11 レティシアはマイクに恐れられる
レティシアは、ルドウィン町の商店の店主達の頑固な態度に頭を悩ませていた。
だが、ここで挫けるわけにはいかない。
社畜で終わった前世と違い、領民みんなでこの領地をやり直すのだと、決意を固めている。
商業地域を発展させ、より良い暮らしを目指してこその、豊かな生活が先にあるのよ、と見違えたルコントの領地を夢に見て、手強い店主への攻防を考える。
とは言え、本当に話を聞かない頑固者を相手に、今のところ為す術なし。
あまりにも酷い店構えを、『修理してみないか?』と言えば、『王都で流行の石造りの町並みにどうやって勝つのだ? うちも石造りにするのか? そんな金がどこにある』と出来ないの三段活用。
ーーそりゃそうだわ。
確かにどんなに修理しても木造が精一杯。今のままではお洒落な雰囲気にはならないし、石造りに建替えるお金もない。
レティシアは、2階の両親が使っていた部屋をごそごそと家捜しする。
金目の物は、無いのかしら?
出てきたのは、母が着ていただろう高そうなドレスだ。
母が若い男と逃げた時に、全て持って逃げたと思っていたが、一着だけ残っていた。
このドレス、一着買うのに100万レニーはするよね。母の散財もこの領地の経営を圧迫してたのね。
高そうなオーダーメイドのドレスを見て、自分の母親がどのような女性だったのか想像できた。
◇□ ◇□
「あのドレスを売ったお金で、お店を直せるのはせいぜい、3店舗・・。もっといい使い道はない? 元手なしで儲けが出る美味しいウハウハな話はないかしら?」
北部の水路を見に来て、水の流れを見ながらうんうん唸るレティシア。
「レティー様、凄い眉間にシワが寄ってますよ」
ポドワンが自分の眉間を指しながら、レティシアの顔真似をする。
「あら、嫌だわ。そんなに酷い顰めっ面、してたかしら?」
「ええ、子供達も怖がって遠巻きに見てますよ」
レティシアが顔を上げると、いつもは傍に寄ってくる子供達が、距離を空けてこっちを見ていた。
「怖がらせてごめんなさい。お金を掛けずにお金が儲かる方法を考えていたの・・・」
「お金をかけず・・・ですか?」
ポドワンも、一緒になって考え込み、二人の眉間のシワが深くなった。
妻のマリーが見兼ねて、「ほらほら、そんなに俯いてたらいい案も浮かびませんよ。空を見てください。今日はとても良い天気ですわ」と青い空を見上げる。
レティシアが空を見ようと顔を上げると、そこにコート山が目に入った。
むむむむ・・。
「やま・・・。登山・・・。滝・・・。・・・!! 」
レティシアがクワっと目を開き、一点集中して山を見続ける。
そして、不気味に笑いだす。
「ふふふふ、これよ!!! 入山料に、服の貸し出し、そこで飲める水、いいわ、これ全部元手要らず!!」
閃きが素晴らしく、一人で悦に入るレティシア。
そんな彼女を恐れて、子供だけでなく大人までもが遠巻きに見るのだった。
ポドワンとマリーに、これから行う事業の手伝いを頼める人を、何人か紹介して欲しいと頼んだ。
しかし、今は土地の開拓で猫の手も借りたいくらい忙しく難しいと言われる。
確かに、そうだ。
溜め池も水路も、村人総出で行っている。
「それなら、南部のルドウィン町の暇そうな奴らに声をかけたらどうでしょう?」
ポドワンが、そう提案してくれたが、現在南部の人たちに、レティシアは認めてもらっていない。
お願いしに行ったところで、断られるのがオチだ。
「うーんと・・あの人達は私を手伝ってくれないと思うよ?」
レティシアが言葉少なに言うと、マリーが元気良く胸を叩いた。
「私に任せて下さい!! これでも私はルドウィン町からこの村に嫁いで来ました。知り合いに声をかけてみますね」
「ありがとう。助かるわ」
ありがたし。こんなところに、ルドウィン町と繋がりのある人がいたなんて・・・。
マリーが女神のように見える。
「レティー様にはお世話になっているし、これくらいなんでもないわ。それに、向上心のない商売人は、いつか潰れるだけよ。あそこにいるより、ここに来てレティー様のお手伝いをした方が身になるわ」
何となく、オルネラ村とルドウィン町には見えない隔たりが存在するのだろうか?
マリーはルドウィン町から嫁いだと言っていたのに、随分と辛辣だった。
それにこんなに小さな領地で、蟠りは生まれるのか?
今聞くと、ややこしい事に巻き込まれそうな予感がしたので、ここはスルーしておいた。
今優先すべき事に集中するために、レティシアはマリーに助っ人を頼んで、土地の開拓をしているだろうマイクのもとに向かった。
マイクの家に行くと、家の外で作業をしていた。
「こんにちは、マイクさん。何を作っているの?」
「ああ、景色がいいからベンチを作ってここに置こうと思ってな」
丸太を使って、器用にベンチを作っていた。
ちょうど出来上がったところで、出来た椅子を玄関脇に置いた。
「ほら、お嬢様もどうぞ」
マイクに誘われて、ベンチに座るとみんなが開拓をしている風景が見える。
「ここは少し高台になっていて、見晴らしがいいだろう?」
「うん、しかもいい風が吹くわね・・・。ところでマイクさんは、畑を広げたりしないの?」
みんなが、水路に合わせて土地を開拓し土地改良に余念がないなか、マイクはのんびりとしている。
「これで十分だ。ここで食うには困らん。それに、水やりの重労働からやっと解放されたんだ。ゆっくりするさ」
朗らかに笑うマイクに、ほっこりする。
「私、水路を見つけられて良かった。マイクさんがのんびりする時間ができたんだもの」
「そうだな、ちょっとばかり暇すぎるがな」
そういいながら、マイクが家に入ってすぐに出てきた。
手には、二つのグラス。
「ほら、これでも飲んで、お嬢様もたまにはゆっくりした方がいい」
出されたグラスには沢山の気泡が付いている。
ーーこ、これはもしかして?
恐る恐る飲むと、しっかりとシュワワと喉に弾ける。
「マイクさん、これって炭酸よね?」
「たんさん? 名前は知らんが、山に行くと、水の神様が好きな『パキジア』って木があってな。それを水に浸けておくと、泡の出る水が出来るのさ」
なんですって? クエン酸や重曹要らず?
しかも、前世の炭酸よりもシュワワ感が強いです!!
これにレモンや砂糖を入れたら、サイダーだよね?
ああ、水と葉っぱなんて、超お得。
「マイクさん!! これを売りたい!! この作り方を知っているのはマイクさんだけ?」
「ああ、これを知っているのは、ワシだけだよ。こんな変な水を飲みたがるのはワシだけだと思うが・・・」
クワッと目を見開いたレティシア。
「マイクさん、私と商売の話をしましょう」
ずいっと近寄ったレティシアに、なぜか怯えるようにマイクが一歩引いた。
「レティーお嬢様、お前さん今、凄く悪い顔をしているぞ」
――ふふふ、これが私の本性ですわ。




