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21 王子の囲い込み


レティシアがオルネラ村に馬で乗り付けたため、村人は驚き集まってくる。

それもその筈、一緒に来たエルエストに興味があったようだ。


「レティーお嬢様、お早うございます。あの、そちらの方は?」


マリーが尋ねると、その答えを聞くために大勢の村人が聞き耳を立てる。


「お早う、マリーさん。私の叔父が王子宮に私を侍女として就職させようと勝手に話を進めててね。それでその王宮の人事課の方が、直接私に話を聞く為に訪ねて来られたの」

レティシアは、素直にエルエストの嘘を信じていた。


「おはようございます。私、王子宮の人事課のエルと申します。どうぞ、宜しくお願いします」

エルエストは、人の良さそうな笑顔で挨拶をした。


そのエルエストの周りに、村人が殺到する。

「今、レティー様が宮殿なんていってしまったら、俺達は困っちまうよ。どうぞ、その話はあなたが丁寧に断ってくれ」


「そうだよ。もうレティー様はこのルコントの領地には欠かせない方なんだ」


「れてーおねえたんは、わたしのかぞくなの。だからつれてっちゃ、めっよ」


老若男女問わず、レティシアを慕う人々に囲まれて、エルエストは困惑する。


「うふふ、大丈夫よ。私、この領地が大好きだもの。ここから離れる気はないわ」

レティシアの言葉に、村人の歓声がワッと起こった。


まだ子供で、それにドレスも着ずにオーバーオールで走り回るレティシアに、皆が尊敬の眼差しを向けている。

しかも、レティシアを迎える瞳は温かで、まるで家族を迎え入れるような優しさを感じた。


「着飾ってなくても、貴族なんだ」

エルエストはこの考えもしなかった事実に目を瞪る。


庶民には手が届かない豪華な服を着て、横柄な態度で身分を分からせる。

このようなやり方の貴族が多いこと。

自分もそうではなかったかと、反省していると、レティシアがいなくなっていた。


レティシアは既に、水路の調整を始めて仕事に取りかかっていたのだ。

その次は、畑の様子を見回り、マイクの家の畑の草むしりを少し手伝うと、コート22滝のハイキングの入山料の受付を見回る。


「今日も繁盛しているわね」

受付の村人に話すと、

「今日は22日なので、特にカップルが多い日なんですよ」


この会話にエルエストが割り込んだ。


「なぜ、22日はお客さんが多いのですか?」


「それはね、22番目の最後の滝をカップルで見ると幸せになれるっていうジンクスがあるんですが、特に22日はその幸せも倍になるんだそうです」


「へえー。そうなんだ・・・」

ここで、密かにエルエストはレティシアと二人で滝を見に行けないかと思案を始めたが、すぐに移動を始めたレティシアに考えを中断し、後を追う。


次に、馬で移動したのは南部の町だ。

ここでも、エルエストは注目の的になる。


そして、同じ内容の説明をされ、「レティシア様を連れていかないでくれ」という人々に、エルエストは囲まれる・・という作業を繰り返していた。


「そうか、厄介な叔父さんがいたものだな」

パン屋のジョージは壁に板を打ち付けながら話に加わる。

さらに、

「それにしても、レティーお嬢様のような、貴族は他にはいないんじゃないかい?」

とエルエストに聞く。


「いませんね。稀少人物です」


「もう! 変わった人みたいに言わないで!!」


「「いや、変わっているから」」


ジョージとエルエストにハモられて、不貞腐れるレティシア。

そんな彼女に、エルエストがどうしても聞きたい事があった。

それは、彼女の社交界のデビューの事だ。


「あの、これから先に、貴族ならば社交界へデビューする日がくるんだけれど、どうするつもりなの?」


来年でもデビューを考えているなら、自分がエスコートしてあげたいと思っていた。


「ああ、そんなの。しないわよ。しなくても、領地の経営はできるもの」


エルエストの脳内で着飾ったレティシアと歩いている自分の姿が一瞬で粉々に割れる。

どうしてだ?とブツブツ言い出すエルエスト。

「しない?そんな選択肢がある?貴族のお嬢様なら、綺麗なドレスを1年以上前から両親が用意して・・・」


ジョージがエルエストの小言を聞いて「レティー様には両親はいないぜ」とそっと耳打ちした。


そうだった。エルエストが気まずそうにレティシアを見たが、全く気にしていないようだ。


ホッとするエルエストに、ジョージが再びボソボソと聞いてくる。


「なあ、あんた。貴族の事に詳しいんだろう? 俺達はあのお嬢様にずっとここに居て欲しいけれど、幸せにもなってもらいたいんだ。そのデビュタントって言うのは、貴族にとってそんなに大事なものなのか?」


真剣に聞いてくるジョージの顔を見て、北部で出会った村人の顔と重なった。

ああ、ここでも彼女はしっかりと領民の心を掴んでいるのだなとエルエストは感心すると同時に、厄介だなと思った。


彼女をこの領地から切り離して、自分の王宮に連れてくるのは、とても難しそうだ。


「そうだな・・・」

エルエストは慎重にジョージへの返事を考える。

「貴族には貴族の繋がりがあって、それを大事にしている。その貴族の社交場に一歩踏み出すのがデビューというわけだ。つまり、貴族の家に生まれたからには社交界とは無縁ではいられない。しかも、彼女は伯爵家を継いでいるからね」


エルエストの返答を他の町人も聞いていた。

一様に難しい顔をして、聞いて唸っている。


「そうだよな・・。レティー様は貴族のお坊っちゃまといつかは結婚しなくちゃなんねえし・・」


「でも、出て行かれちゃ困るよな・・寂しくなる」

周囲の領民が、うんうんと頷く。

だが、この話を聞いていたのは、町人だけではなかった。


「あら、結婚なんてしないし、世間には社交界デビューしない人もいるもの。そんなことを気にする時間があるなら、マックスの店の内装を手伝って頂戴。後、そこが出来たら完成なんだから!!」


顔にペンキをつけたレティシアが、皆に指示する。


「エル、見て!! 素敵な町でしょう?」


完成間近の町は、今まで他の国々を見てきたエルエストでも知らない風景だった。


「北部の村の景色も、ここの町もここの領地しかないものだね。でもどうやったらこんな町を考え付くのか不思議だ」


前世で見てきた風景です、とは言えずレティシアは『ふふふ』と、笑いを浮かべてごまかすしかない。


「どこかで見たの?」とエルエストにさらに追求されそうになった時、マックスが店の窓からレティシアを呼んだ。


「レティー様、完成しました!!これでいつでも、町にお客様を呼べますよ」


「分かったわ、では明日、また王都に完成のチラシを配りに行ってくるわ。それとドルト伯爵夫人にも知らせに行かないとね」


『家族で楽しめる観光地』が、ルコント領のコンセプトなので、今回も馬とポニーの両方の乗馬体験と、9ホールから、18ホールのパターゴルフ場もルドウィンの町に隣接している。


体を動かすのが大好きなドルト伯爵夫人にも、喜んで頂けるかな?

いや、喜んでもらえないと困る。


彼女のその影響力を考えると、その評価を受けるまでご飯も喉を通らなくなりそうな・・・。

明日の事を考えて難しい顔をしているレティシアよりも、もっと考え込んでいる者がいた。


エルエストだ。


彼は、今日はさすがに王宮に帰らなければならない。

既に、迎えの騎士達がやきもきしながら近くに来ている。


だがここで、レティシアと別れると、次に会う日はいつになるかわからない。


意を決したエルエストが、レティシアに提案をした。


「王都に行くなら、俺の()に来ない? 明日から客もいないし、へいか・・父さんも母さんも喜ぶよ。領民も連れて来てもいいよ」


「え? いいの? 宿泊代はそんなに高い料金だと払えないんだけど・・できれば、素泊まりで・・」

エルエストの家は宿屋なのかな?と勝手に思い込んだのが、レティシアの失敗だった。

何も知らないレティシアは、今日から泊まりで王都に行けば、朝から活動できる時間が多くとれると、その誘いをありがたく受けることにした。


エルエストがにっこりと笑う。

裏がありそうな笑顔で・・。

「・・・じゃあ、安くしとくね。素泊まり?だっけ・・。大歓迎だよ」


「じゃあ、エルのお宿に泊めてもらおうかな? お世話になります」


エルエストの囲い込みの網に掛かったことを知らないレティシアだった。



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[良い点] 明日も楽しみです!
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