているんだ。だから、君が傍にいて支えてくれると嬉しいのだが?」


帰って来てくれと、切実に訴えたつもりだが、相手にはうまく伝わらなかった。


「全く、ひどい話よね。あなたは仕事を押し付けられ過ぎなのよ。それが私には許せないの。貴方にはもっと遣り甲斐のある仕事に就いて欲しいわ。今いるルコント伯爵様はね、必ず週に二日は休みを下さるの。いいでしょー。あなたもルコント伯爵様の下で働かない? 家族の時間も取れるわよ」


「週休二日・・。なんて羨ましいのだ・・」

現在のロバートは、沢山の仕事を抱えているせいで、まともに休んだ日がいつだったのか忘れるくらいだ。

リズや子供達と一緒に暮らしている時でも、帰る時間には子供達は寝ていて、寝顔しか見ていない。

休んでいない頭で、週休二日と言われ、愛しい妻の提案に頷きそうになるが、頭を横に振った。


「だが、伯爵といっても小娘の下で働く気はない」


ロバートの小娘発言に、あからさまに『ムッ』とするリズ。

だが、ここで口論しても良い結果には結び付かないので、我慢した。


「私もね、貴族のお嬢様って嫌いだったの。でもレティー様は違う。夜の食事にスープを作って子供達と私と4人で一緒にごはんを食べた時にね、レティー様泣いたの。気丈で我慢強い方なのに、『夜、久しぶりに人との食事が嬉しい・・美味しい』って。たった一人で領地を改革して、戦っているのよ。手助けしてあげたいと思わない?」


この時、子供2人抱えてもまだ余りあるリズの母性本能に火が付いた。

レティー様を守らねばと。

さらに、リズは食事以外にも手助けが欲しいと思った。

実際に寝る間を惜しんで、仕事しているレティシアには、執事的な人が必要なのだ。


すぐに思い付いたのが、自分の夫のロバートだった。

職場での階級は平民上がりなので、下っぱだが、誰よりも仕事ができる。

その能力を多くの人から頼られている、とは言いようで、仕事を押し付けられているのだ。


「伯爵と同じテーブルで食事をしているのか?」

王宮の食堂は、平民と貴族の場所が分けられている。

準男爵さえ、平民と同じテーブルは避けるのに、伯爵が妻や子供達と同じテーブルで食事をしたというのが、信じられない。


「ええ、一緒に食事をしたいとレティー様が仰ったから」


伯爵を愛称で呼ぶ妻の様子で、とても仲良くしているのは伝わる。

だが、子供の思い付きに振り回されるなんて考えられない。

そう思っていたが、妻の次の発言に耳を疑った。


「今度ね、レティー様が総合医療センターというのを作りたいと話されていたわ。それと全ての領民が通える学校も、いつか分からないけど設立すると意気込んでいらしたの。それってあなたが前に私に話してくれていた夢の話よね」


ロバートの瞳にキラキラした光が差したのを、糟糠の妻は見逃さなかった。


すかさずもう一声を追加。


「先ずは医療が先決だから、それを先に作るんだって。今までバラバラに点在していたお医者さんをルコント領に呼んで一つのまとまったところに医療を作ると、いいことがあるって仰ってた・・かんふぁ・・えーとなんだっけ?」


「原因が分からない患者を、いろんな医師に相談できるんだ。情報の共有だな」


リズに説明をすると腕組をし、しばし考え込む。

そして結論が出たのか、ロバートはリズの手を取って頼んだ。

「ルコント伯爵に私のようなものが必要か聞いてくれ。私が必要ならばすぐに王宮には辞表を出す」


「もう聞いているわ。レティー様がすぐにでも来て欲しいと仰っていたわ」




これで、ロバートがルコント伯爵の屋敷に家族で住み込み、その能力を遺憾無く発揮しているのだ。


住み始めた頃、あまり驚かないロバートも、貴族らしいところが皆無なレティシアに驚いていた。


ドレスの着用は賓客がある場合のみで、その他はオーバーオールで泥だらけになって、走り回っている。そうかと思えば、医療について調べて屋敷で頭を抱えて悩んでいる。


そして、本当にまだ幼さが残る顔から、どんどんと湧き起こる発想力についていくのが必死なのだ。


どこの領地でも、薬師がポツンとあり、医師とは別の所にいるのが当たり前だった。

それを、内臓の病気を専門の医師や、妊婦を専門に診る医師、産婆、薬師を一つの病院にまとめる計画をしている。


医師の診断に合わせて薬を出すなんて、画期的で驚いた。

その実現にはお金が必要だ。

それには、この領地でお金を掛けずに儲ける方法を考えているのだ。


この領主での補佐は多岐にわたるため気が休まることがない。

だが、ここでの仕事は週に二日休みをくれるので、家族と一緒に領地でパターゴルフをしたり、自然とふれあったりできる。


今までの生活は、仕事のための人生であって、自分や家族の人生を楽しめていなかった。


そして、以前の仕事は貴族だけが良くなる法案の作業や、貴族のつまらない見栄で張り合った経費の無駄使いの費用の名目作りだった。

以前の仕事から考えれば、今は遣り甲斐があり楽しい。


何より、ここの領民の事を第一に考え、人に寄り添うように領地の発展を考えているレティシアの人気は、他の領地では考えられない程高い。


これはレティシアの努力の成果だ。


その彼女は、今日から一週間王子宮に侍女として出向する。


「領地の事はお任せ下さい。暫くの業務はケントと私で進めて置きますので、ご心配なさらず御滞在下さい」

ロバートは、レティシアが王子宮に行くのを心待ちにしているものと思い込んでこのように、言ってしまった。


だが、全く以てその顔に喜びの色はなく、病人のように青い。


迎えに来たエルエスト王子の顔と、手をとられて馬車に乗り込むレティシアの無表情な落差に、ワンゼン夫妻の不安が倍増。

夫婦で顔を見合わせ、心配気に馬車を見送ったのだった。


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