16 新しい町づくり
レティシアが領主になって2年が経っていた。
レティシアは14歳で、益々精力的に働いている。
しかしここで、問題が起きた。
ルコント領の北部では、水路が機能し小麦畑が広がっている。
更に、「ルコント22滝」があるのも北部で、その収益は領主と、従業員が全て北部の者だったためにその関係者に恩恵があるのだ。
しかも、最近観光客が南部のルドウィン町を通り過ぎて、全てオルネラ村に向かう。
始めルドウィン町の者は、『子供のやることだ、いずれは失敗するだろう』と冷ややかな目で見ていた。
だが、観光客は増える一方。
何故なら、小麦畑の水路に和風の水車を作ったり、土産物のお店や食事処や旅館も和風に建てた。
すると、異国情緒溢れる観光地と健康に良いハイキングも楽しめる村として、一気に有名になっていた。
オルネラ村が観光地として人気になればなるほど、ルドウィン町の不満がたまる。
そのうち、『子供領主は、オルネラ村を贔屓にして、ルドウィン町を捨てるつもりなのか?』と不平不満を口にし始めた。
前まではオルネラ村も、ルドウィン町も同じように貧しかった。
そしてお互いに何故か、いがみ合っていて、『貧乏で暗くて付き合い辛い人種』だと悪口を言い合っていたのだ。
それなのに、今やオルネラ村だけ突然観光客が増え、裕福で明るくて幸せそうに笑っているのだ。
ルドウィン町の怒りの矛先は、自然とレティシアに向けられた。
そこでレティシアは、ルドウィン町の怒りが大きくなる前に、全員を集会所に集めて、彼らの意見を聞くことにした。
集まった彼らは、不満げな表情を隠そうともせずレティシアと向かい合っている。
始めに口を開いたのは、マリーとケントの父であるパン屋の主人のジョージだ。
「領主は、分け隔てなく領民に対峙してほしい」
すると、その言葉で調子に乗った人々が愚痴を言い出した。
口々にオルネラ村を贔屓していると、文句を言う店主達。
子供のレティシア相手に糾弾する大人達。
それに対してキレたのはケントだった。
ケントは店主達を睨む。
「全くいい大人が雁首揃えて、何を言ってやがんだ!!」
ケントは初めこそ、話を大人しく聞いていたが、あまりの身勝手な言い分に腹を立て怒鳴った。
ケントの父は商店街の取りまとめ役。その父に向かってケントは、吼える。
「レティシアお嬢様は、みんなにまずは接客態度を改めないかと、何度も言っていたじゃないか。それに親父にもパンの事で提案してもらってただろう!! おい!!そこのレストランも宿屋もレティシア様が改善案を出ししてくれてたのに、無視してたのはお前らだろうがッ!!」
ケントが店主を睨み付けながら見回すと、俯いたり、目を逸らしたりと気まずそうにする。
「ケントさん、まあまあ、落ち着いて下さい。今日は話し合いで集まって頂いたのですから」
まだ、フーフーと噛み付こうとしているケントにレティシアは「ね?」と首を傾けて、落ち着かせた。
「・・はい、わかりました」
納得半分、不満半分と渋々座るケントに、苦笑いする。
「では、お話宜しいでしょうか?」と仕切り直すレティシアの態度に、店主が緊張する。
子供の言うことだと侮っていた結果、レティシアは自分達の町を諦めたようにオルネラ村に通い出して行ったのだ。
その時でも、町の人々は、荒れた土地が良くなるなんて思わずに、いつレティシアが諦めて通うのをやめるかを面白がって見ていた。
そのレティシアのやることに、オルネラ村の人々が手助けし始めた時も、大笑いしていたのだ。
ところが、水路が出来て農地がみるみる増え、何もなかった山が観光地になり、人が押し寄せるまでになっている。
いつの間にかオルネラ村の人たちは暮らしも豊かに、笑い合っている。
焦った町の店主は、なんとかレティシアにこの町も変えてほしいと、懇願するつもりで集まったが、最初に謝るのではなく不平不満を口にしてしまった。
「皆さんは、ここに何をしにいらしたのでしょう? 自分達の町を良くしたいとここに集まったと思っていたのですが・・・。そうではなく、私への不満を言うための時間に使うつもりならば、私は帰らせて頂きますよ?」
レティシアは微笑んでいる。だが、その瞳は決して笑ってはいない。冷静に見極めようとしていた。
その目は子供の出す空気ではない。人を見極めた大商人の目に似ている。
この領主は、子供だが・・・子供ではない。
自分達が下に見ていい相手ではなかったのだと、ここで痛感する彼ら。
「す、すまねえ。領主様が子供だとバカにしてたのは、本当に悪かった。これから、俺達は領主様の元で、この町を変えたいと心から思っている。どうか・・どうか俺達に力を貸してくれ」
ジョージが願い出た。
だがケントがすかさず、ダメ出しを入れる。
「親父、『力を貸してくれ』じゃない!! 『力を貸して下さい』だろ?」
再びパン屋の店主が言い直す。
「ウッ・・俺達に力を貸して下さい」
そして、集まった他の店主一同、深く深ぁーーく頭を下げた。
「はい、勿論ですわ。だって、皆さんは私の大切な領民ですもの」
レティシアが、にっこり笑う。
このルドウィン町も、漸くスタート位置に立ったとほっとする。
「では、皆さん。鉱山があるわけでもなく、広大な土地があるわけでもないこの領地ですが、とても良い点があります」
レティシアのナゾナゾに首を捻る店主達。
「うふふ、それは王都から、いい距離で離れている事です。それで、この領地に二つ目の観光地を作ろうと思っていますの」
益々首が曲がる店主。
「ひとつはオルネラ村の『和風』と言っても分からないけれど・・・、大自然と心落ち着く異国情緒溢れる村。そして、南部では全く違う異文化的な街を作りま~す」
人差し指をピッと立てるレティシアに、「うーん」と唸る人達。
「その、『わふう』と違う感じとは、どんな町だ? 俺達の町は今のお洒落な石積ではなく、木造の古い町だぜ・・・町です」
宿屋の店主がケントの、射殺すような眼力に震えて言い直す。
「木造の町を生かした、その名も『ウエスタン』ですわ!!」
「「うえすたん?」」
初めて聞いた店主達は、一緒に聞き慣れない言葉をハモった。
レティシアは、西部劇で見た町並みの絵を、店主の目の前に掲げる。
「うおおーー」
「なんか、分からんが、格好いい町だな!!」
「木造だが、王都よりも格好いいじゃないか」
評判は上々。
レティシアはケントをチラッと見て笑う。
この絵はケントとレティシアの共同の力作だ。
レティシアがケントに必死で伝え、ケントは見たことのない『西部劇の町』を、この町に馴染むように描いたのだ。
南部の店主達が、盛り上がっている。
だが、彼らは知らなかった。
レティシアの完璧な『ウエスタン』な町づくりの為に引きずり回されて、悲鳴をあげるのは・・そう・・明日からだということを。




