29 ウエスタンな町はいかがですか?
アレイト妃が元気になってくると、レティシアは次に南部のルドウィン町にお出掛けしませんかと提案する。
レティシアが作ったウエスタン調の町だ。
妃殿下二人を一番初めのお客様にするために、開業を遅らせていたのだが、漸く日の目を見ることになった。
「まあ、ルコントの新しい町を一番最初に体験できるのね。嬉しいわ」
シルフィナ王妃はノリノリである。
「私は既に情報を少し得ておりましてね。ステーキやハンバーガーといったまだ味わったことのない食べ物を早く食べたいわ」
アレイト妃の発言から、彼女の胃潰瘍はほぼ全快しているようだ。
食欲旺盛な彼女は、和風もいいがそろそろガツンと腹にたまる料理を所望されていることが多くなっていた。
そこで、ルドウィン町の出番となったのだ。
まさにお披露目に相応しい。
この日に、前々から約束をしているドルト伯爵夫人も呼んでプレオープンである。
こんな時には、すかさず二人の王子もやって来るが、学校や、業務はお休みしても大丈夫なの?と心配になる。
しかも、エルエストの場合そろそろヒロインのマルルーナ嬢と出会って、メロメロにされているのではないのだろうか?
それなのに、全くヒロインの影すら感じないのはなぜなのかと・・・。
レティシアは、エルエストが豹変するかもしれない恐怖で、いつもびくびくしている。
そんなことを気にしているレティシアに、エルエストはいつも通りレティシアの横の位置をキープし続けている。
「へー・・ここがウエスタン街か・・。ルコントの滝付近での服装と違って、ここは男達は格好いい服装をしているんだな」
エルエストは街で歩いている男性の服装をずっと目で追っていた。
王子と言えども、やはりウエスタンシャツや、ジーンズ、それにカウボーイハットが珍しく、着てみたいようだ。
「あの服装は、あちらのお店にてレンタルで着ることが出来ます。さらに奥のお店では、あの服を購入することもできますよ」
営業脳をスイッチオンさせたレティシアの目は、太客を見つけた商人そのものである。
「そうだな。着て良かったら買おう」
レティシアの横にいたばかりに、ジーンズショップの中へと強引に引きずられるように入るエルエスト。
それを横目で見ながら、怖々後に続くハリーは、お店の入り口で様子を窺っていた。
お店の中では、エルエストが試着室で次々に服を着替えさせられている。
そして、試着室から出てくる度にレティシアの接客トークが炸裂していた。
「まあ、流石エルエスト王子殿下ですわ。足が長くてジーンズがお似合いです。しかもそのシャツは金髪の髪がより一層映えます」
「そ、そうかな。似合っているのか?」
「もちろんですわ。このカウボーイハットを被って、こちらのウェスタンブーツを履いて下さい」
レティシアに褒められて、上機嫌で試着室から出てくるエルエスト。
それを店内の隅っこで見ているハリーには、おだてられて、頭の先から爪先まで一式全てお買い上げの罠に落ちたエルエストが、生け贄の子羊に見えてくる。
「怖い・・エルが捕まっている間に店の外に出よう」
後ろ歩きで店の外に出ようとしたところ、レティシアがいつのまにか、ハリーの横にいた。
「まあ、こちらの商品を気に入って下さったの?」
いつのまにか、ハリーはマネキン人形にしがみついていたようで、それを是非試着してみて下さいとレティシアに言われ・・・・。
後はエルエストと同じ末路を辿ったのだった。
兄弟仲良くウエスタンコーデに身を包み、町に出る。
「いつもは堅苦しい服だし、こういうのもいいね」
気を取り直したハリーがエルエストを向くと、エルエストはなぜかご機嫌斜めになっていた。
「エル、どうした?」
「いや・・・。なんでもない」
エルエストはそっぽを向く。
実は、エルエストが試着した時間よりも、ハリーの方が倍の時間が掛かった。
その間中、レティシアの褒め殺し接客を聞いていたエルエストは、面白くなくなったという訳なのだ。
「まあ、ハリー王子殿下もエルエスト王子殿下も町に溶け込んで、とても素敵ですわ」
レティシアの店の外での一言に、エルエストの機嫌も直る。
「所で、母上達はどこに行ったのかな?」
王子二人は服を着替えている間にいなくなった母の行き先を尋ねた。
「うふふ、お二人は今乗馬を楽しまれています」
レティシアのこの言葉に二人の王子が青ざめる。
「乗馬? いくらなんでも危ないではないか!! あの高さから落ちれば怪我をするぞ」
アレイト妃を心配するハリーが、珍しく声をあげた。
「ご安心下さい。乗馬と言ってもポニーでの乗馬です。ここでは男性用の馬と女性用の馬を用意しています。さらに、乗馬コースもそれぞれご用意しているのでご安心下さい」
「なんと・・・、至れり尽くせりだね」
安心したハリーが乗馬の初心者コースに行くと、両妃殿下にドルト伯爵夫人まで一緒になって乗馬を楽しんでいた。
王子に気がついたアレイト妃が、こちらに向かって大きく手を振った。
「母上のあんな溌剌としたお顔を見たのは、本当に久しぶりだな」
ハリーはそう言いながら、母に手を振り返している。
「そう言う兄上の穏やかな顔も久しぶりに見ましたけどね」
「そうか?・・・そうかもしれないな」
二人の王子の穏やかな時間が過ぎていた。
乗馬を終えた一行は、レストランの店に入り、厚切りのステーキを食べることになった。
鉄板にジュージューと音を立てて焼きたてが出てくる料理は初めてで、ドルト夫人を含めた5人は、ステーキに釘付けになっている。
特に王族は、毒味係を通して運ばれて来る間に料理が冷めていることも度々である。
なので、このように熱々な食べ物とは縁がない。
「鉄板が熱くなっているので、お気をつけて召し上がって下さい」
給仕に言われ、目の前に置かれると、王族の4人は食欲そそるその香りにすぐにナイフを入れる。
一口食べると、そのにんにくが利いたガツンとくるパワー的な味を次々に口に頬張っていく。
そこに『ルコントの名物のルッコーラです』と出された、赤黒い炭酸飲料を不思議そうに眺めた。
「これはルコントソーダとはまた違う飲み物なのね?」
何でも試して見たいドルト夫人が、再び躊躇なく、飲む。
「うーん、とってもおいしいわ。私はルコントソーダよりもこっちの方が好きかも」
ドルト夫人のお墨付きに、王家の4人がゲップを恐れつつもグラスに口を付けた。
「あら、本当おいしいわ」
シルフィナ妃殿下も、頷く。
―――うふふ、これでルコントソーダとルッコーラも人気が出るわ。
ほくそ笑み、頭の中のそろばんをはじくレティシア。
このルッコーラの開発には、今回もマイクが関わっている。
これで、マイクに一財産を築いてもらえるわ。
レティシアがマイクの喜ぶ顔を思い浮かべる。
昼食が終わると、早めにホテルに入りゆっくりしていただこうと思っていたのだが、両妃殿下がお土産屋を見て回りたいとのご要望があり、急遽計画を変更してバタバタしたが、概ねうまくいった。
その後、王子達は王宮に帰るが、この時にエルエストが、屋敷に帰るレティシアを馬車で送ろうと言い出した。
早く一人になりたいという望みを隠し、「ありがとうございます」と馬車に乗ったレティシア。
だが、今回は馬車に乗せてもらえた事を深く感謝する事になる。




