12 マイクはとても眠かった
レティシアには、やりたい事がいっぱいある。
だが、お金がない。
まずは、お金を掛けずに儲ける方法で少しずつ蓄えよう。
方法はハイキングの入山料で稼ぐのだ。
そのためには少しばかり、山のルートを整備しなければならない。
そのお金を捻出すべく、母のドレスを少しでも高く買い取ってくれる店を探しに、王都にきているのだが・・・。
悲しいかな、見た目が子供過ぎて、店員に舐められた。
100万レニーのドレスを僅か500レニーと買い叩かれる始末。
ここは撤退を余儀なくされた。
無策で来たのが間違いだったわ。
そう、レティシアは店に入った時から勝負に負けていた。
『子供が何の用なの?』
と、店員のあからさまな嘲笑に、気弱になったのだ。
この悔しさ、見てらっしゃい!! 次は絶対に勝ってやる。
さらに・・・、勝ち気な根性がなければ、心折れるような帰り道が待っていた。
栄えている領地には、王都から領地まで、馬車の定期便が出ている。
だが、ルコント領には馬車便など1便も通っていない。
私って最近歩くことが多いわね。万歩計が有ったら、1日、1万歩は確実に歩いているわ。
ああ、馬車の定期便があればな・・。
レティシアは領地の力のなさに、とぼとぼと歩いて帰るしかない。いつか、わが領地にも、沢山の人が訪れ、国を代表する観光都市にしてやる!!
王都で買った、サンドイッチを片手に持って、もう片方には、母の派手なドレスが入った袋を抱えて帰る。途中で幌馬車の旅役者の人達に、乗せてもらっていなければ、夜通し歩く事になっていた。
旅役者の人たちに、領地の近くで下ろしてもらう。気のいい彼らは、ルコント領の二つ先に行って、劇をすると言っていた。
栄えたなら、是非来てもらいたい。
いつになるかは知らないが・・・。
悔しい思いをした昨日の今日というのに、レティシアは朝一で、マイクの家を訪れていた。
そして現在マイクが、困惑の表情を浮かべている。
「ワシが王都に行って、貴族の真似なんぞ出来るわけがない」
「大丈夫よ。私の父より貫禄があって、立派な領主に見えるもの」
レティシアが必死にマイクを言いくるめようと、あの手この手でおだてている。
「一目見て、すぐに見破られるわい」
「そんなことないわ。堂々とした風格は、そんじょそこらの貴族よりも、気品が溢れているわ」
「・・・そうかのぉ?」
(――おおぅ、いい感じ。もう一押し)
「それに、その顔つきは伯爵、いやそれ以上の品格よ」
「・・・じゃあ、やってみるか」
(やったわ! マイク陥落)
と言うわけで、マイクに屋敷にあるお客様用で、一番大きい衣装に着替えてもらった。
そして、今度はマイクと二人で再び王都へ向かう。
そして先日、無様に負けてしまった店の前に立っている。
リベンジよ!!!
「本当にその台詞だけ言えばいいんじゃな?」
マイクが店の前で、怖じ気づいたのか、何度も質問をする。
「大丈夫よ、あとは侍女の私が言うから、黙ってていてね」
そう、マイクは伯爵に成りすまし、レティシアは侍女に扮して再度チャレンジで、母のドレスを売りに来たのだ。
王都の店は、総ガラス張りで敷居が高い。
だが、ここで怯んでは先日の二の舞である。
レティシアが店に入って、ドアを開ける。
レティシアが開けているドアに、続いてマイクが背筋を伸ばして堂々と入る。
マイクは緊張でねじ撒きの人形のような緩慢な動作だ。
マイクはゆっくり店員を見たが、それはまるでギロッと店員を睨んだようになった。
若い店員は、高位の貴族の威厳に満ちた態度だと勘違いし、萎縮した。
先日レティシアに、けんもほろろだった中年女性の店員は、揉み手をしながらマイクに近付く。
「まあまあ、ようこそいらっしゃました。今日はどんなご用でございましょう」
「ああ、レティー」
マイクが一言発し、あとはレティシアが店員に説明をする。
「先日伺ったのですが、覚えておいでですか?」
店員が微笑んだままで、少しマイクから目を逸らし、レティシアに移す。
「まあ、先日来られた方ですわよね。よおく、覚えておりますわ」
一流の店員は変わり身が早い。
同じ人物かと間違うほどに、今日はレティシアにも満面の笑みを向けた。
「このドレスは、ご主人様の亡くなった奥さまの物ですが、山のようにまだ屋敷に残されたままで、そのドレスを見ると、ご主人様が奥さまを思い出して辛いと仰るのです」
ここで、店員はまるで役者のように悲しげな顔を作る。
「まあ。何ておいたわしい。さぞ、仲の良いご夫婦だったのでしょう」
この店員、胸に手をやり演出が凄い。
――劇団員なのか?
レティシアもあまりの演技に、見入ってしまいそうになる。
「それで、屋敷にある全てのドレスを売却したいとお考えだったのですが、さすがに奥さまのドレスが500レニーだと説明すると、お店を見たいと仰ったので、今日はご主人様をお連れしたのです」
店員はまずいッと瞬時に判断した。この先何着もあるドレスを買い取れるかも知れない太客だ。
逃すわけにはいかないと、言葉を選んだ。
「まあ、私どもの言葉足らずで、申し訳ございませんでした。500レニーと申したのは、手付金の事ですわ。このように上等なドレスをまさか500レニーで買い取ろうなんて思っても見ませんわよ」
(この前来た時は、『うちじゃあ、こんなドレス500レニーでも高いくらいよ』って言ってたのに・・)
憤慨しながら、レティシアがマイクを見ると、マイクは朝が早かった事と緊張で、眠気に襲われているではないか。
今にも閉じそうな目を必死に開けている。
レティシアは交渉を急いだ。
「では、いくらで買い取って頂けるのですか?」
レティシアが聞くと、店員はさらさらと紙に金額を書いてマイクに見せた。
紙に書かれた数字は20万レニーだった。
だが、運悪く店員は睡魔と戦っているマイクを見た。
「ひっ!!すみません間違えました!!」
慌てて書き直す店員。
どうやら、マイクの眠そうな顔が、怒りの半眼に見えたらしい。
「これでどうでしょう?」
店員が書き直した金額は30万レニー。
ふおおお!! やったわマイクさん!!
レティシアがマイクを振り返った時、マイクがふらっと倒れる寸前だった。
倒れる寸前ハッと目が覚めたマイクは、バァンッッ!! と机を叩き、体勢を立て直す。
これにビックリしたのは店員だ。「すみません!! 40万レニーで!!」
とさらに上乗せした金額を提示。
レティシアはすかさず、「ありがとうございます。では、その金額で!!」とさっさと手を打った。
これ以上この店にいると、マイクがぼろを出しそうだ。
何とか、大金を手にした二人は屋台で買った肉を頬張りながら、今日の出来事を笑いあった。
「マイクさんが寝てた時は、終わったと思ったわ」
「ははは、すまん。途中で眠くて意識が朦朧としてきてな。必死で起きてたんだが・・・」
「でも、マイクさんのお陰で高く売れたわ。ありがとう」
レティシアが頭を下げると、「役に立てて良かった」とやっと人心地つけたマイクだった。
ハイキングに来てもらうが、それに相応しい格好を知らない貴族が多い。
バカみたいに、いつでもどこでもドレスを来てくるTPOを知らない貴族もいるだろう。
その貴族の為に、ズボン等の軽装を用意しとく必要がある。
二人は庶民の服屋に行って、少し小綺麗なズボンや服を男女ともサイズを分けて何着も買った。
靴もサイズ別で、一番安い滑らないものを揃えた。
これだけ買って10万レニーを支払い、お釣りがあった。
母のドレス一着100万レニーって本当に無駄遣いだわ。と貧乏領地に嫁いだにも拘わらず、派手な生活を続けた母の行いに呆れていた。
◇□ ◇□
屋敷の畑に水を撒いていると、大声で誰かがレティシアの名前を呼んでいる。
誰だ? と思っても全く見えない。
以前は庭師がいて、蔦が延びてもフェンスに巻きつく前に切っていたので、来客があってもすぐに分かった。
だが、庭師もいない今は、蔦がモンスターのようにフェンスを飲み込んで、外の景色も全く見えない。
諦めて、声のするほうにレティシアがいくと、マリーに似た顔の若い男が立っていた。
「すみません、俺はマリーの兄でケントって言います」
――あれ?どこかで会ったような・・・。
その男から漂う美味しそうな匂いで気がついた。
「ああーあなたは!! パン屋の無愛想なお兄さん!!」
あれ? ってことはあの奥にいた、態度の悪い店主がマリーのお父さん?マリーさんはあんなにいい人なのに。
「その節は申し訳ございませんでした」
ケントは礼儀正しく、しっかりと腰を曲げて謝罪した。
「いえ・・私の方こそ態度が悪いとか言ってごめんなさい」
ケントが礼儀正しくて、拍子抜けした。
「マリーさんから聞いて、私を訪ねてくれたという事は、私の手伝いをしてくれるんですよね?」
パン屋での態度そのままな人なら、お断りさせて頂くところだったが、きちんとして所作もいいし、こうしてみると物腰は柔らかい。
「はい、パン屋は親父と一つ上の兄がいるので大丈夫です。それに、客に対してスタッフの方が多いでしょ」
いたずらっぽく笑う。
確かに、店の中にも外にも客はいなかった。
「じゃあ、暫くはオープン準備期間としてオープニングスタッフとして働いてもらいますね」
「わかりました。で、商品は何を売るのですか?」
ケントは早く商品を確かめたかったようだが、品物はない。
「売り物?というか商品は、アレです」
レティシアが指差したのは、コート山。
「アレ・・とは?」
ケントはレティシアがどこを差しているのかわからず、キョロキョロと目が彷徨う。
「山です。アレを今度はプロデュースして稼ぎます」
レティシアの言葉に、ケントは頭を抱えた。
「マリーが褒めてたから、うっかりその気になって来ちまったけど・・・所詮は子供の考える事じゃないか」
ケントはすっかりやる気をなくし、しゃがみ込んでいる。
「ケントさん、大丈夫です。さすがに今まで山を商品として開業するのは初めてですが、勝算はあります」
レティシアの自信に満ち溢れた態度を見て、さらに弱気になるケント。
「はー・・親父に『子供のお遊びに手伝いなんているかよ』って言われたけど、客も来ないパン屋でいるより、新しく挑戦したいと出てきたのに・・・あんまりだ」
ケントは人差し指で地面に穴を掘って、いじけている。
「そうです。ケントさん。これは挑戦です。一緒に新しい試みを体験してみませんか?」
「・・・挑戦か。そうだな、パン屋にいても、新しいパンを焼かせてはもらえないし、客も来ない。いっちょ、やるか!!」
ケントの立ち直りの早さは悪くない。
営業において、一歩前進する勇気がないと、店舗開発は出来ない。
(うふっ、これはいい人材を紹介してもらいましたわ)
貴族らしからぬ顔で、レティシアがほくそ笑んだ。




