27 兄弟で相部屋
シルフィナ王妃とアレイト側妃の両妃殿下は、広がる畑や水車がゆっくりと回転をしている長閑な風景を堪能しながら、馬車を進めてオルネラ村の先にあるルコント22滝の旅館までやってきた。
村民達は、緊張しながら旅館に逗留する両妃殿下を出迎えた。
レティシアも領民と同じく和服姿に着替えてた。
和服と言ってもお端折をきれいにする手間がない、上下セットの着物だ。
これならすぐに着られるし、手間もかからない。
男性は作務衣姿で業務してもらっている。
異国情緒を味わうには、まず見た目からである。
レティシアは自分の継いだこの領地に、妃殿下お二方がいらっしゃる事実に胸を熱くしする。
とても光栄なことだ。
今まで盗賊にまで見放された貧乏領地に、王族の方を迎える日が来るなんて、誰が思っただろう。
レティシアは二人の妃の神々しさに、胸をいっぱいにさせていた。
感無量だった。
しかし、喜びで震えていた胸が、悪寒で震えだす。
それは・・・
アレイト妃殿下とシルフィナ王妃殿下が領地に来るのは聞いていた。
だが、ラスボス と処刑裁定人と処刑執行人までくっついて来るのは聞いてない。
ルコント滝の入り口の旅館に、豪華な馬車が何台も横付けされた時から、嫌な予感はしていた。
だが、レティシアは白々しく追い返そうと足掻いてみた。
「まあ、両妃殿下を、王子殿下自らここまで送られるとは・・。これより先は王室の警備に加えて、我が領民で警護しますので、是非ご安心下さい」
だから、ここからは帰ってくれて大丈夫ですよー・・。と付け加えたいがそこはお口チャック。
「おい、俺達を追い返そうとするなよ。前は二人っきりでお前の屋敷で夜を過ごしたではないか」
「ゴホッ!!なななあ何を言うのです!!エルエスト殿下ぁ!!」
控えていた領民には聞かれてはいなかったが、両妃殿下とハリーとルイスには間違いなく聞かれた。
やはり、この男は危険だ。距離を取ろう。
わなわな悪寒に加え、怒りで震える体に力を入れて、冷静を保つ。平常心に戻し、気合いで笑顔を作ってみたが、怒りはくすぶっている。
なぜこんなところで言う?
空気を読めないの?
悪気もなくヘラヘラと笑うエルエストに、殺意が湧く。
そんなレティシアに、エルエストの焦りは理解できる訳もない。
レティシアがアレイト妃の病気を見抜き、静養をするようにと言ったとき、明らかにアレイト妃とハリーのレティシアを見る目が変化したのだ。
エルエストはそれを見逃さなかった。しかし情けないことに、牽制する手立てが他に思い付かない。
先にレティシアを見つけたのは俺だと言いたかった。
レティシアに、その魅力は他に見せつけないでほしいと願ったが、両妃殿下を出迎えるに当たって着ていた異国情緒溢れる服が、より一層美しさを際立たせていた。
つんけんする大きな瞳は、猫の瞳のようにコロコロ変わる。
もっとレティシアの色々な表情を見ていたかった。
なのに、『もう帰って結構です』とばかりに冷たい態度。
ハリーやルイスに牽制するついでに、つい意地悪もしたくなる。
ハリーよりも素速くレティシアに寄り添い、「では、旅館に案内を頼む」としっかりと横をキープした。
そんなエルエストの子供じみた態度も、両妃殿下は「若いって良いわね」と微笑ましく見ている。
ハリーも微笑んで、弟のすることを見ていたが、いつもの笑みではない。
それは誰にも気がつかれないほどの僅かな違い。
そんな王族の一行が、旅館に入っていった。
◇□◇
「ホテルに入るのに、靴を脱いで入るシステムは斬新ね」
王妃のシルフィナが、王都にはない和風様式にワクワクしている。
「シルフィナ様、少し落ち着いて座ってはいかが? あら!! このお菓子がとても美味しいわ。 あらまあ、こちらからの見えるお庭が素敵よ!!ほら、シルフィナ様こちらにいらして!!」
そう言うアレイト妃も日本庭園を眺めつつ御饅頭を頬張っている。
「私は母上がこのように、はしゃがれているのを見るのは、初めてかも知れないな」
ハリーは母親が娘のように、キャッキャウフフとしている姿を、物珍しげに見ていた。
「どうぞ、一先ずお茶を飲んでごゆるりとおくつろぎ下さい」
「レティシア様、待って下さい」
部屋を出ようとするレティシアを、アレイト妃が止める。
そして、「ここの皆さんが着ているその服を着てみたいのですが、いいですか?」と、恥ずかしそうに尋ねた。
好奇心旺盛なアレイト妃がそう言うだろうと、レティシアが10種類の浴衣を用意していた。
それに少しでも、王都から離れて気分を変えてもらうために、コルセットのきついドレスも脱いで欲しかった。
「私が着ているのは着物という衣装ですが、リラックスして頂きたいので、こちらの浴衣という衣装を着て頂きます。どうぞこちらの絵柄から選んで下さい」
「まあ、初めて見るお花の服ね。どれにしようか迷うわ」
アレイト妃が一つ一つ手に取って吟味している。
その横にシルフィナ王妃が来て、白地にピンクと薄紫の朝顔の絵柄が入ったシンプルな浴衣をとり、「私はこれにするわ」と早々決めた。
うんうんと悩んでいるアレイト妃も楽しそうだ。
ほっとするレティシアは、医師と相談をするために部屋を後にした。
アレイト妃の食事に関する注意事項を聞いて、厨房のスタッフと打ち合わせをする。
この旅館には他のお客様もいるが、離れを使っているために警備はし易い。
この旅館に温泉はないが、個々の部屋に露天風呂が付いている。
大浴場を作りたかったのだが、流石に貴族の奥方は誰も使用できないという理由で断念した。
だが、諦められないレティシアが部屋に露天を作ったが、これが大当たりで、連日予約殺到の旅館になった。
今回妃殿下達もこの露天風呂で疲れを癒して頂きたい。
「おい、俺たちも泊まりたいのだが部屋は空いているか?」
事も無げに非常識な事を仰るエルエスト王子。
「なければ、またお前の屋敷に泊まっても良いぞ」
「絶対にご用意します!!」
レティシアは食いぎみに返事する。
レティシアの形相にお宿の従業員が、予備の離れの部屋を飛ぶように清掃に走っていった。
この領地ではレティシアは女神のような存在であり家族でもある。
その彼女が困った顔をすれば、領民は素早く動く。
そして、その結果。数分後には『清掃が完了しました。ご案内可能です』とレティシアが報告を受けた。
淡い期待をしていたエルエスト王子。
エルエストの意に反して、旅館での宿泊が決定となった。
しかし、彼の諦めも相当悪い。
「俺のことを放っておいて屋敷に帰るつもりなのか?」
レティシアが一旦屋敷に帰ることを告げると、再び子供のようなことを言い出した。
「この旅館の従業員一同、接客は完璧です。ですから、私がいなくても何不自由無く御滞在頂けます。何かご要望がありましたら、すぐにベルで従業員をお呼び下さい。それでは、どうぞ心行くまでお寛ぎ下さいませ」
レティシアが頭を下げると、スススと襖を閉める。
エルエストにはそれが劇の幕が下ろされたような、寂しさを感じた。
「残念だったね。エル」
ハリーにとっては、喜劇を見せられていたように、口を手で隠して笑いを堪えている。
「兄上、笑いが漏れてますよ。・・・それにしても何故、男二人が同じ部屋で、寝なければならないのだ」
エルエストはレティシアが帰ったこととハリーに笑われたことを合わせて、不機嫌になっていた。
「ふふ、エルがここで泊まると無茶を言うからだよ。でも、私は久しぶりに兄弟で旅が出来て嬉しいけどね。エルは?」
「・・・ちょっとうれしい・・」
耳が赤いエルエストを見て、再び笑うハリーだった。




