10 王子、貴族令嬢について考える
ラシュレー王国の第二王子、エルエスト・ラシュレーは現在13歳。自身に群れ集う令嬢に、うんざりしていた。
顔立ちは整った眉に、切れ長の目。光沢のある金髪は風に靡き、爽やかな初夏の新緑色の瞳で口角をあげて見つめれば、誰もがエルエストに、ぞっこんになるのは間違いない。
しかもエルエストは第二王子ではあるが、母が公爵家の王妃であることから、王太子になるのではと噂されていた為、令嬢の親達も必死に娘を売り込んできた。
第一王子である兄、ハリー・ラシュレーは2歳違いだが、母が伯爵家の側妃ということで、自らも一歩退いた考えを持っていた。
だが、王妃も側妃もその仲は良好で、お互いに王太子争いは考えてもいない。
側妃が先に嫁いでいたが、その後公爵家から嫁いで来た病弱な8歳年下の王妃を、妹のように大事に接した。
それ故、王妃も側妃を姉のように慕い、現在の良好な関係になっている。
エルエストの母である王妃などは、王の素質は我が子ではなく、ハリーが適任だと考えているくらいだ。
第一王子のハリーは焦げ茶色の髪に、落ち着いた黒い瞳は物事をいつも的確に捉えていた。
読書家で勉強好きな彼は心根も優しく、エルエストにとっても大好きで尊敬できる兄なのだ。
よって、兄のハリーを蔑ろにする令嬢達は遠ざけている。
昼間のお茶会という伴侶選びに駆り出された二人は、頬の筋肉が痙攣するくらい、笑みを貼り付けていた。
「エルエスト殿下、この宝石をご覧下さい。殿下の瞳と同じ色のエメラルドをあしらったネックレスを今日のために用意しましたの」
「ほほほ、金の亡者と呼ばれるビソン伯爵家ね。デザインに品がないですこと」
「キー!! なんですって? そう言う貴女も飾り立てた羽のドレスなんて、センスの悪さに吐き気がしますわ!!」
今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな令嬢達の勢いに、王子二人は別室に逃げ込んだ。
「はあー・・。見た目だけ取り繕う女に寄りつかれても、鬱陶しいだけだ。媚びへつらうだけの令嬢には、・・・うんざりだ」
エルエストが気だるげにソファーに寝そべれば、困ったようにハリーが宥める。
「一方的に決め付けるのはよくないよ。中には心の優しい女性もいると思うよ?」
「じゃあ、兄上は今日集まった中に、そんな女の子がいたと思うの?」
「今日は・・・いなかったな」
「でしょ? この国には傲慢な令嬢しか、もういないのさ」
エルエストが、遠い目をする。
「焦る必要はないと陛下も仰っていたし、ゆっくりと見定めればいいよ。それに、ここで見せた顔と違って、素の顔は穏やかな子がいるかもね」
兄の言葉に、弟はワシワシと頭を掻きながら座り直す。
「そうだな、直接その子の態度を見ないと分からないよね。兄上、ありがとう。やっぱり兄上はいいアドバイスをくれるよ」
何か企んだエルエストの顔は、生き生きと瞳を輝かせる。ハリーは弟の上機嫌な様子に、ほっとした。
◇□ ◇□
実行あるのみ。
すぐにエルエストは行動に移す。
エルエストは髪の毛の色を魔法で灰色に変えて、前髪で目を隠し、汚れた服装で町に出た。
いつも変装し、町に出て庶民の暮らしを視察しているが、今日の目的は別にある。
ベルモニ侯爵令嬢のポーラが、庶民の暮らしの手助けをしに、自ら町に出て、貧しい者達に施しをしていると、彼女から聞いた事を直接確かめに来たのだ。
「本当に、あの着飾った高慢ちきな女が町に現れるのか? 本当だったらギャップ萌えだな」
ポーラの出現を待っていると、侯爵家の立派な6頭仕立ての馬車が、町中の狭い道を占拠した。
そのせいで、荷車を押す少年が通れなくなっている。
だが、そんな事はお構いなしだ。
降りてきたベルモニ侯爵令嬢もド派手な衣装で、ドレスの裾を引き摺りながら歩いていく。
「なんだあのドレスは?! あの格好でどこに?」
町とは全くそぐわない格好で、ご令嬢が入っていったのは、近頃、斬新なデザインで有名になっている宝飾店だ。
町にあの衣装で現れるとは・・と呆れつつも、今は道を通せんぼされて往来を行き来できなくなった荷馬車や、荷車を優先させようと、侯爵家の御者に話しかけた。
「ここに、この馬車を道のど真ん中に置いていると、交通の邪魔なので少し先の道幅が広くなっている場所まで移動してくれませんか?」
だが、御者はギロリと高いところから見下しただけで、再び前を向き取り合わない。
ここで、馬がいきなり3歩下がった事で、荷車の少年がバランスを崩して、積んであった果物を転がしてしまった。
エルエストやそこにいた人々が拾うと、ちょっとした騒ぎになった。
その時、店から出てきたポーラが散らばった果物に顔を顰め怒りだす。
「この騒ぎは一体何なの? そこの者達、私の前を汚い格好で横切らないで頂戴」
そう言うと、御付きの騎士達に果物を拾う人達の排除を命じた。
エルエストが待ったを掛ける。
「ちょっと待ってくれ。まだ沢山の果物が落ちているんだ。拾ってからにしてくれ」
だが、ポーラはまるで汚物を見るように眉をひそめ、エルエストから顔を背ける。
「私に声を掛けるなんて、汚らわしいわ!! この者共を近寄らせないで!!」
「お前達、目障りだ!! 退け」
騎士達は無抵抗の人々を剣で追い立てた。
まだ、沢山の果物が道に残っているにも拘わらず、彼女は馬車に乗り込むと、馬車を発車させた。
道に転がっていた果物は馬に踏まれ、馬車の車輪に轢かれて見るも無惨な事になってしまう。
原型をとどめない果物を前に、しょんぼりと肩を落とす少年に、町の人々が口々に声を掛ける。
「酷えよな。あれ、侯爵家のご令嬢だろ?」
「最近、貴族の女ってあんなやつばっかりだな。お前も運がなかったな」
「そうだな、どうせ訴えても泣き寝入りだぜ」
貴族という人害が通りすぎた後には、人々の憤りと砕けた果物が残った。
「あれが、あいつの町での素顔なのか。どこが慈悲深いご令嬢なんだ」
その後エルエストは侍従に金を持たせて、果物の損失を少年が払うことのないようにした。
この事件後も、何人もの令嬢の町での行動を見たが、それは酷いものだった。
そのくせ、夜会などで会う令嬢は、どれ程自分が優しく謙虚であるかを滔々と語るのだ。
ポーラなどは、「先日、わたくしの馬車に飛び出してきた少年が、果物を落としてしまったの。わたくし、少年の果物を拾って差し上げましたのよ」とありもしない嘘を平然と言ってのける。
エルエストは堂々と嘘をつく女に驚愕した。
この女はもしかして、舌が5枚くらいあるのではないか?と疑うほどにその後も饒舌に語る。
「兄上は、あれ程までに嘘を語れる令嬢達をどう思われます?」
「ああ、ゾッとするね」
ハリーは微笑んだまま答えるが、その肌には鳥肌が全身に立っている。
王子二人は、貴族令嬢の本質を見て、失望と恐怖が重層されたのだった。




