15 ルコント22滝
本日午前中に、14話を投稿しています。
今日、レティシアは王都に来ていた。
貧乏なルコント伯爵家だが、王都の真ん中に、テラスハウスを持っている。
これは、遠い昔にルコント伯爵家が一番羽振りの良い時に買ったものだ。
これが一番の資産だろう。
しかし、今は使っていない。
随分と前から空き家で放置したままだ。
祖父がいた頃は、年に1度王都の祭りと会計報告に合わせて、使用人と一緒に来ていたが最近では、そんな余裕もなく、父は一人で暗いタウンハウスに執事と二人で来ていたようだ。
使用人を全て叔父が雇うといって、連れていってしまったから、屋敷を掃除する侍女を派遣できない。
二階部分は物置となっているため、埃が溜まっているだろう。
しかし、2階はどうでもいい。
肝心なのは1階と庭だ。家の前にある庭のような僅かなスペースが雑草だらけなのが、気になる。
レティシアが王都に引っ越すわけではない。
ここをルコント領のアンテナショップにしようというのだ。
あまりにもひなびたルコントに、わざわざ来てくれる人もいないだろう。
ルコントでキャンペーンをしたところで、なんの情報発信も出来ない。
それで、目を付けたのがここだ。
使っていないなら、ここをルコントの情報発信源にしたらいいと思い付いた。
ケントと手伝いに来てくれた村人が数人。
アンテナショップのような感じで、チラシと『ルコント・ソーダ』を置く。
その他に、ルコントの村人の女性が色取り取りの糸で刺繍したハンカチを配置。
さあ、ここから売り込みを開始する。
すぐに一人の上品な貴族のご婦人、40歳くらいだろうか・・、が入ってきて物珍しそうにソーダを見ている。
「ここは、この飲み物を売っているのかしら?」
ケントがすかさず笑顔で説明する。パン屋でいた頃は、全くなかった笑顔で営業モード。
「ええ、それも売っていますが、奥さま、山の滝近くには『マイナスイオン』なるものが溢れていて、それを浴びるととてもいいのです」
そう言うと、ケントの手作りのチラシを見せる。
「『ルコント22滝』と言って自然の美しい滝が22あります。それらを全て回れば、運動にもなり、さらには先ほどのイオン摂取で身も心も健康になりますよ」
現在、レティシアが地道に貴族の皆さんに伝えた『運動不足は体に良くない』が広がり、健康ブームだ。
「まあ、それなら是非に行きたいのですが、ハイキングはドレスでは無理でしょう?」
ご婦人が困った顔で今にも諦めそうだ。すかさず、ケントが言葉を繋げた。
「ハイキングは、庶民の風情を楽しむように、ご婦人もズボンを履いて山歩きをするのです」
「まあ、ズボンですって?」
あまりの衝撃にご婦人が倒れそうになる。
「ご心配には及びません。これをご覧ください」
ケントが見せたのは、美しい女性が颯爽とズボンを履きこなしている絵姿だ。
「まあ、素敵」
そのモデルはマリーさんで、貴族ではないけれどそれは秘密である。
「ルコントの22滝に行ってみたいわ。主人に相談してみるわね」
「ええ、どうかご検討下さい。現地でお待ちしています」
ケントが微笑むと、ご婦人が頬を染めた。
・・・ううーん、ケントさんの配置はこれで良かったのだろうか?
イケメンを遺憾なく発揮するケントに少し不安が生じたが、始めは何かと話題性がないと来てくれない。
ケントのイケメン営業には目を瞑るレティシアだった。
『ルコント22滝』の最初の観光客だったのは、ケントが初めて接客したあの貴族のご婦人だった。
しかもそのご婦人はドルト伯爵夫人と言って、社交界では知らない人がいない程の、インフルエンサーだった。
一家で運動好きと言うこともあって、ご夫婦と二人のご子息とそれぞれの婚約者で来てくれたのだ。
6人共、ハイキングには相応しくない格好で来ていたので、用意してあった庶民の簡素な服に着替えてもらう。
そして、22番目までの滝の名前が書かれた地図を渡した。
ほぼ一本道で、間違えようがない。それに加え、村人総出で矢印の看板も付けてくれたので、迷いようもない。それでも、初めてのお客様が迷ったらどうしよう、怪我をしたらどうしようとレティシアのそわそわが止まらない。
『ルコント・ソーダ』を届けに来たマイクに、「大丈夫だ、落ち着いて待っていろ」とワシワシと頭を撫でられ漸く落ち着いた。
準備が出来た伯爵家御一行様は、護衛4人と侍女5人の15人分の入山料、その他諸々を支払って出発した。
入山料大人一人;500レニー
服一式レンタル料;1500レニー
ルコント・サイダー1本;200レニー(瓶を返却すると100レニー返金する)
普段歩きなれていない女性でも片道2時間のハイキングコース。
ゆっくりと滝を眺めても、4時間で帰ってくるはずが、中々帰って来ない。
レティシアはしびれを切らして、探しに行こうとした。
丁度その時、ドルト伯爵夫人達が帰って来た。
ドキドキの評価発表。
最初に口を開いたのは、伯爵夫人だった。
「この『ルコント22滝』は素晴らしかったわ。あまりの景色の良さに、絵を描きたくなって写生をしていたの。だから私だけ、今日は8つの滝しか見られなかったのよ」
夫人はとても残念そうだ。
「僕たちは全部見たよ。レースの滝は繊細な滝で、最後の滝は2つの滝が流れていて、1本が大迫力でもう1本は優しい感じで綺麗だった」
「本当に『夫婦滝』という名にぴったりの美しさでしたわ」
息子と婚約者がウットリと思い出していると、夫人が、
「まあ、次は絶対に最後まで見るわ」と意気込んだ。
この伯爵夫人が、次のパーティーで自慢げに、「◯◯奥様は、もうルコントの22滝をご覧になりまして?」と大いに宣伝をしてくれたお陰で、大盛況になるまでに、時間は掛からなかった。
しかも、おまけの出来事が・・。
恋人と来たお客様が、すぐに結婚して幸せになったことから、ルコント滝の22番目の最後の滝である『夫婦滝』を二人で見たカップルは、幸せになるとジンクスが生まれ、さらにルコント22滝は人気になった。




