13 ウォーキングは足腰にいいのよ
ケントとレティシアは、コート山を登っている。
「これはいいわね!! とても良い滝だわ。ケントさん早く来て下さい」
レティシアは毎日、領地を徒歩で移動している。
いつの間にか、足腰は強くなり山歩きでも楽勝だ。
だが、ケントは立ちっぱなしの仕事ではあるが、長時間歩くことはない。
その為に、コート山に入ったばかりで既にバテていた。
やっと追い付いたケントに、レティシアが「さあ、この滝に名前を付けて」と目を輝かせている。
「ハーハー・・、ちょっと待って下さい。まずは休憩を・・」
休ませて欲しいとケントは言いかけたが、レティシアがワクワクしながら待っているので、言い出せない。
仕方なく、滝を見て発想力を高める。
「え~と・・そうですね・・この滝はレースのように細かな流れなので・・『レース滝』ってどうです?」
「すぅ・・素晴らしいぃぃ!!」
レティシアがその名前と場所を書き記す。
「ケントさん、あなたのネーミングセンスは分かりやすくて良いわ。あなたが居てくれて良かったわ」
レティシアが感激のあまり、目頭を押さえる。
「はあ・・・。でも本当に滝に名前を付けただけで、人がくるんですか?」
ケントは未だに半信半疑だ。
「どこかの国に、滝そのものを観光にしている地域があるんですよ。貴族の人達も、老いも若きも自然に触れたいと思っている人が意外と多いんです。それにちょうど良いのがここ!!そう、このルコントです!!王都からも近く、手軽に来れるルコントが丁度いいの。宣伝文句を考えれば、絶対に流行るわ。よし、次に行きましょう」
こんなに小さなレティシアだが、恐るべき持久力。レティシアの体力の貯蔵庫が空になることはあるのだろうか?と考えながらケントは、限界に近い体を鼓舞し、後に続いた。
「ねえ、ケントさん。ガラス職人で腕のいい人が居たら紹介してほしいの。誰か知ってますか?」
「ああ、知ってますよ。どんな形でも作り上げる優秀な奴です」
「じゃあ、帰りに寄りましょう」
「・・・まさか、今日? 今日ですか? 俺、もう筋肉痛・・」
ケントの足は、ずっとケタケタと笑っている。明日は絶対に筋肉痛は間違いなし。
「ふふふ、善は急げよ」
ケントの体力、気力が底を尽いた瞬間だった。
山から下りてきたケントは、オルネラの村人と和気藹々と話をしているレティシアの隣に黙って座っていた。
村人との会話が居心地が悪いのか、ケントは「ガラス職人のところには行かなくても良いのですか?」と頻りにレティシアに聞く。
「良く考えたら、まだ作ってもらう為の絵を書いていないから、明日にしましょう」
と答えると、すぐに村人の会話に花を咲かせている。
ケントは仕方なく、レティシアと妹のマリーの間に座り、なるべく目立たないようにする。
話題は先日レティシアが、マイクと一緒に行った王都での話になった。
「本当に大変な目に遭った。突然ワシに伯爵になれって言うんだ。貴族の服を着せられて王都に行ったけど、肝が冷えたよ」
マイクは肩をあげて、フーとため息を漏らす。
「あら、マイクさんは結構ノリノリで、どこからどう見ても高位の貴族の振る舞いだったわよ」
そうレティシアが言えば、それを見ていたポドワンも大笑いする。
「あはは、背筋を伸ばして歩くマイクさんは見物だったぜ」
「マイクさんのお陰で、ドレスも高く売れたわ」
レティシアがホクホクしているが、マリーは心配そうだ。
「でも、お母様の形見のドレスを売ってしまって良かったのですか? しかもそれが最後の一着だったのでしょう?」
「大丈夫ですよ。母は死んだんじゃなくて、若い男と逃げたんですもの。しかも大金も持って逃げたと聞いてるし、この領地の役に立てて良かったのよ」
親子関係にあっさりとしているレティシアだが、村人はまだ12歳の少女が母の思い出の品物を売ってまで、領地に尽くしてくれている事が嬉しかった。
女性の中には俯いて、そっと涙を拭く者もいたが、当のレティシアは、無頓着だ。
「それにしても、マイクさんが机を叩いて40万レニーとは、恐れ入ったぜ」
ポドワンはレティシアを悲しませないよう、話を元に戻す。
「マイクさんがふらふらと寝そうになっているときは焦ったけど、そのお陰で40万レニーだもん」
村人がそのときのマイクを見たかったと大笑いしていた。
その様子をケントが、不思議そうに見ている。
今まで聞いていた、オルネラ村の村人達とは全く違うからだ。
よく、父からは、『オルネラの村人は、暗くて挨拶もしねえ。それにしみったれていて、毎日がお通夜のように陰気な顔で過ごしてるんだ』といかにどんより暗いかを語っていた。
マリーがポドワンと恋仲になって嫁ぐ時も、「オルネラ村に行ったら笑顔を忘れるぞ」と脅していた程だ。
確かに、レティシアが領主になるまでは、彼らに笑顔はなかったかもしれない。だが、今は毎日が希望で燃えている。
昨日よりも今日。今日よりも明日。日に日に良くなっていく暮らし。さらに、可愛い領主は、発展のためにまた何かを仕掛けようとしている。
この小さな領主がちょこまかと動くのを、村人は楽しみにしているのだ。
言えば不敬になるが、マイクにとってレティシアは、目に入れても痛くない孫のような大切な存在になっていた。
マイクだけでなく、村人もレティシアを大切に思っている。
身近で大切で、家族のような存在。故に、ついつい伯爵ということを忘れているのだが・・。
それもレティシアが、ドレスを着ずいつも汚れたオーバーオールで走り回っているせいでもある。
ケントもこの伯爵が、他所で見かける令嬢とは違うと気がついている。
だが、まだルドウィン町ではレティシアがお金を巻き上げるだけの領主だと未だに考えていた。
これは偏見でしかないが、それまでの領主が酷かったせいだ。
彼らとは違うと今日1日を過ごしてケントもレティシアという令嬢を理解し、支えたいと思うまでになっている。
ここで、マリーの後ろに隠れていたケントが手をあげて、村人の輪に加わった。
「南部のパン屋の息子のケントです。これからこちらにお邪魔する機会が増えるので、よろしくお願いします」
ビシッと立ってご挨拶。
「そんな畏まらなくてもいいよ。マリーちゃんのお兄さんだろ。こっちこそ宜しくね」
そう言われてケントが笑うと、あっという間に輪に溶け込んだ。
レティシアがニヤリと笑う。
ケントはこれから、コート山に来てもらう機会が増える。
そのときに、村人と距離を置いたままでは、ダメなのだ。
だから、レティシアは予定を変更してまで、この村人の輪にケント放り込むことにしたのだ。
結果は上々。
よしよし、何もかもうまく言ってるぞ。
だが、レティシアの全く想像していないところで、物語が動き出していた。




