24 《幕間》恋の迷走
貴族の令嬢の事を、つまらない生き物だと思っていたエルエスト。
見栄と虚像とプライドだけを大事にしている女達が、傍らに来るだけでもうんざりしていた。
パーティーの女の話は、アクセサリーがどうとか、ドレスのデザインがどうだとか、下らないにも程がある。
その癖、民の暮らしを『汚ならしい』と言っては見ようともしない。
王子宮にも侍女として働く貴族女子がいるが、仕事の殆どを低級侍女に任せておいて、自分達は王子の目に留まり易いお茶を運ぶ仕事だけを取り合っている。
先日もその運ぶだけの仕事を、髪の毛を掴み合って喧嘩している所を目撃した。
浅ましいものだと、目の端で見て捨て置いたものだ。
「仕事もしない貴族の侍女は、ここに必要か?」
これはいつも兄のハリーと、論じているが、「ここでの仕事が彼女達の礼儀作法を習得した場として、箔が付くんだよ」
とハリーは擁護する。
そう言いつつ、ハリーも彼女達のあからさまな欲望の眼差しに晒されて、うんざりしているのだが・・。
エルエストは、貴族の令嬢の二面性に嫌気が差していた。そんな時にオーバーオールを着たレティシアに出会ってしまったのだ。
そんな令嬢を見たことがなかった。
しかも伯爵だというのに、屋敷にたった一人で暮らしていて、侍女もいない。もちろん護衛の兵もいない。
不用心すぎて、心配になるほどだ。
だが、彼女は14歳とは思えぬほどしっかりしている。
しかも彼女は、れっきとした伯爵として、自立していたのだ。
領地を見回ると言うレティシアに、今度こそは着飾って行くのだろうと期待したが、前日と同じオーバーオール姿で現れた。
こんな庶民よりも質素で汚れた姿で領民の前に出れば、どんなに馬鹿にされるか分からないぞ。
そう思っていた。
だが、そうはならなかったのだ。
彼女はどんな服装をしていても、敬愛されていた。
でも、初めからそうだった訳ではない。それは、ルドウィン町のジョージが話してくれた。
その話では、いかに自分達が頑固で愚かだったかと、それに対して見捨てず怒らず、レティシアがたゆまぬ会話を続けてくれたかを話をした。
彼女が辛抱強く努力し続けた結果、領民と家族のような絆を得たのだ。
目の前のレティシアの行動を見て、エルエストが魅了されるには、時間はかからなかった。
もう少しの時間も、目が離せなかった。
ちょこまかと誰よりも動き、誰よりも要領を得て働く。
そして、誰よりも笑うのだ。
そんな彼女に、領民が自分の家族のように接している。
そして誰もがそんな彼女を親しみを込めて『レティー様』と呼んでいる。
貴族が愛称で呼ぶ事を許すのは、家族や自分よりも高位の貴族だけだ。
下級の貴族が愛称を呼ぶことは許されない。ましてや、貴族でない庶民に愛称を呼ばすなんて以ての外だ。
だが、レティシアからそう呼んでくれと頼まれたと聞いて驚いた。
レティシアは庶民が作ったものを一緒に食べる。
車座になって話をする時は、躊躇せず地べたに座る。
型に収まらないレティシアの行動に、エルエストは度肝を抜かれた1日となった。
そして、彼女と同行して帰る頃には、どうやったらレティシアを王宮に来させることが出来るか、そればかり考えていたのだった。
エルエストの周りには、こんなにも領民と一緒になって働く女性はいない。
今まで見てきた女性は、家の中でお茶会を開き、取り寄せた茶葉やドレスの自慢をして、相手を見下すか、取り入るかのどちらかだ。
レティシアは違う。
領民と一緒になって、新しいことに突き進み、自分の力で自由を勝ち取ったのだ。
その眩しい笑顔は、媚もへつらいも嘲笑もない。
エルエストはこの笑顔に憧れを抱いた。
この笑顔を自分にも向けて欲しいと・・。
なんとしても、このまま別れたくはない。
きっと、王宮に「遊びにおいで」と誘ってもレティシアは理由をつけて来やしないだろう。
他の令嬢なら誘われもせずとも押し掛けてくるのに・・と恨めしい。
卑怯な手ではあるが、騙してでもレティシアを王子宮に来させたかった。
レティシアに王子宮で存分に甘やかし、豪華な衣装を着せ、美味しいお菓子や料理を食べさせて贅沢三昧な時間を与えれば、気に入ってくれるかも知れない。
いつもはそんな女性が嫌いだったのに、そんな手段しか思い付かなかった。
しかし、この作戦で落ちたのは、エルエストの方だった。
侍女に美しく磨かれたレティシアは、美しく磨かれた宝石のように輝いている。
侍女に、レティシアに合うサイズのドレスで、緑色のものを着用させろと指示を出した。
王宮に行って、他の貴族の令息に出くわしたとしても、自分色に纏わせていたならば、誰も彼女に手を出そうとするチャレンジャーはいないだろう。
そして、父である国王にも第二王子の客として、彼女の存在をアピールしておかねばならなかった。
家門を継げない貴族の次男、三男からすれば、彼女の存在は稀有な宝物だ。
彼女を見初めた他の貴族が、縁談を持ちかけ、国王の後押しをもらって話を進められないようにするためだ。
その前に国王である父に、紹介を済ませておきたかった。
だが、ここでレティシアに無理強いするつもりはない。
本当だ。
やっている事は、女性を縄張りに誘い込み、少しずつ囲いこんでいるのだが、エルエスト本人は必死すぎて分かっていない。
(――こんなにも一緒にいたいと思ったのは、初めてなんだ。どうしたらいいのだ・・・)
初めての恋に悩む男の迷走が始まる。
◇□ ◇□
エルエストの計画であった、レティシアに贅沢を体験してもらうという作戦は失敗だった。
今現在、エルエストが用意させたドレスを着て、豪華なディナーを食べているレティシアは、料理や贅沢に絆されている表情ではなかったのだ。
「レティー、そんなに難しい顔をしてどうしたの?」
「も、申し訳ございません。少しハリー第一王子殿下の事で・・」
レティシアの言葉に、エルエストの背中からコオォォォと冷気が噴き出す。
大好きな兄なのに、彼の名前がレティシアの可愛い口から出ただけでも、嫉妬してしまう。
自分がこんなにも心の狭い男だったなんて、信じたくはないが現に嫉妬が止まらない。
「寒っ!!」
もう、主人公の地雷を踏んでしまったの?
レティシアがエルエストの無表情に驚いて、足りなかった言葉を補った。
「ハリー第一王子殿下の心配と言うより、殿下の母上であられる、アレイト妃殿下の事が気がかりでして・・・。お顔の色が芳しくないように見受けられて、少し気になったんです」
ホッと安堵するエルエストは、再び首を傾けて考える。
「そうかな? 気がつかなかったけど・・」
アレイト妃はきちんと化粧をしていて、男性は気がつかないのかも知れないが、元社畜会社員は見逃さなかった。
「そんなに気になるなら、兄上に聞いてみる?」
そう聞いてから、「ああダメだ、兄上の方を気に入られては困る」
と一人慌て出す。
「レティーは兄上のような、優しい男性をどう思う?」
「優しい男性は一般的に好ましいのではないでしょうか?」
「いや、一般的にではなくて、レティー自身はパートナーとして・・・兄上と俺とじゃどっちがタイプかな?」
社畜で喪女で・・・恋愛は面倒臭いと考えて生きてきた女に、タイプの話をされても、まともな返事は出来ない。
「仕事のパートナーとして考えれば、冷静に判断してくれる方がいる方が物事は進みます。でもまずは走り出してみるというタイプも、必要な時があります。この問題はケースバイケースです」
レティシアは自分自身では、100点満点の返答だと思っていたが、しょっぱい顔したエルエストを見て、何か間違えたのか?と首を傾げる。
後ろの侍女達が、『殿下、ドンマイ』と励ましのヒソヒソ声を聞いても、その意味が分からない。
エルエストの顔の意味は分からないが、失望していることは分かる。
「何か・・・間違えてしまったのでしょうか?・・申し訳ございません」
レティシアは何を間違えたのかは分からなかったが、取り敢えず謝った。
「いや、気にしないで。ちょっと焦りすぎて悪かったのは俺の方だ」
しゅんと落ち込むレティシアに、エルエストが食事の後に、ハリーに会いに行こうと誘った。
エルエストの本音を言えば、見た目良し、性格良しの兄にできれば会わせたくはないが、レティシアの憂いを少しでも取り除いてあげたかった。
それに、器の小さな男だと思われたくないというものも本音である。
「本当に第一王子殿下に会わせて頂けるのですか?」
目を見開き、決意した表情のレティシアに、エルエストの胸が騒いだ。
(なんで、そんなに必死なの? 兄上の方がいいのか?)




