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浴衣姿の王子が二人、旅館で寛いでいる。


ローテーブル(卓袱台(ちゃぶだい))に低いソファー(座椅子)は、王子二人の距離を物理的にも近くさせた。


「この旅館というホテルは落ち着くね。レティシア嬢は本当に凄い才能を持っている」

ハリーが手放しでこんなにも女性を褒めるのを見たことがなかったエルエストは、表情を固くする。


「エル、そんなに難しい顔をしなくても、彼女を取らないよ」


「え、本当に? 兄上もレティシアを気に入ったのではなかったのですか?」

急に嬉しそうな顔で問われると、ハリーは否定するしかない。


それに、ハリーには分かっていた。

もし、今のまま自分が国王になるのなら、レティシアは付いてはきてくれないことを。


レティシアが大切にしているのは、この領地と領民だ。

それは昨日初めて訪れたハリーにも分かった。


「彼女は本当に領民と仲がいいのだね。あまりに貴族や平民など分け隔てなく話すから、誰が貴族かそうでないのか分からないくらいだよ」


「そうなんです、兄上。レティシアは繋ぎの服で領地を駆け回り、畑も耕すし、ペンキも塗る。それに領民一人一人を家族のように名前を呼んで大切にしているんだ」


目を輝かせてレティシアを語るエルエストを微笑ましく思い、ハリーが笑う。

でも、何故か面白くない。それでつい意地の悪い言葉を選んでしまう。


「エルは本当にレティシア嬢を気に入ったのだね。でも、エルの想いが1パーセントも、彼女に伝わっていないのは残念だね」


「・・・ええまあ・・。今まで見てきた女の子とは全く違うから、接し方すら分からない・・」

項垂れるエルエストに、罪悪感を覚える。悪かったなと反省し、可愛い弟に兄から恋愛のアドバイスをあげようと思ったが、ハリーの口はひきつったように動かなかった。




◇□◇ ◇□


アレイト妃の胃は劇的に良くなっていった。

ストレスの元となった『愛宝殿』の妾達のいざこざの後始末を国王に押し付けて、自由になったその日から、アレイトは胃の痛みがなくなっていた。


一緒に滞在している、妹のように仲の良いシルフィナ王妃とのんびり過ごす時間が、彼女の心を穏やかにしている。


そして、何より医者の薬とここでの白魚や豆腐と言った胃に優しい和風料理が、胃を癒した。

可愛い王子達は、度々旅館を訪れて母親達の様子を伺いに来てくれる。


こうして体と心のケアをした結果、アレイト妃の活動が活発になってくるのは必然である。


「ねえ、シルフィナ妃殿下。せっかくルコントにいるのだから22の滝を見に行きませんか?」


アレイト妃の誘いに、王妃シルフィナも二つ返事で答えた。


「ええ、私も一度行きたいと思っていましたの。だってドルト伯爵夫人が3回も訪れて絶賛されているんですよ。この機会を逃したくないですわ」


この日は丁度二人の王子も母の元を訪れていたので、4人揃って滝を見に行くこととなった。

連絡を受けてレティシアもルドウィンの町から合流する。


両妃殿下は普段ならば、絶対に着ることのないズボンに足を通し、簡素な長いシャツを着用。

「まあ、アレイト様お似合いですわ」

「うふふ、そう言うシルフィナ様も可愛い男の子のようよ」


少女のように会話する母親達を見て、息子二人は微笑む。


彼女達がどれほど気を引き締めて王宮で過ごしているか、そして、ここでの生活で癒されているかを知ったのだった。


「両妃殿下、どうぞご無理のないようにお願いします。ルコントの滝は22ありますが、初めての方は半分を目標にしてください。でないと、明日動けないほど筋肉痛になりますので・・」


レティシアが気遣って、少なめに設定し出発する。


護衛の騎士も入れると大所帯の移動。

これほどまでに大勢の移動は初めての経験だ。

警備も大変だが、お二人の感想が悪いものだったならば、ルコントはまた経営難に陥るのだ。


レティシアも村の人々も、両妃殿下の行動を固唾を呑んで見守っている。

しかし、その心配は杞憂だった。


両妃殿下は滝を見る度にじっと立ち止まり、その滝の美しさを形容し、如何に素晴らしいかを語った。

そして、滝のないところでも川の美しさに心を奪われ、その流れに手を浸し、『冷たいわね』と喜んでいた。


5つの滝を見たところで、アレイト妃の体を心配したレティシアが休憩を入れる。

ちょうど川が開けて流れも穏やかになり、大きな平らな岩が広がっている場所だ。


「アレイト妃殿下、この辺りは大岩が多くそこにクッションを敷きますので、どうぞここで足を伸ばして休憩なさってください」


平らになった大きな一枚岩に、ふかふかの綿を入れた敷物を敷くと、早速妃殿下のお二人と王子二人はその上に上がった。


アレイト妃が靴を脱ぎ足を伸ばすと、3人も靴を脱いだ。


「大自然の中、川のせせらぎを聴きながら、足を伸ばして空を見るなんて初めての体験だわ。なんて気持ちが良いのでしょう」

アレイト妃は、言い終わるとゴロンと仰向けに寝そべった。


「母上、流石にそれは行儀が悪いですよ」

焦ったのは息子のハリーだった。

こんなに自由にしている母を見たのは、初めてで、人前に寝っ転がるなんてはしたないと思ってしまったのだ。


「ハリー王子殿下は堅すぎますよ。どうぞ、ハリー王子殿下も寝っ転がってご覧なさい。そして、もっと自由に、もっとおおらかに考えてご覧なさい」


母親に言われ、渋々寝っ転がる。


すると久々に青空が見えた。

目線を移すと青々とした緑の隙間から光がさしている。

木漏れ日だ。川の流れる音は優しく耳をくすぐる。


「ハリー王子殿下、ルコントソーダをどうぞ。良く冷えていますよ」


ハリーが青空から顔を向けると、レティシアが微笑みながら変わった形の瓶を持っていた。

爽やかな光に溶けるように微笑むレティシア。

ダメだ。これは恋に落ちる。

自制しなければならない。

ハリーは自分を厳しく律しようとした。


そのハリーに母の言葉が脳裏に響く。

『もっと自由に・・・もっとおおらかに・・』

もっと自由に人を好きになっても良いのだろうか?

もっと自由に生きても・・?



「俺ももらうよ」

レティシアの手から2本の瓶を受け取ったのは、エルエストだ。

彼はハリーの瞳に独占という欲望の火が灯ったのを、見落とさなかった。


わざわざレティシアから受け取った瓶を、ぶっきらぼうにハリーに渡す。

エルエストは自分でも心の狭さが嫌になり、それを隠そうとハリーに話し掛けた。

「兄上、蓋の開け方を知ってますか?」

「え?・・ああ・・。知らないな。教えてくれ」


エルエストはビー玉の上に玉押しをのせ、掌で強く押す。


ポンッと軽やかな音と共にシュワワーと炭酸が弾ける音が響いた。

ハリーも同じように真似をして、ソーダを開けた。


初めての炭酸ならば、誰もがその弾ける飲み物に驚く。

エルエストは二度目だが一気に瓶を傾け飲み始めた。初めてのハリーまでも、一気に飲み続ける。


「初めてでしたら、ゆっくり飲んだ方が良いですよ」とレティシアが慌てて忠告するも、止めることなく一気飲み。


苦しそう。

それはそうだ。

炭酸一気飲みなんて、ゲップを出さないと吐いてしまう。


二人は飲み終わると口を押さえ、勢いよく誰もいない上流へと走りだした。・・・と、しばらくしてから笑いあって帰ってきた。


「ははは、兄上があんなに・・・」

「エルの方が下品だった」


両妃殿下は息子たちが何を笑っているのか分からないだろう。

でも、レティシアは知っている。

だから余計に二人が、何を競ってまで一気飲みをしたのか理解に苦しんだ。

レティシアが怪訝な顔をしているので、王子二人は威厳を保つためなのか真顔で質問をしてきた。


「この喉を刺すような感覚は、体に毒ではないのだな?」

ハリー王子がコホンと咳払いしてわざとらしい顔で質問する。


王族に体に悪い物を渡す訳がない。

「もちろんです。これは自然由来の飲み物なんです」

レティシアの説明に頷き「だそうです。両妃殿下もどうぞ」とハリーは母と王妃に目で薦める。


二人の妃殿下も恐る恐る口に含み、そのシュワシュワ感に目を真ん丸にするが、すぐにごくごくと飲み干した。


「美味しいわ。本当に今まで味わったことのない感覚の飲み物ね」

アレイト妃もシルフィナ妃もご満悦である。


小鳥が囀ずり、流れの緩い川の流れに足を浸し、両妃殿下はすっかりこの場所がお気に召したようだった。


そのままこの場所で昼食を摂り、最後の滝には行かず、8番目の滝を見て一行は帰途に就く。

アレイト妃の体調を考慮した結果だ。


この滝ツアーでも、レティシアは率先して機敏に動き、両妃殿下に心を砕いて寄り添っていた。


そして、その働きは昨日今日初めてしたことではないとわかるほどに、流れるように気遣いができているのだ。

レティシアがリスのように動きながら、庶民と一緒に地面に腰掛け、談笑する。


だが、王族の4人は否定的には捉えず、好ましく見ていた。

特に二人の王子は、レティシアの行動に目が離せないのだった。


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