25 小説のストーリーに抗う
明日、ハリー第一王子に会う約束をしたレティシアは、夜遅くまで仕事をしていた。
もし、ハリー第一王子に全く話を聞いて貰えなかった場合、すぐにここを出て、領地のために準備をしなければならない。
気持ち的には一刻も早く王宮から出たい。
自分の死亡フラグがあっちこっちに立っている所など、恐ろし過ぎる。
ましてや、ラスボスなど好き好んで会いたくない。
しかし、アレイト妃殿下の顔色も放って置けないのだ。
自分のお人好しにため息つきつつ、机に向かう。
ダメだった場合、明日ルドウィン町のオープンの宣伝のためにチラシを撒くのだ。
その前にドルト夫人には、無料でホテルに来ていただけるように、招待状をお渡ししよう。
それに、難破船を領地まで曳航してくれたドーバントン公爵にも、オープンの手紙を書かなくてはならない。
ドルト夫人への招待状の内容をチェックしていたが、眠気の方が勝る。
我慢できずにベッドに潜り込むと、雲の上にいるのかと勘違いするほどのふかふか具合に、あっという間に眠ってしまった。
ーーー・・・
先程会ったばかりのハリーが光のない黒い目で、レティシアに小瓶を渡す。
「これをマルルーナ嬢に飲ませれば、エルエストはお前のものだ」
そう言ったハリーは、レティシアにそっと魔法を掛けた。
レティシアが捕まった時に、毒を渡した犯人を自供できないようにしたのだ。
そうとも知らずレティシアは、ハリーに感謝し、憎い女の紅茶に毒を入れる。
何も知らないヒロインは、エルエストと見つめ合い楽しげにしている。
だが、彼女が一口紅茶を飲むと、喉を掻きむしるように苦しみ倒れた。
驚き必死で愛する人の名前を呼ぶエルエスト。
すぐに毒入りの紅茶を持っていたレティシアは捕まってしまう。
ヒロインのマルルーナは、死の淵を3日間彷徨うことになったが、意識を取り戻すのだ。
―――ああ、・・・・小説の一部分を見ているんだ。
レティシアは、これが夢や幻の類いなのだと気がつく。
小説では知りようがなかった、登場人物の顔を見たことで、リアルにドラマ仕立てで夢を見ているのだ。
ここで、カットが切り替わる。
マルルーナの意識が回復をしたと知らせを受けたハリー。
暗い部屋で唇を噛む。
「奴に大事な人が殺されると言う思いを味わわせたかったのに・・。何て運がいいのだ。次は失敗はしない。そして、最後に死ぬのはお前だ、エルエスト」
ハリーがこのようになってしまった記憶が、古いセピア色の映画のように思い出されて再生される。
エルエストの母であるシルフィナ王妃と、ハリーの母であるアレイト側妃が、二人でお茶を飲んで楽しく語らっていた時の事だ。
ハリーの母であるアレイト側妃が、いきなり大量の血を吐いて倒れる。
そして、そのまま亡くなってしまう。
口からの血を流した母を抱き締めて、叫ぶハリーが映し出されていた。
「誰が母に毒を!!」
その映像が終わると、さらに画面は変わり、地下の牢屋に繋がれているレティシアが映る。
「よくも大事なマルルーナを苦しめたな。お前は許さない」
黒髪のイケメン騎士が剣を抜く。
「うぎゃーーーぁぁぁーーー」
はーはーはー・・・
自分の絶叫で起きたレティシア。
窓の外はまだ真っ暗だ。
「あー・・怖かった・・。これから起こることなんだよね? 私がここにいる限り、これに近いことが絶対に起こるんだよね?」
まだドクドクと激しく心臓が大きく打っている。
この先のストーリーも思い出せた。
暴走したハリーは、自分の行いをやめるように必死で注意した王子宮の若い騎士を殺してしまう。
その騎士の兄は闇ギルドで暗躍していた暗殺者のトピアス。
そして、最終的にハリーは、そのトピアスに殺されてしまうのだ。
「・・・それにしても・・・ハリー王子はお母様を殺されたと思っているのね。いきなり吐血して亡くなったらそう思うわね」
でも、違う。
社畜としてハードな人生を送ってきたからこそ分かる。
あの症状は胃潰瘍。しかもかなりの末期。
きっと普段から吐血や下血を繰り返しているに違いない。
本来なら、早めに治療を受ければよいはずだが、彼女は誰にも言わず、堪えて堪えて、それでも王宮の仕事をしているのだろう。
アレイト妃は貧血状態で、顔色を隠すためにあのような厚化粧をしているのだ。
胃潰瘍は過度のストレスによる事が多い。
きっと彼女のストレスはあの国王の悪癖の女性遍歴だ。
王妃を助け、愛人の巣窟をまとめ、日々の業務にも負われている。
アレイト妃に必要なのは、心休まる場所でのリラックス。
この王宮から離れた場所がいい。
アレイト妃をお助けすることは、自分の将来を助ける事に繋がるのだ。
そう思うと、居ても立っても居られない。
よし、わが領地にて羽を休ませていただこう。
まずは、ウエスタンのルドウィン町の開業を遅らそう。
人でごった返す中では警備が難しい。何よりアレイト妃もゆっくり出来ないだろう。
(決めたわ。アレイト妃のストレス軽減プランに切り替えて、計画しましょう)
◇□ ◇□
レティシアの部屋を侍女がノックする。
朝の支度を手伝うために来た侍女だが、既に用意されていた服を着て待っているレティシアがいた。
「まあ、ルコント卿が既に起床されて居たことに気が付かず、申しわけございません」
侍女の二人は深く頭を下げるが、唖然とするレティシア。
「私が起きた事に気がつかなくても仕方ないです。扉も閉まってましたし・・。そもそも、朝の支度の手伝いって、何を手伝ってもらうものなのでしょうか?」
今度は侍女が唖然とする。
「ルコント卿は、朝の身支度・・例えば服を着るとか、髪の毛を梳かすなどはご自分でされているのですか?」
「そうです。と言うか、屋敷に私一人なので、全て自分でしてますけど・・」
険しくなる侍女の顔。
「いつから、お一人で暮らされていらっしゃるのでしょう?」
「12歳です。父が・・・」
女性と逃げてからと言うのは、さすがに憚られて、そこは黙った。
だが、この先を話さなかったことで、侍女の母性本能に火をつけてしまった。
「それから、お一人で暮らし、領地の経営を独学で学び立て直し、強く生きていらしたんですね。うっっ」
一人の侍女が顔を背けた。
まさか泣いているとは思わず、ビックリして声を掛けた。
「御気分でも悪くされたのですか?」
レティシアは侍女が気を悪くしたのかと驚いたが、逆に侍女達に捨て猫を見つけたときのような慈愛の目を向けられた。
「お嬢様、今は既に伯爵家を継がれてルコント伯爵です。私達に敬語は必要はありません。今日は思う存分おくつろぎ下さい」
二人の侍女の目が、『なんでも言ってご覧なさい』とばかりにレティシアが用事を言うのを待っているではないか。
レティシアはここで、少し甘えてもいいのかな?と普段願っていることを口にした。
「では、お二人に時間があるのならば・・」
「はい、なんでもどうぞ」
「一緒に朝食を食べてくれませんか?」
「ううっっっ。叶えてあげたい」
「ええ、そんなささやかなお願いをされるなんて」
侍女二人は体を捩って、狼狽えている。
「ルコント卿、誠に申しわけございません。私どもは侍女で一緒に食事を共にすることは許されておりません。せっかくのお申し出に応えられず、お許し下さい」
侍女が丁寧に深く深くお辞儀をする。
そんなに難しい事だったのかと、言ったレティシアは恥ずかしくなった。
「いえ、私の方こそいつも一人の朝食だったので・・・」
人がいるなら一緒に食べたかった・・・。
しょんぼりさせてしまったお詫びとばかりに、侍女がレティシアの気持ちを切り替えられるように急ぎ付け足す。
「私どもはご一緒できませんが、エルエスト王子殿下が、朝食を一緒にと仰せです」
侍女の一言に、食欲ゲージが消滅したレティシアだった。




