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レティシアは、前世スマホで読んでいた小説の『王子のお気に入り男爵令嬢は甘い溺愛から逃げられない』を思い出していた。


レティシアはこの小説の中で、ヒロインに意地悪を繰り返す王子宮の侍女だ。

目の前の叔父に、領地も財産も奪われて、お金持ちの老人の妻になるか、又は王子宮で侍女として働きその給料を全て渡すか、どちらかを選べと言われる。


レティシアは侍女となる方を選び、王子の住む離宮で働くが、給料全てを叔父に搾取され続けた。

そんな苦しい毎日の中で唯一の救いは、美しい第二王子を垣間見る事だ。


そんな時、第二王子がとある男爵の娘を好きになり、離宮へとつれてきたのだ。嫉妬のあまり、レティシアはヒロインの紅茶に毒を混入してしまう。しかし、その犯行の一部始終を王子に見られ、投獄からの処刑。

モブのレティシアは、ラスボスに嫉妬心を煽られただけの、悲しいまでにおバカな存在だったのだ。


何て事だ。

この小説に転生するなんて、心底がっかりした。

悪役も嫌だが、ヒロインも嫌いだったこの小説に、わざわざ転生する運の悪さ。

なぜなら、この小説のヒロインったら、すぐに第二王子に泣きついて解決してもらう、健気さアピールが上手いだけの女子ってところが気に食わないのだ!!


(それに比べて・・・

レティシアが可哀想すぎるわ!! 何にも良いことのない人生じゃない!!

波瀾万丈じゃない?

レティシアが不憫・・・って私が

レティシアだったわ)


「読んだのなら解っただろう? おい!!王子宮だぞ? 見初められるやも知れんのだぞ? これがどういう事か、馬鹿な小娘にもわかるだろう? わかったら、さっさとそこにサインしろ!!」

ヤニクの怒りの声に、現在の自分の立場を再認識する。


小説の中のレティシアは字が読めずに、泣きながらサインするのよね、とレティシアが再び用紙を見る。


「小娘だと思って甘く見られたものね」


ここから、小娘の反撃だ。


「王家からわざわざ正式な書類と用紙を取り寄せてくれた叔父様。ありがとうございます」


笑顔のレティシアに、ヤニクが気を許した途端、用紙を取られないように、部屋に逃げ込み、鍵を掛けた。


「おい!! 何をするつもりだ?!!」


安全な自室でゆっくりと不必要な箇所に二重線を引く。そして丁寧な文字で加筆する。

「私に後見人は必要ございませんし、ましてやルコントの領地をお譲りするつもりも、訳の分からない変人変態に嫁ぐつもりもありませんもの。だから、要らない部分はこうしてっと・・」


さらに、シャーと線を引いていく。

「ここを開けろぉぉぉ!!」

どんどんとドアを叩く音が煩いが、焦る必要はない。


そして、余った場所に『レティシア・ルコントはルコント家の財産と爵位を継承する』

と書き加えた。

そして、さらにいくつかの項目を書き足しサインする。


全て書き終えたレティシアは、悠々とドアを開けた。

顔を真っ赤にしたヤニクが、レティシアの手から用紙を引ったくる。


そして書かれた内容を見て怒り狂い、その用紙を引き裂こうとしたが、使用人達に止められた。


王家の正式な書類はナンバリングされていて、簡単に破棄はできない。

重要な書類であればこそ、その用紙を紛失した経緯を伝えなければならないのだ。

ましてや、勝手に破棄するなど以ての外。


「くっそぉぉがぁ・・・」

国王の顔が描かれた用紙をグシャグシャに丸める訳もいかず、力一杯用紙を床に投げ捨てたが、用紙が壊れるわけもなく、ふわりと落ちただけだった。


ふふーん。勝った。

崩れ落ちる叔父の背中に、ざまあみろとばかりに嗤いを漏らす。


その声を聞いたヤニクが、ギリギリと歯噛みしながら立ち上がり、睨み付けた。

「誰もいなくなったこの屋敷で、料理すらまともに出来ない子供のお前が、どう暮らすのか見ものだな!!」

そう言うと、後ろで二人の遣り取りを見ていた、伯爵家の使用人達をじろりと見渡す。


「おい、ここに残っても給料は出ないぞ。この子供と一緒に野垂れ死ぬつもりなら残ってもよいがな!」


ヤニク・ワトー男爵が屋敷から出ていくと、金魚の糞のようにぞろぞろと一列になって使用人達がついていく。

そして、本当に誰一人としてルコント伯爵家に残る使用人はいなかった。


レティシアは、誰もいない屋敷に一人。

最後の一人の使用人がわずか12歳の少女がポツンと佇む姿に、胸を打たれている。

彼女は今涙を流しているかも知れない。だが、自分もこれから先、養っていかなくてはならない年老いた母がいる。

胸に苦く残る罪悪感を圧し殺し、最後の使用人もヤニクへとついていった。


実際にはその罪悪感は不要だったのだが・・・。

なぜなら、レティシアは誰もいなくなった解放感と、すぐにでもこの窮屈な服を脱ぎ捨てられる喜びに打ち震えていたのだから。


先ずは・・・。

王家に提出する書類を拾い、何度も確認。

バカな叔父に殺されないように・・。そして、奪われないように。


そして、次に以前父が、万が一の時に使えと言っていた物を探す。

父の部屋の引き出しを開けると、簡単に見つかった。

それは、『繰上移譲に関する委任状』。

世襲制の爵位を、生前に譲ると書かれたものだ。

これにより、爵位の生前移譲が認められる。


「こんなにも、用意周到にしていたなんて、お父様・・・。愛の逃避行をする気満々だったのねえ」

部屋に飾られた父の肖像画を睨んで見たが、にへらっと締まりのない顔を向けて笑っているばかり。


ため息が出た。

ふと鏡を見る。

そこにあるのはいつもの顔だが、感慨深い。

読んでいたのが小説なので、レティシアはこういう顔だったのかと覗き込んだ。


父と母から金髪と紫の瞳を受け継いだ自分の顔。

いい加減な父親だったけど、大好きだったな。

自分と髪の色が同じだと、喜んでくれていた。

『お前は美人さんになるぞ』

父の言葉を思い出しながら、ベッドに潜り込んだ。





朝の光が直接目に当たり、のそりとベッドから起き出した。

そうだ。カーテンを開け閉めしてくれる者は、この屋敷にいないのだ。

朝日を浴びたお陰で、いつもよりスッキリしている。

 

さあ、今日はすることが多いぞ。

善は急げだ。昨日用意した書類を送れば、間違いなく爵位継承も認められるだろうと気合いを入れた。


しっかりとした封筒に用紙を入れる。

封蝋を溶かし、封筒に落とす。

固まる前にルコント伯爵印のスタンプを押した。

これを郵便に出すついでに、数日分の食料を買い出しに出掛ける事にする。


五歩歩いて止まる。

「かーっっ!! ドレスが長いわ!!」


誰もいないのだ。この際ドレスを脱いで下着のまま使用人の部屋に直行。

そして、そこから庭師のおじいちゃんが着ていた白いシャツと繋ぎのズボン、所謂オーバーオールを見つけてそれに着替えた。


「ふーーー。これよ。この楽な格好が最高ー!」


多少の衣服の汚れなど気にしない。

この格好だと、誰も伯爵令嬢とは思わないだろう。


屋敷の庭を横切り、正門のところまで来て考えた。

このまま、屋敷を留守にして出掛けて良いものなのだろうかと。


結界みたいな便利なものはないの?

レティシアが手をひらひらと振る。


しーん・・・。


「そりゃそうよね。そんな都合の良い話はないか・・盗られるものもないし・・・まあいいか」


諦めて門を出た。


レティシアの後ろで『フォン』と音が鳴り屋敷全体が白く光ったのだが、気が付かずそのまま町に出掛けてしまった。

初めての魔法。有り余る彼女の魔力に気が付く者はいない。



王都から馬車で二時間の、立地は良いルコント領。

だが、とても小さい。

他の貴族の領地は広大な土地を有しているのに、我が領地は30k㎡。北部にはコート山がある。領地の10k㎡はそのコート山で占められている。そのコート山の奥地は王家所有の山でもあり、その線引きははっきりとわかっていない。

人口は僅か820人と、少ない。


その山の麓の領地北部のオルネラ村には畑が所々あるが、豊かな土壌ではない。


その領民は多くが、南部のルドウィン町に固まっている。

南部の商業地域も賑わいはなく、廃れているのが現状だ。


12歳でこの領地の領主になり、改めてみると悲惨な状況に、ため息が漏れる。


商店が立ち並ぶはずの町には、賑わいはなく、閑散としていた。


ここの通りは領地で一番の発展している町のはず・・・。


行けども行けども、道は舗装されておらず、土埃が立っている。


お店は並んでいるが、どのお店もガタガタ、ボロボロ、壊れかけ。

全て木造と漆喰で建てられているが、壁の漆喰などはひび割れが激しい。

 

王都に限らず、今の建築の主流は石やレンガで外壁を作っている。その景色を見慣れた他所の領地の人から見れば、ここがいかに貧しい領地か、一目でわかるだろう。


唯一まともな建物があった。

それは一つ目のお目当ての郵便局。


郵便局に入ると誰もいない。

仕方なくカウンターにある呼び鈴を鳴らす。

チリンチリン。


奥から不機嫌そうな髭面の50代の男がチラリと見たまま、カウンター越しに立つ。


「いらっしゃい」の言葉はない。


「こんにちは、この郵便物を出したいのですが、書留の配達の料金はいくらですか?」


髭面おやじは一言も喋らず、壁を親指で差す。

振り向くとそこに料金が書かれた古い紙が壁に貼られていた。


「ああ、ではこの大きさだと・・・400レニーですね」

レティシアがお金を置くと、髭面おやじは頷いてお金をポケットに入れる。

そして、領収書代わりの紙に判子をついてレティシアに渡し、そのまま書簡を横にあった袋に放り投げた。


「・・・えーっと・・」

これで終わり?

きちんと配達してくれるのか不安になる。


「あの・・これで配達してくれるんですよね?・・王都に届けてもらえるんですよね?」


レティシアが二度も聞いたのが気にくわないようだ。

髭面が眉にシワを寄せて睨む。


「はいはい、わかりました。では、よろしくお願いします」


レティシアは些か不安が残るものの、書留料金を支払った領収書を持って出た。


気を取り直して、パン屋に行く。

パン屋はレティシア以外にお客はない。そしてパンの棚は商品が殆ど置かれていない。

まだお昼だというのに、売り切れたのか?

首を傾げながらも、残っていたパンを買う。

ここでも、パン屋の若い店員は無愛想で一言も話さない。


その次に行ったハム屋も、店の品揃えも店主の態度も同じだった。


ここの領民は、言葉を発するとお金が消費されると考えているのか、または笑い方を忘れたのか。


レティシアはあまりの接客の悪さに、頭を抱えての帰路となった。




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