17 笑って、コーリン
朝からパン屋の親父と精肉店の親父とレストランの親父が、レティシアの説明に冷や汗をかいている。
「さっきも言いましたが、『ウエスタン』には名物が必須です。新しい名物を作るためには3人の力を貸して下さいね」
レティシアの貸して下さいは任意ではない、強制である。
まずパン屋の店主ジョージには、ハンバーガーのバンズ作りが課せられた。
食べたことのないハンバーガーに、ジョージの苦悩は始まったばかりだ。
そして精肉店の店主には、ミンチを作って欲しいと頼む。
これも、肉を細かくする理由が分からないと言うので、ハンバーグを作って食べさせると、やっと前向きに取り組んでくれた。
最後に、レストランのベルナンドに、店でハンバーガーを出して欲しいと頼んだ。
だが、ずっと高級料理店を目指していた彼の店には、銀食器が並び、どうもハンバーガーには抵抗がある。
「こんなにでっかくして、どうやって食べるんだ?」
バンズ+レタス+トマト+パテ+チーズの縦に大きく口を広げても入らないハンバーガーは、誰も見たことがない。
ベルナンドの困惑は理解できる。
(大口を開けて食べるなど、紳士淑女の皆さんはしないかもしれません・・・。だが、美味しいものを前に、みんなかぶり付いてしまうはずよ)
みんなの反応を確かめながら、レティシアが食べ方を見せた。
「こうして、大きく口を開いて・・・たふぇればいいのれふよ・・・むしゃむしゃ。・・・ゴックン・・ああ、パテが固いわ。改良の余地有りね。バンズも・・・」
レティシアが実演するが、ベルナンドはこのハンバーガーがお貴族様の人気メニューになるとは、到底思えないのだ。
ここで、ベルナンドの息子のマックスが、手を挙げてくれた。
「俺が、そのハンバーガーを売る店を出してもいいですよ。親父の今までのスタイルを壊すのは忍びないし・・。それにやってみる価値はある」
――マックスは30歳で、明るい感じがファストフード向きだ。
しかも、彼が店の名前まで考案してくれたのだが、『マックスナルト』にするらしい。
実にいい、名前だ。チェーン店が出来そうな気がするのは何故だろう?
ハンバーガー店はマックスに任せるとして、ベルナンドの店はステーキとハンバーグの店にしてもらえないかと、頼むと、これは二つ返事で了承してくれた。
西部の町並みが一軒一軒、揃ってきた。
さあ!そろそろ、あの研修を始めよう。
店主をはじめ従業員全て集められ、レティシアたっての研修が始まった。
「いいですか? 皆さんには全く足りない物があります。それはなんでしょう? そこのあなた!」
レティシアに指を差されたホテルのスタッフが、目を泳がせながら「えーっと、技術?」と当てずっぽうに言ってみる。
「違います。あなた達に足りないもの。それは笑顔です!」
どーんと指差して言ってやったつもりだったが・・。
誰も納得してない顔だ。
こんな簡単な事から始めないといけないなんて・・・、スマイル0円のスタッフを見習って欲しいわ!!
レティシアは挫けそうになるが、始まったばかりだ。
「挨拶は笑顔でっ!! 『いらっしゃいませ』ニコッ こうよ。分かった?」
「あー・いらっしゃいませ・・・」
「いらしゃい・・うっす」
「はあ・・いらっしゃい・・」
(――ぬううう。挨拶一つまともに出来んとは!!)
初めての笑顔で挨拶は恥ずかしいのだろうと、レティシアは根気強く教えた。
そのうち、笑顔で接客が出来る人が増えた。
だが、3人ほど全く出来ない人達がいる。
否、出来ないのではなくやる気がないのだ。
特に、この町に一軒しかない宿屋のフロント係のコーリンが酷い。
コーリンは38歳男性。赤髪で笑えばそこそこイケオジなのに、言葉遣いも態度も悪い。
宿屋の総支配人のフレイムは、とても柔軟な考えの持ち主なのに、このコーリンは「なんでこっちが面白くもないのに、笑わなくちゃなんないんだ?」と言うから、接客業から足を洗えと怒鳴りたい。
「ほほーう、子供の私が出来て、あなた方が出来ないなんて・・・もしかして、お金儲けを舐めてます?」
すうーっと目を細めて言うが、「なんで笑う必要があるんだ?」としつこい。
前世の業務に、オープニングスタッフの指導も含まれていた。
中には高校生のバイトで、挨拶が出来ない者もいたが、彼らは恥ずかしがっていただけだ。
だがしかし、ここの人達は、何故笑って挨拶をしなければならないのかが分からないのだ。理由が分からない人に伝えるのは、難しい。
ならば実践あるのみだ。
「では明日、王都のルコントのアンテナショップで、笑顔のスタッフと無愛想な人達で、商品を売ってもらいます。どちらが沢山売れるか競って下さい」
レティシアの案に、ケントが声を潜め、こそこそと話す。
「いいのですか? あそこはルコント領の宣伝をする場所なのに、王都の皆さんに悪い印象を持たれてしまいますよ」
折角、レティシアが頑張って宣伝し続けていた大切な場所を、頑固オッサン達の為に壊してしまうのではと、ケントはレティシアを止めようとした。
「うふふ、今は一時でも時間が惜しいのです、王都など行きませんよ」
「え?でも今、王都に行くと・・」
ケントが首を傾げるが、レティシアは笑うだけで、答えてくれない。
まあ、いいか。レティシアお嬢様の事だから、作戦があるのだろう。
ケントはもう、レティシアの事は見かけ通りの子供だとは思っていない。
レティシアが何をするのか、楽しみに待つことにした。
次の日、朝早くから、幌馬車に乗せられた従業員達は、6人。
挨拶上手チームの3人と、コーリンをリーダーした挨拶できない困ったちゃんチームの3人とレティシア、ケントの8人で幌馬車に揺られて王都へ向かっている。
ルコント領を過ぎた辺りで、パラソルの下で水を売っている商人が2人、並んで商売をしていた。
水を売っている2人は、商売敵なのだろう。一人はパラソルの色を赤色に、もう一人はパラソルの色を青色にして、それぞれ少し間を空けて水入りボトルを売っている。
喉が渇いたレティシアがコーリンに、水入りボトルを2本買ってきてと頼んだ。
「仕方ないな」と面倒臭そうに、幌馬車から降りて、買いに走った。
帰ってくると、レティシアが挨拶出来ないチームのボブに「もう3本、買ってきて欲しい」と、頼む。
渋々買いに走ったボブが戻ってくると、その3本の水を挨拶上手チームの3人に配った。
「おいおい、俺達の水はないのか?」と、ボブが驚いている。
白々しくレティシアが「まあ、うっかりしてたわ。では、もう3本買ってきて頂戴」と挨拶出来ないチームのサントスに、お金を渡した。
「・・全く・・わかりましたよ」
と、怒りながらもサントスは腰を上げて買いに行った。
サントスが幌馬車に乗り込んで座ると、レティシアが「皆さんの持っているお水のボトルの上に付いている紐は何色ですか?」と、唐突に尋ねる。
皆が持っているボトルを見ると、赤色の紐が付いていた。
「この赤色の紐が、どうしたのですか?」
コーリンが、怪訝な顔をする。
だが、すぐに気が付いた。
「そうか、俺達は赤色のパラソルの人からボトルを買ったんだな」
「何故だか、分かったかしら?」
レティシアが悪戯っ子のような顔付きでいる。
「あれ? そういえばなぜだろう?・・・」
水を買いに行った3人が、首を捻り考えた。
3人とも水を買いに行った時の事を思い出し・・・お互いの顔を見る。
「そういうことか・・・」
ボブが言うと、コーリンが
「これはやられた・・・」と呟いた。
訳が分かっていない、ケントと挨拶できる子チームの3人は、キョロキョロと挨拶出来ないオッサンチームとレティシアを交互に見る。
「えーと簡単に説明すると、あそこで水を売っている二人には、大きな違いがあります。一人はブスッとして、無愛想に立っててもらいました。もう一人はニコニコ笑顔で「いらっしゃーい」と声をかけてもらったんです」
ここまで言えば、幌馬車に乗っている全員が理解した。
「そうだ、確かに俺は、青のパラソルの奴は無愛想で、無意識にそっちを避けたな。つまり、俺達も笑わないと客が他の領地にとられるということだな・・・」
コーリンもそこは渋々認めてくれた。
「だがなー・・・。出来ないんだよな・・・あんなに満面の笑みってのが辛いんだよ・・」
コーリンがワシワシと頭を掻いて落ち込んでいる。
「まあ、私はニヒルな38歳にそれは望んでませんわよ。それこそ、『ふっ』と格好良く微笑んでくれればいいのです」
コーリンが真顔から、少し考えてちょっとだけ微笑む。
「いらっしゃいませ」(にこ)
コーリンの笑顔に超絶反応をした人物がいた。
喫茶店経営の色気ムンムンの黒髪の44歳、ノリーさんだ。
「ちょっっ!! それいいじゃない。その笑顔で立ってたら、ホテルのフロントが渋滞ものよ」
ノリーさんに太鼓判を押されまくりのコーリンさん。
イケオジは笑顔を習得したようで、もう挨拶の研修は卒業です。




