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20 不審人物(王子)が領内にやってくる


レティシアは、今日の進み具合に満足し、屋敷の前まで帰ってきた。

すると怪しげな灰色の前髪で目を隠した、年の頃は15歳くらい?の男の子が屋敷の中を覗うように立っている。


不審者にしては、堂々と門前でうろうろとしてる。


見かけない子ね。

少ない人口の領地を、縦横無尽に駆け回っていると、知らない領民はいないはず。


レティシアは、はっとする。

この子はきっと親にも見放され、行くところがなくて困っているのではないか?


良く見たら手も荒れて・・・?

荒れてないわ。むしろ、よごれ仕事などしたことのないような美しい手。


ならば、貴族の庶子?

見捨てられて、ここにきたのかしら?


「ここは、ルコント伯爵の屋敷ですが、何か用ですか?」

レティシアが声を掛けると、男の子はビクッと跳ねた体をこちらに向けた。


そして、レティシアの服装(泥とペンキのついたオーバーオール)を見てほっとしている。


「私は用というわけではないのだが、ここにいるレティシア嬢とはどんなご令嬢なのかと・・・」


親に追い出された子供ではなさそうだ。レティシアは安堵した。

「ああ、そういうことか・・・。どうぞ、入ってください」


男の子が恐る恐る足を踏み入れた。

レティシアが思った通り、男の子はレティシアに続いて敷地内に入れた。


レティシアの魔法が掛かったこの屋敷には、レティシアへの悪意を感じ取ると、入れない仕組みになっている。彼がすんなりと入れたのは不穏な思惑のない証拠。


「ああ、ちょっと待ってて。帰ってきたらやることがあるから」


そういうとレティシアが、厩舎に向かい、掃除と餌と水やりをすませる。そして、お庭とは名ばかりの菜園に水を撒いていく。


エルエストは目の前の女の子が、ちょこまかと働くのを、感心してみていた。


彼女の他に侍女はいないようだ。それならば、レティシアという女は侍女一人働かせて、賃金を安くすませようとしているのか?


エルエストはそう勘違いし、走り回る女の子に同情する。


「ねえ、他に侍女はいないの?」


「ええ、侍女はいませんね」


「・・ちゃんと給料はもらっているの?」


「うーん、今のところはタダ働きですね」


「やっぱりだ!!こんなことだろうと思った!! 君はここを辞めるべきだ!!」

エルエストはレティシアが持っていた桶を手から奪い、手を引いて門へ向かう。

「ちょ、ちょっと待って? どうしたの?」


「君はレティシア・ルコント嬢に騙されているんだ」


「ほえ?」

レティシアは驚きのあまり、変な声が出る。

ここで、レティシアは状況が飲み込めた。


「えーと・・私がそのレティシアなんだけど・・」


「へ?」

今度はエルエストから、おかしな声が漏れた。


レティシアは引っ張られている手を、振りほどきエルエストと向き合う。


「私がレティシア・ルコントよ。ここには侍女はいない。私が一人で生活をしているの」


「君が? 貴族? 令嬢?」

エルエストは目の前のオーバーオールの女の子をじっと見詰める。


「そうよ。ところであなたは誰?」

レティシアに急に質問をされて、エルエストは戸惑う。

想像を斜め上行く状況に、いつも用意している答えが、頭のどこかに飛んでいった。


「えっと・・・俺は王宮で・」

「王宮で?」


「人事課のパスカルさんの・・・」

「人事課のパスカルって人の?」


しどろもどろなエルエストに、レティシアが間髪を入れずにオウム返し攻撃を繰り出す。


「えっと以前、王子宮の侍女候補に挙がっていた君を心配したパスカルさんに、様子を見て来いと言われてきたんだ」

それらしい嘘を思い付き、エルエストは一気に捲し立てた。

だが、その苦しい言い訳にレティシアは納得する。


「ああ、それはきっとワトー男爵が勝手に提出したのね。では、そのパスカルさんに、王子宮で働く気はないって言っておいて下さい」


レティシアのあっけらかんとした答えに、エルエストはなんだか自分が否定された気分になる。


「王子宮には、王子が二人もいるけどいいの? 侍女になれば側で見られるよ」


「はぁ? 王子さまを見るよりも、こうしている方が好きなのよ」

レティシアはそう言うと、桶を拾って畑の雑草を抜き出した。


手を動かすレティシアの隣で、信じられないとばかりにエルエストが突っ立っている。

王子よりも雑草の方が好きと言われたようで、胸がもやもやするのだ。


「ねえ、報告をしに王宮に戻るにしても、今日は遅いわよ。うちに泊まる?」


衝撃な誘いに、硬直するエルエスト。

(つれない態度からの誘惑なのか?)

エルエストの胸中は、激しく上がり下がりしている。


しかし、レティシアは全く通常運転。

「恥ずかしい話だけど、私の領地は貧乏すぎて、王都までの定期便の馬車もないのよ。だから、歩いて帰るには夜になるわよ」


レティシアが、単に心配して言ってくれているのだと理解した。

いつものように誘われたのかと勘違いしたことが恥ずかし過ぎて顔が赤くなる。


「・・じゃあ、そうさせてもらうよ」


エルエストは恥ずかしさを隠して、冷静さを装った。



屋敷に入ったエルエストは驚く。

伯爵家だというのに、本当に使用人は一人もいない。


しかも食堂にベッドや机、書斎全て詰め込まれているのだ。

そして、驚くほどの沢山の資料が積み重ねてあり、レティシアはその書類に恐ろしい速さで目を通し始める。


「ごめんなさい。これを見たら食事を作るからその辺に掛けてて」


ええっと・・・

座るといってもどこに?


散らかった部屋に座る場所がなかったのだ。





エルエストはソファーの上に置かれた本や帳簿を除けると、そこにできた隙間に腰を掛けた。


レティシアが書類に集中しているので、隠れるようにこそこそと『今日はルコント伯爵の屋敷に泊まる』と、メモを書く。


少し窓を開けて、フッと息を吹き掛けるとメモは小鳥の形になり、近くで待機している護衛へと飛んでいった。

その後、難しい顔で帳簿を見ているレティシアを、じっと見ていた。

その時、レティシアが「終わったー」と長いため息をつくと、ふと顔をエルエストに向けて微笑んだ。


この時、エルエストの心臓がぎゅっと誰かに掴まれたように苦しくなったのだが、本人はその理由が分かってはいない。


「すみません。お待たせしてしまったわね。すぐにご飯にしましょう」

レティシアが、調理室に入るとすぐに料理を持って出てきた。


大雑把に片付けられたテーブルに並べられたのは、エルエストが見たことのない料理だった。


「これはなんと言う名前の料理?」


聞かれたレティシアが「しまった!」という顔をする。

試作で大量に作ったハンバーガーを出してしまったのだ。


「うっかりだったわ。これはこの領地で売り出そうとしているものなの。だから、売り出すまで、この料理を誰にも言わないでくれるかな?」


「お願いッ」と両手を合わせてお願いをするレティシアが可愛くて、ついエルエストは意地悪を言ってしまう。


「うーん、どうしようかな?」


もう一度、レティシアが首を傾けて頼む。

「ねっ、お願い」


「うっ・・。言わないよ」

再び胸が苦しくなるエルエスト。



レティシアに食べ方を教わった。

彼女はエルエストに気にすることなくハンバーガーを頬張る。

エルエストも彼女を見習って大きな口でハンバーガーを食べていると、前髪が邪魔になり髪を横にはらってしまう。


「あなた、とっても綺麗な顔をしているわね。みんなに言われない?」

レティシアが興味津々で聞く。


いつもは、『綺麗』だの、『格好いい』『素敵』の褒め言葉はエルエストにとっては、鬱陶しいだけだが、今日は素直に嬉しかった。


「そ、そうかな?」


「ああ、そうだ。あなたのお名前を聞いてなかったわね。なんて呼べばいい?」


「えっと・・、エルだ、です」

彼女には自分の愛称で呼んで欲しいという気持ちと、王子というのを知って欲しいという思いで、答えた。


残念ながら、レティシアにその思いは届かない。

目の前の男の子は、人事課のパスカルさんの部下と思い込んでいるのだから、それが王子だと思い当たる訳がない。

「エルね。私はレティーと呼んでね」

自己紹介はあっさり終わった。


ハンバーガーを食べた後、シャワーをすませたエルエストは、二階にある客室に案内された。


エルエストを客室に案内するのは、レティシアにとって当たり前な行為だ。

当たり前だが、別の部屋に通されてエルエストは少しがっかりする。


「それにしても、面白い令嬢だな。貴族なのに、あの服は驚きだよ。誰だって使用人と勘違いするだろう?」


「それに、俺の顔を見て、感想は「綺麗」だけだったし、それにエルって名乗ったんだから、気がついてほしかったな」


この部屋に通されてからは、ため息が多い。


まだ下の階では物音がする。

レティシアが起きているのだ。


「今、この屋敷に俺とあいつの二人きりなんじゃないか?」


エルエストは余計な考え事(妄想)で、うんうんと唸りながら、眠りに就く事になった。




朝、エルエストが起きるともう既にレティシアは起きていた。


「おはよう、エル」


エルエストは朝日に光るレティシアに見とれる。

「まぶしい・・・」


「眩しいの? カーテンを閉めましょうか?」

レティシアの質問で漸く頭が動き出したエルエストは、すぐに手を横に振る。


「いや、大丈夫。カーテンはそのままで、いいよ。おはよう。れて・・れて・・レティシア嬢」


「ふふ、だから、レティーでいいわよ」

おおらかに笑うレティシアに、再び頭がボーとなる。


「ところで、私は朝食後に北部のオルネラ村と南部のルドウィン町にいくけど、エルはすぐに王子宮に戻るのよね?」


エルエストは、色々と溜まっている課題を思い出したが、「俺も一緒に行ってもいいかな?」

と前髪で顔を隠さずに、これ以上ないくらいの満点の微笑みをレティシアに向けた。


しかし、敵はそう簡単には落ちてはくれない。

「でも、仕事を放り出すのは良くないわよ。上司の方もあなたの報告を待っていると思うわ」

元社畜は、報告・連絡・相談が遅れる事を嫌う。


ここぞという時の微笑みも役に立たず、エルエストは次の手を考えた。


「君の事を心配している上司に、しっかりと報告するためにも、レティシア嬢の現在の状況を知っておく必要があるんだ」


これには、レティシアも多いに納得する。


「それに、俺自身が、君の仕事を是非この目で見てみたいんだ」とぐいぐいとレティシアに迫る。


レティシアはエルエストの口が固いのを信頼し、一緒に行くことにした。

ちょっとエルエストの距離が近い事を気にしながら・・・。



エルエストは密かに着飾ったレティシアが見られると期待していたのだ。

何故なら、領地の視察をするなら領民の目に触れる。それならば一般的に令嬢は着飾るのが普通である。

昨日のようなあんな繋ぎのボロボロの服で庶民に会うなど、見下されるだろう。


着飾らないレティシアも素敵だったが、着飾ったレティシアも是非見てみたい。


ワクワクしながら待っていたエルエストの前に現れたのは、もちろんオーバーオールのレティシアだ。

「え?ドレスは?」


「ドレス? 畑仕事にドレスは必要ないわ」

エルは何を言っているの?と首を捻るレティシア。


「は、畑仕事をするの?」

困惑するエルエストを放置して、レティシアは時計を見て玄関に向かう。


「時は金なりよ。さあ、今日も元気に歩いて行くわよ」


「え? 馬がいるのに?」


「馬には乗れないもの」

少し口を尖らせてレティシアが答えると、エルエストはここぞとばかりに強気な態度に出た。


「じゃあ、俺が連れていってあげるよ」


「馬に乗れるの?」


エルエストは胸を張って、「乗れるよ。じゃあ、お姫様。お手をどうぞ」と王子様のようにエスコートするのだった。


本物だけど・・。



ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

まだまだ続きますが、どうぞ宜しくお願いします。

評価もありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日も面白かったー!!!!!!エルに惚れないレティーもすき!!
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