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26 我慢はよくない


レティシアが朝の身支度をすませると、ドアがノックされた。

開かれたドアの向こうには、第一王子と第二王子が揃ってお出迎え。


そして、その後ろには王子宮の近衛騎士のルイス・クレマンも見える。


小説では一人はラスボスとして、レティシアを悪の道に引きずり込み、一人はレティシアを牢屋に引きずり入れ、一人はレティシアに裁判もさせず殺害した。


そんな怖~い3人組が揃いも揃って、目の前に立っている。

よく棺桶に片足を突っ込んでいる状態と言うが、まさに棺桶に寝かされて蓋が閉められそうになっているような・・・。


息苦しい。


レティシアは、左の頬が痙攣をしたままで微笑むという高等なテクニックを駆使し、この場面を迎えた。


エルエストがレティシアの手を持って、自分の腕に置いた。

どうやら、ハリー第一王子に盗られないように、牽制して見せたのだが、今のレティシアにはその深い意味を理解する余裕は皆無だ。


レティシアの心中は、死刑執行人が3人揃って刑を執行するために彼女を引っ張っていくようで、足取り重く何も考えられない。


それでも、美味しそうな料理が運ばれて来ると一気に意識はオニオンスープの香りに持っていかれる。


黄金色に澄んだスープに、このコク・・美味しい・・・。

胃まで冷えきっていたが、一口で温かさが体に伝わった。


エルエストはレティシアがスープを飲みきるまで、じっとその姿を満足そうに眺めていた。

「美味しいかい?」


「とても美味しいです」

その言葉に、エルエストの顔が(ほころ)ぶ。


「エルエストから聞いたのだが、貴女は私の母に関して、何か気がかりがあるそうだな?」


レティシアは恐怖で、大事な事を失念していた。

すぐにアレイト妃について、ハリーに尋ねる。


「昨日、アレイト妃殿下にお会いしたのですが、かなり顔色がよくないとお見受けしました。アレイト妃の健康に関して、ハリー第一王子殿下が気になるところはないですか?」


「うーむ。そう言えば食欲がないように思う。顔色は気がつかなかったな・・」


ハリーもエルエストと同じように、アレイト妃の化粧に隠された顔色は、わからなかったようだ。


レティシアは、小説は既に始まっているのだと危機感を募らせる。


だが、王子達に危機感はない。

アレイト妃の胃潰瘍もかなり悪くなっていて、アレイト妃自身も症状を自覚しているはず。

なのに、息子にも隠しているなんて余程、我慢強い人なのだろう。

身内に愚痴一つこぼさない我慢強い人ほど、病気の発見が遅れる。


こうしてはいられない!!


王族に簡単に会えないことは知っているが、レティシアにも時間がない。

不躾ながらハリー王子に頼んだ。


「アレイト妃の体調の悪さは、普通ではありません。どうか、会える時間を作って頂けないでしょうか?出来れば、早く・・いえ、今日にでも!!」


テーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げたため、からになったスープ皿がガチャンと鳴る。


ハリー王子とエルエスト王子が、顔を見合わせて困っているのが頭を下げていてもわかった。


どちらかの王子が頭を掻いている。


「わかった。今の時間なら母上も朝食の時間だ。今日は謁見があるので、この時間を逃せば会える時間はないな」


二人の王子が頷くと立ち上がった。

「さあ、行こう」

二人同時に手を差し伸べられて、どちらの手を取ればよいのか迷う。


すぐに察したハリー王子が手を戻し、レティシアは促されるようにエルエストの手を取り、側妃の自室に向かった。




先触れはしたものの、アレイト妃にとっては突撃に近い訪問だ。

それでも、微笑んで王子と一緒に現れたレティシアを招き入れてくれた。


「昨日の可愛いルコント卿が、どうされたのです? それにハリー殿下もエルエスト殿下もお二人が揃っていらっしゃるなんて」


その声に非難めいた声音は一切ない。むしろ、この状況を面白がっている節がある。


レティシアは深く膝を折ったカーテシーで、この無礼な振る舞いを謝罪した。


「私の非礼な振る舞いをお許し下さい。ですが・・昨日お目にかかった際の、アレイト妃殿下の顔色が気にかかり、お目通りの機会を設けて頂きました」


レティシアが言い終わると、アレイト妃は見開いた眼を瞬きもせずにじっとしている。


「・・・どうしてわかったのかしら?」


アレイトは侍女達にも体調の悪さを押し隠して過ごしていた。

細心の注意を払い、秘密にしてきたというのに、まだ14歳のレティシアに勘付かれたのが不思議だった。


「化粧でお顔色の悪さは分からなかったのですが、お首との差がはっきりとしていたので、お体の不調を隠そうとされているのだと思いました。それと、はっきりとわかったのは、アレイト妃殿下の爪が真っ白だったので、貧血ではないかと確信しました」


アレイトは自分の爪に目をやると「ふふふ」と笑い出した。


「あんなにも気を付けていたのに・・、爪まではねぇ・・」


今のレティシアは笑える状況ではない。

ここで彼女を救わねば、ハリーがいつラスボス化するかわからない。

誤魔化される前に、畳み掛ける様に質問をした。


「アレイト妃殿下、みぞおち辺りが強く痛むのではありませんか? それに、吐血や血便などの症状が出ていませんか?」


アレイトは観念したように、コクリと頷く。


「どういうことです、母上? なぜそのような症状になるまで皆に黙っていたのです?!! すぐに医者に掛かって下さい」


ハリーが堪らず声をあげて、悔しそうに拳を握っている。


「ハリー・・・。ごめんなさい・・・。ハリー王子殿下にご心配をお掛けして申し訳ございません。ですが、今沢山の厄介事を抱えてて、この問題が片付くまで倒れるわけには行かないのです」



(――ああ、このアレイト様も社畜っているわ・・・助けたい・・)


レティシアはこの病状を知っている。

人に任せられなくて、任せる人もいなくて、なんとかしないとと足掻き続けて倒れるパターンだ。


「アレイト妃殿下!! その問題は国王陛下が解決されます。いや、陛下が解決すべきです」


アレイト妃が抱えている問題の多くは、国王の女好きで妾が増え、手に負えなくなった女性のヒステリーを放置し、それをアレイト妃に丸投げしてきた国王が悪いのだ。


「アレイト妃殿下は吐血の回数が増えている状況を続けた先に何があるか、ご存知ですか? 『死』です。出血性ショック死です」


アレイト妃が唇を噛み眉根を寄せた。


これは心に効いている。

今さらに、アレイト妃の心に届くように言葉を重ねた。


「アレイト妃殿下を必要としている者は大勢います。ですが、アレイト妃殿下が死を覚悟してまでやらなければならないような問題は、1つもありません。ですから、医者に掛かり、しばらく静養しましょう」


ここまで言っても、まだ迷ってるアレイト。


「・・・母上、私に最悪な悲しみを与えないで下さい」


悲痛なハリーの言葉で目が覚めたようだ。


「・・・わかりました。すぐに医者を呼びましょう。それと・・・今日から静養しましょう。私は意地になっていたのね。貴女のお陰で助かりました。何か褒美を差し上げなければいけませんね?」


待ってましたとばかりに、レティシアが一歩前に出る。


「ストレスの元・・いえ、気に病むようなものを目に入れないだけでも、回復は早くなりましょう。この王宮を離れ、是非、静養の地を我が領地でお過ごし下さいませ」


「まあ、あのルコント22滝がある所でしょう? 一度訪れたいと思っていたの。うん、決めたわ。シルフィナ王妃も誘って行きましょう」


あっさりと受け入れてもらい、レティシアは安堵した。


よし、領民全員で歓待するぞ!!

レティシアは心の中でガッツポーズを作った。



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