19 小説はどんどん違う方向に
ドーバントン公爵は約束通り、難破船をルコント領の南の海岸まで運んでくれた。
だが、ルコントの海は遠浅で、浜辺近くまでは運べない。
だから、海の砂浜をチャプチャプと歩きそこから陸地まで運ばねばならない。その作業が大変だった。
オルネラ村の人には、畑とコート22滝に来る観光業があり、こちらに手を割いている暇はない。
そうなれば、残りの領民で手分けして船から木材を切っては運ぶ、を繰り返すしかない。
レティシアも時間を作っては、ズボンの裾を捲って、海に入り運ぶのを手伝った。
ある日、その木材運びの最中に、固く閉じられた木箱があり、その厳重な様子から、不気味なものを感じた領民が、すぐにレティシアの屋敷に運び入れて報告した。
いくつか木箱があったが、その中の一つには、禍々しい赤と黒の波の模様が描かれていた。
「なんだか、毒々しい模様ね」
レティシアが、恐る恐る開けようとした時に、ケントがその手を掴んだ。
「レティー様、こういうのはよく、冒険小説では、開けた者が死ぬって事が多いのです。ここは、高い所から落として壊すのはどうでしょう?」
他の領民も、ケントの意見に賛成なのか、箱を遠巻きに見ている。
「冒険小説ねぇ・・」
レティシアにはピンと来ない。
何故なら、今がその小説の中だからだ。
高いところに行ってわざわざ落とすなんて、面倒臭がりのレティシアは、躊躇無く箱を開けた。
「レティー様!!」
「ヒエー!!」
領民が一斉に後ろに飛び退くが、レティシアはその箱を覗き込む。
そして大きな箱の割りに大事そうに鎮座したクルミ程度の大きさの種をつまみ上げた。
「うおおお!! レティー様、それはきっと魔法の花のスイートシード(魔花の種)ですよ!!」
「へえー、スイートシード?」
目の高さまで持ち上げてじっと見るが、普通の種にしか見えない。
名前の通り甘いのだろうか?
認識のないレティシアは、わかっていないが・・実はこの種、とても危険な品種なのだ。
この種は意識を持っていて、魅了させた人を操り、自分を栽培させて増やすのだ。
そして、最後には食料の穀物さえも抜き取らせ、魔花だけを育てさせ、その地域を全滅させるという恐ろしい花である。
本来の小説では、この種を拾うのはレティシアではない。
ドーバントン公爵の孫娘のアンナの手に渡るものだった。
勉強が苦手なアンナ・ドーバントンは、成績が思うように伸びない。
焦りだしたのは、彼女の家庭教師だ。
このままでは公爵家を首になると躍起になった家庭教師は、アンナが間違える度に、不当な制裁を加えるようになっていくのだ。
そして、すっかり心を病んでしまったアンナは、屋敷に閉じ籠ってしまった。
そんな時、領地に漂着した難破船から見つかった『魔花の種』に彼女は出会ってしまう。
『魔花の種』だと知ったドーバントン公爵は、使用人に封をした箱を海に捨てに行くように言ったが、既に魔花に取り憑かれていたアンナは密かにそれを育ててしまう。
『我を広い土地に植えよ』
魅了によって洗脳されたアンナは、ドーバントン公爵の森に植え替えた。
それにより、ドーバントン公爵家の領土は、あっという間に魔花に占領されてしまう。
魔花の栽培を知った国王は、すぐにドーバントン領を焼き払った。
その後、国土を危機にさらした罪でアンナは捕らえられ、牢屋で不審な死でこの世を去ってしまう。
怒り狂うドーバントン公爵だったが、王子宮にいたヒロインのマルルーナに出会うのだ。
彼女に孫娘を想い重ねる事によって、少しずつ心が癒されていく。
そして、マルルーナは養子に迎えられ、彼女は男爵ではなく公爵の娘になる・・・というのが小説の流れだった。
・・・・・
そう、今レティシアが持っているのは、そんないわく付きの『魔花の種』。
小説内では『魔花の種』と書かれていたが、ルコントでは別名のスイートシードと呼ばれていたため、レティシアはそれが小説で書かれていた怖~い種だと気がつかない。
魔花はレティシアの脳内に訴え掛けた。
『我を育てよ』
『・・・・。なぜ反応をせぬのだ?』
レティシアはじっと種を見つめている。
『我を土に埋め、大切に育てよ!!』
魔花は魅了の力をさらに込めて、レティシアに訴え掛ける。
レティシアはその種を見ていると、異様な欲が沸き起こり、その衝動を抑えられなくなっていた。
レティシアが呟く。
「・・・唾が出てくるわ」
『へ!? そこの女!我の言葉、聞こえているか?』
「たまらない・・。美味しそうな実だわ。名前の通り、甘いのかしら?」
『・・・待て待て、何を考えている?』
魔花の種より、レティシアの魔力の方が圧倒的に多いのだ。
それにより、魔花の種の声は全く聞こえていない。
声の聞こえない種は、ただの美味しそうなクルミに似たナッツである。
レティシアは、抑えきれない食欲に勝つ事が出来ず、フライパンでこんがりロースト。
そして、美味しく食したのだった。
感想は・・・。
「そんなに甘くなかったわね」だ。
そう! ここでヒロインの公爵令嬢への道が、全面的に封鎖されたのだった。
◇□◇ ◇□
とまあ、そんなこともあったが、毎日少しずつ船体を切り、運びを繰り返していた。
永遠にこの作業が続くのではと思われたが、徐々に船体が軽くなり、南部の領民で引っ張って陸地に運んで来ることが出来た。
そして、全ての木を運び終えたのが、1ヶ月後の事だ。
ここから、町づくりが急ピッチで進む。
木を切る者、ペンキで塗装する者、建物に張っていく者。
分担作業で、どんどんとウエスタン調な町が出来上がってきた。
だが、全ての建物の内装もウエスタン調に改装するので、建物の前面はウエスタン調だが、木材が足りず、裏から見れば、まだ以前の感じの建物である。
いつか、この領地が大金持ちになった暁には、全ての建物を改装するつもりである。
西部劇の町そっくりになってきたが、まだまだ足りない。
やはり、ここにも何かこの町独自の物が欲しい。
ハンバーガー、ステーキ、喫茶店もカウンター式を採用。
両サイドに20軒ずつのお店。
すっかり出来上がった町だが、やはり違和感が・・・。
・・・なにかが違う。町はすっかり西部の町なのに、何かがおかしいのはなぜ?
町が何となくぼやけている理由。
「ああああ!!! そうだ!!服が違うわ。やっぱりこの町に合う服は、ウエスタンシャツにジーンズ、それにガンベルトとカウボーイハットよね。これが無いとしまらないわ」
町の洋服店に掛け合うと、デザイン画を持ってきて欲しいと言われ、意気揚々と描き上げた。
すぐにそれを持っていくと、仕立て屋のプライドがメラメラと湧き起こったようで、一目見るなり、「任せて下さい!!お嬢様のご依頼の洋服をお作りしましょう」と鼻息荒く、作業に没頭し始める。
本来は、お店の従業員はきちんとした制服なのだが、カウボーイスタイルをコスチュームに変えた。
これだけではまだ足りない。
観光地としての、催しものを考えなければ。
着々と変わる町に、意気揚々とレティシアは屋敷に戻った。
◇□ ◇□
この日の朝、第二王子であるエルエスト・ラシュレーは再び人事課の前でレティシア・ルコントの名前を聞いた。
人事課のパスカルが、レティシアの叔父のヤニク・ワトー男爵の手紙を読んでぶつぶつと文句を言っていたのだ。
「まだ、レティシア・ルコント伯爵を侍女にしようと試みているようだが、彼女は領地を立て直し、これだけ話題になっているのに、何故気がつかないのだろう? ワトー男爵という人物は信用するに値しない男のようだ」
パスカルが吐き捨てるように言い、手紙を部下に手渡して内容を見るように促した。
「ワトー男爵は金に汚い男だと聞いていますが・・。当時12歳の少女にしてやられた事も気がついてないなんて・・・」
失笑する二人の会話をエルエストが聞き耳を立てて聞いていた。
立ち聞きとは良くないが、経営破綻寸前の領地を、当時12歳の少女が立て直したとは本当なのだろうか?
真相を確かめたくなったエルエストは、早速出掛けるための準備を始めた。
「まあ、何も知らない令嬢が領地を経営しているなんて、真実ではないだろう。行ってみたら、傲慢な令嬢が領民を奴隷のように、こき使っているかも知れない。ここは噂の令嬢の真実を暴いてやろう」
貴族の女に対して、すっかり嫌悪感がこびり付いた頭で、計画を立てるエルエストだった。




