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01. 進級試験 前編


 誇りを(Superbire.)


 ——古戦場ハーマキア丘陵、槍の碑より




 かあん——


 かあん——


 と鐘が鳴った。始業の鐘だ。


 いよいよ来た。シラは最悪の気分だった。袖の下の短杖(ワンド)をぎゅっと握りしめる。ああ、これから惨めな思いをするのだ。やばいってもう。私には無理だ。どうしたらいいの……


 インヴァーヘルム魔導院東棟の第二実習室には、四十名ほどの生徒たちが集まっていた。黒花の徽章を佩用しローブに身を包んだ彼らは、シラほどではないにせよ、緊張した面持ちだ。だが彼らには『つぼみの二年』を超えた自負がある。()()をしたシラとは違うのだ。


「大丈夫かい、シラ」男子生徒のトリスタンがシラを気遣う。「顔が青いよ」

「平気…‥です。ありがとうございます、トリスタン」


 シラはトリスタンとは関わりたくなかったので、手短に済ませようとしたのだが、トリスタンは「もし具合が悪くなったら遠慮せず僕に言ってほしいな。心配だからさ」と優しい声音ではにかむ。

 ふん、と。

 ローズマリカという女生徒が、視界の端で、不快そうに鼻を鳴らした。赤毛に翠眼、成績優秀な迷宮伯家の令嬢だ。


「まあ、シラさん。確かに随分とお顔色が悪いですわ。まさか試験を前にナーバスになられていらっしゃるのかしら?」

「はは……まあ、そう……です。ローズマリカさん」

「あらあら。しかしご心配なさるのも無理ないのかしら。失礼ながら、なにせ確かシラさんは学年最下位……進級も危ういとお聞きしていますわよ?」

「ローズマリカ」と困り顔のトリスタンが咎めた。「彼女は今までちょっと調子が出なかっただけさ。大丈夫、シラは進級できると思うよ」


 むっとしたローズマリカが何か言おうとしたところで、ぎいい……と。

 実習室のドアが不吉な音を立てて開いた。かつかつ靴音をさせながら、痩せた中年の教授が教卓につく。


「皆揃っているだろうな、愛すべき愚かな聴講生諸君。ご機嫌いかがか」


 ハーポ・アダムズ教授が、陰気に湿ったような瞳でシラたちを睥睨した。"腐肉軍団(キャリオン・アーミー)"のハーポ。黒学科(セーブル)における死霊術の講師だ。ということは、試験の内容は死霊術ということ。シラは卒倒しそうだった。終わったー。はい終わったー。死霊術がいちばん苦手なのに! まだ降霊術のほうがマシだった……


「さあ、実技試験の時間だ。言うまでもないが、先日の筆記試験と合わせ、この試験によって君たちが進級できるか否かが決まる……私にとっては心底どうでもいいがね。せいぜい踏ん張るがいい。では試験の内容を発表する」


 ハーポは手鐘を鳴らした。すると数人の亜人たちが、がらがらと真鍮のワゴンを押しながら実習室に入ってくる。ワゴンの上には髑髏が山と積まれていた。本物の人骨だが、皆がそれを当たり前のように受け入れる。黒学科(セーブル)の聴講生にとっては見慣れたものだ。

 が、当然シラにとっては怖い。普通に忌避感があるし、触りたくもない……


「一つ寄越せ、亜人」


 亜人。猿と犬を掛け合わせたような、醜い種族。その一人がハーポに髑髏を恭しく渡す。ハーポはそれをひったくり、亜人を殴りつける。


「のろまだ、愚図が。……さあ諸君! よく見ておきたまえよ。君たちにやってもらうのは『これ』だ」


 まず過集中(チャネリング)。精神を集中させ、魔術が行使できる領域まで意識を()()()古上語(ハイリティン)を用い、ハーポは朗々と咒文を唱えてみせた。構築された術式のとおりに、(マナ)模倣子(ミーム)に干渉し、理が歪められていく——


 パキパキという異音。頭蓋骨から()()()()()()。脊椎から肋骨が生え、肋骨から徐々に腕や腰の骨が生える……やがて人体模型のように欠けるところのない骸骨(スケルトン)となった"それ"は、


「跪け」


 というハーポの命令に従った。


動死体(アンデッド)の作成……全身の骨が綺麗にそろっているならば易しいが、今のように骨の一部から作り出すとなると途端に難度が跳ね上がるぞ。諸君には一つずつ頭蓋骨を与える。おい、配れ」


 亜人たちはやはり何も言わずに働き出す。

 シラが骸骨を手渡されたとき、パチッと強い静電気……のようなものが起きた気がした。びっくりして亜人と目を合わせたのだが——


「……? あっしに何かごぜえますか?」

「あ、いま静電気が……」

「え?」

「えっ。い、いえ……なんでもないです」


(あれ? 気のせい?)


「配り終えたか」


 ハーポが短杖を振るう。空中に、巨大な砂時計の幻影(ヴィジョン)が映し出された。


「その頭蓋骨から、私が実演してみせたように骸骨兵(スケルトン・マン)を作りたまえ。制限時間は今より二〇分。初め」


 かこん、と、ハーポの声に合わせて砂時計の幻影(ヴィジョン)がひっくり返り、砂が落ち始める。

 生徒たちが銘々に動き出す。大半は呼吸を整え、瞑想し、集中しているようであった。だがローズマリカは余裕綽々といったふうにシラに話しかける。


「どんな試験が来るかと思えば……骸骨兵(スケルトン・マン)の作成など死霊術の基礎ではありませんか。こんな試験に二〇分もいらないわ。そう思いませんこと、"黒頭巾(ブラックフード)"さん」

「……そうかもしれませんね」


 黒頭巾というのは、シラに叩かれる陰口だ。いつも顔を俯かせて、目深にフードを被ってこそこそしているから。そしてそれは間違っていない。悪い意味はもちろん、いい意味でさえ目をつけられたくないのがシラという人間だ。


 はい、そうです、私は根暗な黒頭巾です。

 あなたが話しかける価値もない魔術師もどきです。

 ずるをして魔導院に入学した屑なんです。

 私に構うことはあなたの貴重な人生の浪費に他なりません。本当に。できればトリスタンと仲良く高みにいってください。私はそれを地べたで見てますから……


「俗に言う"あたり年"かもしれませんわね。今年落第する方は相当な無能……ですわね?」

「あの……」シラは意を決して言った。「前も言ったけど、私トリスタンとは付き合ってない……」


 ローズマリカは最後まで聞かずに割り込んだ。


「よくも! いけしゃあしゃあと……トリスタンは絶対に返してもらいますわ。学年最下位のあなたが落第するところ、楽しみにさせていただきます。では」


 皮肉たっぷりにカーテシーをしてみせると、ローズマリカはさっさと咒文を唱えて骸骨兵を作ってしまう。聞けばローズマリカは成績優秀なだけでなく、黒学科(セーブル)赤学科(ギュールズ)を掛け持ちしている特別聴講生だという話だ。そんなすごい人が私なんかに絡まないで欲しい。シラは切にそう思っている。


(はあ……とにかく、やることはやらないと。集中して……できる…‥と思い込まないと)


 髑髏に残された(ソウル)の残滓を読み取り、よしと呟いて呼吸を深める——過集中(チャネリング)(マナ)を練り、詠唱と共に吐き出すイメージで。


 いざやってみると……それは冗談のように上手くいった。有り体に言ってシラは魔術がド下手なのに、その日、その時だけは特別だった。()()()()()()()()()——何故かは分からないがシラは直感的にそう思った。

 すっ、と体から(マナ)が抜けていく感覚。


 あ、いったわ。

 いける。

 絶対無理って思ってたけど、いける、いけるよ私……! 四年生になれるかも……!


「目覚めなさい——私の従僕」


 ゆらり、と。

 骸骨兵(スケルトン・マン)が立ち上がる。生々しい人骨の白色。うつろな黒い眼窩。知性も意志もなく、ただ命令に従うだけの随順なしもべ。


 そしてシラは告げた。

 なるべく重々しく、高らかに。


「——跪け」

「断る」

「えっ」


「殺すぞ貴様。なぜこの俺が、この広い宇宙でもっとも圧倒的に『俺』である俺が、お前などに跪かなければならんのだ? むしろお前が跪け」


「えっ。ごめん……なさい……?」

「二度言わす気か? ()()()()()()()()


 骸骨兵(スケルトン・マン)が偉そうに腕を組んだ。身長はシラと同じくらいなのに、遥かな空から見下ろされているような錯覚さえ抱かせる。混乱の極致の中で、シラは慌てて臣下のように跪いた。


 えっえっ。

 なに?

 どういうことですか⁇

tips


【魔導院】

 魔術に関する学術および高等教育機関。知識だけでなく実戦も必要になるため、大学と似たシステムだが大学とは異なり、生徒も「大学生」ではなく「聴講生」と呼ばれる。卒業時に授与されるのも学位ではなく色位であり、専門課程を修了した際には博士(ドクター)ではなく導師(ウィザード)と呼ばれる。


 最初の二年間は「つぼみの二年」といわれ、魔術の基礎を学ぶ。初年生を修了すると欠色の色位と《杖》を与えられる。杖は免許であり、限定的な魔術の使用が許される。ここで院を辞める者も多いが、二年生に進級すると「花の六年」が始まり、自身が希望する色の学科に進む。

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