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30 悠々自適な一人暮らしが・・(1)


「おい、着いたぞ」

頬を撫でる温かい感触と、優しい声に起こされたレティシア。


目の前には、映画の中から出てきたの?と勘違いするほどの美貌の持ち主が心配げに見ている。


「イケメンさん、おはようございます」


「おい、寝ぼけるなよ。俺だよ」

ゆっくり覚醒したレティシアが、目をぱちぱちとしながら、エルエストの顔を認識作業中。


頭が漸くはっきりしたところで、自分の状況を理解し焦る。


なんと、エルエスト王子の膝の上に横抱きにされて、ぐっすりと寝ていたのだ。


これはいったい・・・。

どーゆーこと?


まだ寝ぼけているのかなと思ったが、そうではなかった。


「レティー。お前、働きすぎだ。こんなに目の下に隈をつくって・・、昼のご飯も殆ど食べてなかっただろう?」

心配げに頬を撫でる指に、レティシアが混乱する。


甘ぁぁーいい!!

こんな事されたら、レティシアだけでなくても、万人が間違って堕っこちるわ。

レティシアは、小説の主人公の魅惑の行動に戦々恐々とする。


「ほほほ、大丈夫ですわ」と答えながらゆっくりと王子のお膝から逃げる。


ここで、場の雰囲気を弁えないお腹が『ぐううぅぅ』と。

レティシアの顔が恥ずかしさに真っ赤になった。


「ははは、顔にペンキを付けてても平気なのに、それは恥ずかしいんだな」


デリカシーのないエルエストの言葉にムッとしながらも、今日一日の行動を振り返った。


そう言えば、食べようと思ったけれどお腹が空いているのに食べられなかったんだ。

エルエストに言われて初めて、自分の体調の変化を考える。


思い起こせば、数日前から食欲がなかったのだが、レティシアは自分の体調が悪くなっているのを全く気付かずにいた。


王族が初めて自分の領地に来たことで、常に気を張っていたのだ。


粗相があってはならない。

怪我をされないようにしなければならない。

警備はこれ以上ない程に厳重に。

気を悪くされないように、体調を崩されないように・・・。


何より、これまで頑張ってきた領地の人々の努力を無駄にしないように、失敗してはならない。


この重圧を一人でこなして来たのだ。


妃殿下の接待を昼間にし、屋敷に帰っては明日の計画を見直し、掛かった費用の算出・・・。

やることは一杯ある。


「明日は休め」

明日の事を考えていたレティシアに、強めの言葉を掛けるエルエスト。


エルエストの態度から、うっかりレティシアが仕事をしていようものなら、監禁されそうな威圧感がある。


「・・・で、でも、明日は皆様にパターゴルフをして楽しんで貰おうと思って、色々従業員と準備をしてきたのに・・」


今回のパターゴルフ場はこのルドウィン町に隣接する土地に作ったものだ。

ゴルフ場を作るより前に、わが領地のコンセプトが『家族で楽しめる』なので、お子さまからご婦人まで楽しめるようにパターゴルフにした。


この場所を是非じっくり紹介したいと考えていたのに、自分が行けないなんて!!

レティシアは、熱意をわかってもらおうと、うるうるした瞳をエルエストに向ける。


「明日は、わが領地の運命が掛かっています。あの、ドルト伯爵夫人にも楽しんでもらって、大いに宣伝をして欲しいですし・・。何より準備をしてきた領民のためにも私が休む訳にはいきません」


レティシアは必死だった。


困った顔のエルエストが、長いため息をついた。

唸るエルエストは、レティシアを明日行かせるか、休ませるのか迷っているのだ。


ここで、もう一押しだ。

レティシアはもう一度、頼み込むためにエルエストの手を握る。


「お願いします。決して無茶はしません。しんどくなったら休みます。だから・・・」


この説得で、エルエストの眉間の皺がなくなった。

しかも少し顔が赤いような気がしたが、エルエストがすぐに顔を逸らしたので分からない。

レティシアはそれよりも、エルエストがどう返事をするのか、それだけが重要だった。


「・・・お前が必死にこの領民と手掛けて来たことは知っている。熱意も分かる。明日は俺が迎えにくるから、それまでゆっくりしているんだぞ」


レティシアの顔がぱあーと晴れる。

「ありがとう、エルエスト殿下」

あまりの嬉しさに、抱きついてしまう。

しまったとばかりに、離れるレティシア。

その腕を掴んで引き寄せ、もう一度抱き締めるエルエスト。


「ふお?」

レティシアは驚き変な声が漏れる。


エルエストは彼女の耳に唇を寄せて、「今日は何もせず、すぐに眠る事。仕事はするな。わかった?」


とろけるように優しくそう言われたレティシアは、イケボが耳に響いてふらふらする。


こんなに近くで異性の声を聞いたことなどない。

前世でも、イヤホンから聞こえる以外、生声は初めてなのだ。


エルエストはそれだけいうと、体を離し「じゃあ、明日」と言うと爽やかに去って行った。


「なな・・なんなの?」

レティシアは床に座り込む。

「あんなに近くで言わなくても、聞こえるわよ。抱き・・抱き締めて言うなんて、腰が抜けるじゃない」


しかし、初めにエルエストに抱きついたのは自分だったと思いだし、赤面する。

「そうだ、人の事を言えないわ。明日から距離感を正しくしましょう」


度々接しているうちに、気安くなってうっかりしたが、相手はこの国の王子様だ。

いや、元々エルエスト王子のパーソナルスペースが、人より狭いのかもしれないな。


それを間違って、うっかりドキドキしてしまうなんて・・・恐ろしい。


そう、勘違いしてはいけない。

ここで小説のように恋心を持ってしまえば、投獄からの処刑への道が、まっしぐらなのだ。

危なかった。これは小説の物語の強制力が働いたのね。


強制力に負けて、絆されそうになるなんて・・・「しっかりしなさい、レティシア!!」

レティシアは自分で頬を叩き、立ち上がる。


そして、書類を片付けようと山積みの用紙に手を伸ばしたが、エルエストの悲しげな表情を思いだし、手を止めた。


「今日はもうお風呂に入って、寝よう」

仕事人間のレティシアが、珍しく早くにベッドに入ったのだった。




昨晩、就寝時間が早かったので、今朝の目覚めはスッキリしている。

これもエルエストのお陰だ。


今日は、パターゴルフを18ラウンドするので、短めのスカートを着る。

とは言え、ミニスカートではない。

脛の辺りのスカート丈である。


あれこれと用意をしていると、エルエストが決めていた時間よりも1時間も早めに迎えに来た。


「お忙しいところ、お迎えに来て頂いて、本当にありがとうございます」

王族に迎えにきて貰い、恐縮する。


「ああ、約束したから・・それに・・」

そういうと、エルエストは後ろを振り返る。


「ごめんね。エルが君を迎えに行くと聞いたものだから、是非君の住んでいるところを見たくなって、一緒について来てしまった」


丁寧に許しを乞うように、頭を下げるのは、ハリーだ。


(――っなんてこった。この汚い我が家に、二人の王子を招き入れる日がくるなんて思いもしないじゃない)


レティシアは昨晩、少しでもあのワンルームとして使用している食堂を掃除していなかったことを悔やむ。


だが、今さらなのだ。


既に、エルエストにはばれている。

さらにハリーにもズボン姿で貴族らしからぬ格好で地べたに座っている所を見られているのだから、今から取り繕っても遅いのである。


覚悟を決めて、書類の山と化したワンルーム+食堂に二人の王子を招く。


「これはすごいな。ベッドの枠組みはなくて、マットだけ。同じ部屋にソファーと机。そしてこの場所でご飯まで食べているんだ」

ハリーは目を輝かせて、見て回る。


あまり見られたくないレティシアは、出掛ける準備を急ぐが、興味津々のハリーはキョロキョロと見る。

ここで、ハリーが本来いるはずの侍女や執事が、この屋敷にはいないことに気がついた。


「ルコント伯爵家を継いだというのに、未だに一人の使用人もいないなんて、困るだろう?」


エルエストもこれには気がかりだったので、ハリーにこの状況の困った点をいくつか教える。


「そうなんだ。一人なんでご飯もまともに食べていないんだ」


「そんなことはありません、適当に何かしらは食べてますわ」

レティシアはこの一人暮らしを終わらせてなるものかと、釈明する。


「『適当に何かしら』ね・・・。そういうのは大体いい加減なものしか食べていないって言っているようなものだね」

ハリーの言葉にぐっと言葉をつまらせるレティシア。


「じゃあ、昨日は何を食べたの?」

エルエストの質問は非常に厳しい。


何故なら、昨日レティシアが食べたのはポタージュというには薄すぎるスープにバンズの残り。


「き、昨日は時間もなかったのですが、ちゃんとポタージュスープとパンを少々・・」


この証言の裏付けを取ろうとしたのか、わざわざハリーが調理場に置かれた鍋を見に行く。

「えーと、この水のようなポタージュの事を言っているのかな?」


「・・・・」


レティシアは二人の王子に追い詰められていくのだった。



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