18 難破船
ルコントのルドウィン町の建物は、木材で建築されているが、木は縦に組まれてその間に漆喰がある。
和風建築と似ているが、デザインが違うと、全く別物だ。
レティシアはその縦の木材を横にして、ウエスタン調に変えたいのだ。
しかも、全ての店舗の前にデッキを作りたい。
これだけでも、大量に材木が必要なのだ。
だが、そんな矢先に材木を安く売ってくれる筈だった商人から、断りの手紙が届いた。
とある公爵様が、我がルコント領地の和風の建築物がお気に召して、よく似た建物を公爵邸の一部に建築することになったと言うのだ。
勿論あちらが示した金額の方が、高い。
まだ、契約前だったことで、簡単に口約束は反古になった。
ここまできて、ウエスタン調の町を諦めなければいけないのか?
それだけは嫌だ。ルドウィン町の人々が力を合わせて頑張っている今なんとか成し遂げたい。
でも、材木もお金もない。
故に町づくりがストップしてしまっていた。
「はああああ・・・」
長いため息をつくレティシアに、オルネラ村のマイクが、心配そうに見ている。
「レティーお嬢様、なにか心配なことやら、上手くいかんことでも?」
マイクが、昨日から元気がないレティシアに『ルコント・ソーダ』を渡しながら心配そうに尋ねた。
「コートの山には木があるけど、自然を目当てに沢山の観光客が来ているから、木を切りたくないの。もっと奥にいけばあるけど、そこは国の土地で手は出せないし・・・」
貧乏なルコント領主に、お金を貸してくれるところ等ない。
二人で会話無く、ソーダを飲んでいた。
しゅわしゅわと弾ける音だけが、聞こえる。
二人に爽やかな風が吹き抜けた。
「このルコントの土地は好きだわ。山はあるし、海もある。まだ、海岸線の整備はしてないけど・・・」
父から引き継ぐまで、このルコントの領地の事を分かってなかった。他の領地は華やかで羨ましいと思った事は何度もあった。
だが、今はこの領地が好きだと大声で言える。
レティシアの発言に、マイクが考え込んだ。
「先日、滝を見に来たお客さんで、難破船が漂着して苦労していると聞いたな・・・。あれは・・確か・・
そうじゃ、お孫さんがとても賢い方での、わしに、勉強を教えてくれたんだった」
マイクが懐かしそうにうんうんと言いながら、脳みその奥にしまった貴族との会話を、引張り出そうとしている。
「おお、そうだ!!ドーバントン公爵様だと仰っとった」
「ええ!? 公爵様がこの領地に!!?・・って、その、ドーバントン公爵家が、私の材木を持っていってしまったのよ!!」
まさかの、公爵様がこの領地に足を運んで頂いてたなんてと驚くが、材木を横から奪われてしまったことは、恨めしい。
ドーバントン公爵は悪気があったわけではない。
丁度探していたら、契約前の安い材木があったのだ。
今更ながら、ボヤボヤしていた自分に腹が立つわ!!
レティシアが両手の拳に力を入れた。
「レティーお嬢様、そうじゃなくてだ」
マイクは、話が逸れていくレティシアの会話の軌道を元に戻し、引き続いて話す。
「公爵様にとっては難破船はごみでしかない。だが、船は木でできている。つまりきっと硬材も軟材となる両方の木材が取れるかもしれない。早々に見にいってはどうかの?」
いきなりの話で、レティシアの頭が止まるが、すぐに回転しだすと目を輝かせた。
「マ、マイクさん!! よい情報をありがとう」
レティシアは立ち上がると、「では、行ってきます!!」とソーダの瓶を片手に、走り出していた。
「やれやれ、我がご領主様はいつも走り回っておるの。レティー様はああでなくてはいかん。さっきみたいにしょげているのは、見てるこっちが辛いからのぉ」
元気になったレティシアの後ろ姿を見て微笑むマイクだった。
◇□ ◇□
マイクから貴重な情報を得たレティシアは、ケントを連れて早速、難破船を見に行った。
難破船は船体の横に大きな穴が開いていた。
船としてはもう使えない。
だが、木材としての価値は十分に使えるものだった。
しかし、金持ちのドーバントン領地では領民でも良い木材を使って家を建てている為、海の藻屑前の船はごみでしかないようだ。
しかしそのごみも、貧乏領主のレティシアには立派な宝である。
くううう、流れ着くなら我が領地に来てくれれば良かったのに・・・。
難破船につい愚痴る。
現物を見たレティシアは、すぐにドーバントン公爵にお目通りの手紙を持って、領主自ら持参した。
「すみません、こちらをドーバントン公爵様に早くご覧いただけるように取り計らって下さい」
どうぞ、宜しくお願いしますと門番に頼み領地へと帰る。
帰るために乗り合い馬車を待っていると、ドーバントン公爵の使いの人がわざわざ乗り合い馬車の停留場まで探して来てくれた。
使用人に連れられて、再び公爵邸に戻る。
さっき、門で見た屋敷は一部分だった。やはり公爵家の家はスゴかった。
前世で見た大都会の駅前百貨店が軽々2つ分。お庭も広大な広さで、この庭の手入れをするのに、どれくらい庭師を雇っているのだろうと気が遠くなる。
そんなお屋敷の中に一歩入ると、雲の上を歩いているのか?と勘違いするほどのふわっふわの絨毯が敷き詰められている。
(私の布団よりもふわふわじゃないの。はあーここで寝てみたいわ)
あまりの気持ちの良さに、気を抜くとごろんと寝そべりそうになった。
金色に縁取られた窓枠の一つ一つには金箔が貼られている。
ゴージャスという言葉でもまだぜんぜん足りない。
その豪華さを形容出来る言葉の持ち合わせがなくて、ごめんなさい。
レティシアが誰にいうでもなく謝る。
重厚なドアが開かれると、その奥のソファーに厳めしいお顔の初老の男性が、座っていた。
「手紙を見せてもらったよ」
重厚かつ威厳たっぷりの声に、レティシアの背筋が伸びる。
「初めてお目にかかります。この度ルコント領を引き継ぎました、レティシア・ルコントと申します。どうぞお見知りおきを下さいませ」
カーテシーでお辞儀をする。
久々のドレス。しかも貴族のようなお辞儀。貴族なのだが、近頃では忘れている事が多いのも事実で。
「ほほう、聞いてはおったが、本当にまだ14歳だったとは」
不躾にじろじろ見るものだから、この公爵様、実はロリコンではなかろうなと疑いたくなる。
顔は笑顔で踏ん張っているが。背中は汗でだらだらだ。
「君の父上の事は聞いていたよ。叔父の男爵が君の後見人に名乗りを挙げたようだが・・・そうか追い払ったか?」
「はい、私が責任を持って領地の経営に携わっていくことで、立て直せると思ったからです」
少し目を見開く公爵様。
「ほほう、たかるハエは早めに追い払った方がいい。君の選択は領地の様子を見ていると正解だったようだね」
叔父様、「蝿」扱いされてますよ。
公爵の比喩に吹き出しそうになるが、本題までに本性をばらしてはいけないと、顔を引き締めた。
「では、本題に入るとしよう。君の手紙には、難破船を引き取りたいと書いてあったが、あんなものをどうするつもりだ?」
ここは策を労しても上手くいかない。素直に話す方がいいだろう。
そう判断したレティシアは、真っ直ぐドーバントン公爵を見て、出来るだけ子供らしく素直な言葉で話した。
「船からは沢山の木材が取れます。それを使って今ある建築物の外壁に使いたいのです」
「ほう。そんなに多くの木材が必要とは、多くの建物に使うのだな?」
「まだ、計画段階で詳しくお話は出来ませんが、コート22滝のような観光地をもう一つ作ろうと思っています」
ドーバントン公爵の目が、鋭く光る。
「それは、どんな構想なのかな?建物はどんな感じにするつもりなのかな?」
(そうですよね・・気になりますよねぇ。でもまだ内緒にしておきたいんですよ・・)
「どうぞ、オープンには一番にご招待させて頂きますので、是非来て下さい」
子供ならば、こんなときに無邪気に乗り切れるから便利だわ、とレティシアは、無垢な笑顔を公爵様に向けた。
「コート滝の村の建物も、君が考案したと聞いている。今度も同じような建物を考えているのかな?」
(あら、公爵様ったら子供相手にグイグイ来られるのね)
「うふふ、全く違う建物ですわ。まだ、構想は私の頭の中にあるので、お見せできないのが残念です」
「ううむ。そうか、それは残念だ。だが、オープン後落ち着いた頃を見計らって招待をして頂こう。それまで楽しみに待っていよう。それと、君の村の建物を模した離宮をここに建てようと思っているのだが、良いだろうか?」
「勿論です。公爵様の敷地に建てられた和風建築が、身近に見られるとあれば、またそれも広告になりますもの。和風の詳しい間取りをお伝えしましょうか」
建築様式には特許がない。なので、ここはごねても仕方ないし、公爵家に建てられたなんて、良い宣伝になる。
「そうか、ありがとう。それなら、お願いしようかな。そのお礼と言ってはなんだが、難破船をルコントの浜辺に我が船で曳航しよう」
「え・・・? あ、ありがとうございます!! でも、どうしてそこまでやってくださるのでしょう?」
「孫娘は勉強嫌いでね。それがあなたの領地にいた老人に、今度行く時に勉強を教える約束をしたと言うのだ。それからの彼女は嬉しそうに勉強をしているんだよ」
それはマイクが言ってた女の子の事だとわかった。
それだけの事で、領地まで運んでくれるなんて、人生どう転ぶかわからないと、レティシアは思う。
(本当のところ、難破船をどうやって持って帰ろうか、それが悩みの種だった。お金を支払って運ばなければならないと考えていたが、公爵様が言って下さるなんて・・・。ありがたい~。私、絶対に公爵様の方角に足を向けて寝ないことを誓います!!)
これで、ウエスタンな町づくりに、また一歩近付いた。




