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メトシエラの剣  作者: 赤坂 七夕
24/32

22話 高みを目指す者

オリジナルの動植物や設定、専門用語等は後書きにまとめますので、気になった方はぜひ読んでみてください。


 また、気になる言葉などございましたら、追加いたしますのでコメントなどお気軽にして下さい!

 ヴィスカム王国は酒の流通とリヤド町近郊の魔獣が出現する森林に着目し、リヤド町の街づくりを3年前から強化している。

 国立リヤド騎士学院はその中の計画で最初期に建設され、教官長にはヴィスカム王国出身者で元帝都防衛部隊(ホグウィード)上級二等であったセダム・ドルファが勤めていた。彼の影響は凄まじく、酒造だけが取り柄だったリヤド町は、学院を建てたこの3年間でヴィスカム王国各地から多くの騎士見習いが通いたいと思う町へ変わり、新設でありながら毎年帝国騎士を輩出する名門になった。後数年もすれば町から街へ発展する見込みである。

 

 学院の修練場には早朝から男女問わず数多くの若い騎士見習いが自主的に汗を流していた。

 そんな彼等を白髪交じりの短髪に、口周りに白髭を蓄えた種筋骨隆々な中老の男が静観している。


 「おはようございます。ドルファ教官長」

 

 背後から少年が声を掛け横へ並ぶと、静観していたセダム・ドルファ教官長は巨幹オルクス人種特有の鋭くも優しい視線を少年へ向けた。

 

「最終日も早朝から来て下さるとはありがたいですな。――いやはや、近頃は自分の訓練だけですと代わり映えが無くなってきましてね、レン殿が来ていただいたお陰で、奴らも目つきを変えてくれましたよ」

 

 修練場全体を見渡しながら70代とは思えない強靭な腕を前に組み、セダム・ドルファ教官長は豪快に笑う 。


「こちらこそ、ドルファ教官長を含め、この2週間で手合わせをして頂いた騎士見習いの皆さんには感謝しています。やはり他とは一線を画す素晴らしい練度でした」


「そう言ってもらえると鼻が高いですな!――しかし、レン殿には驚かされました。現役の時から噂には聞いていましたが、その歳で魔唄剣をあそこまで使い(こな)すとは」


「――行く先々でお褒めの御言葉を頂きます・・・が、この1年間で帝国内の目ぼしい騎士学院を巡りましたが自分の力不足を未だ感じてなりません」


 レンは帯剣している魔唄剣を見詰め、柄頭つかがしらを優しく撫でた。

 

 セダム・ドルファ教官長は向上心を具現化した様なレンの言葉に再び豪快に笑う。


「末恐ろしいお方だ――貴殿と剣を交えてから、つくづく現役を退いてよかったと思えました」


「――何故です?全盛期を知らない俺が言うのは失礼ですが、あらゆる導術は衰えた様には見えませんし、感じませんでした。まだ現役で続けられる力がドルファ教官長にはあると――」


「俺も自分が衰えたなんて思ったり、感じたことは1度もありませんな」


「――であれば尚のこと、帝都防衛部隊ホグウィード上級二等という地位を退くには早かったのでは?」


 セダム・ドルファ教官長は胸板が膨らむほど鼻から空気を吸い、大きく鼻息を吐くと笑顔交じりに話し始めた。

「これから話す事は俺が将来有望だと判断した者にだけ話していることだが」


 レンは重要な話だと感づき、顔を上げ、目を見つめ真剣に聞き入ろうとした。


「まず、世辞ではなく、貴殿は歴代帝国騎士に名を連ねることになる。12歳でありながら、魔導剣を使用した俺と互角に渡り合った」

 

「――しかしそれは!」と格上の武装である魔唄剣を振るったレンは否定しようとしたがセダム・ドルファ教官長は首を横に振る。


「言いたいことは分かる。だが、退団する際に魔唄剣を返納した事で、武器による強さに差はあれど、現状俺の全力には変わりない、だからそこは誇ってもらいたい」


 過去を振り返るように視線を上へ向け、ゆっくりと目を閉じ話を続けた。


「かつて、辰巳たつみの風と呼ばれた冒険者をご存じですかな?」


「――いいえ」


 重要な話だと思った矢先、レンの知らない冒険者の事を、帝国騎士上級二等まで上り詰めた男が何故か自慢気に語り始めた。


「・・・奴は帝国騎士上級にも劣らない剣導術風撫流(スロエ)の使い手で、どんな劣勢な局面でも奴が加勢した途端に勝利へと変わる・・・戦局を大きく変える神風、まさに辰巳たつみの風の様な男――俺が上級四等へ昇格して間もない頃、とある魔獣を討伐する任を受け、それに加勢していた辰巳たつみの風と話す機会があった。40年以上も前の話で細かい会話は覚えていないが、今では忘れもしない言葉がある」


 ――こんなにも有望な奴等が帝国騎士という枠組みで《《腐っていく》》のは惜しい――


「――帝国騎士を愚弄されたと思った。まだ若かった俺は怒りを奮起へ変え、更なる騎士の高みを目指した・・・・・・そして上級二等へ昇格した時にはその言葉を忘れ、数十年の時が経ち偶然にも奴と帝都で再会した――」


辰巳たつみの風・・・そのお方のお名前は・・・?」


「――名はラベナル・・・ラベナル・ソイルだ」


 最近、帝国騎士団界隈で騒がれている所為でもあったが、帝国騎士の中で上位にいる2人の名前が瞬時に脳裏を過り、少し驚いた。

 そしてレンは、追ってもう1人、帝国騎士見習いでも一目置かれていた人物の事も思い浮かべる。


「お察しの通り、俺の後釜、現帝都防衛部隊(ホグウィード)上級二等ガルド・ソイルの祖父にして、ルディアの騎士の異名を持つ騎導部隊スベイン上級一等バルサ・ソイルの父、それが冒険者辰巳(たつみ)の風、ラベナル・ソイル」


 セダム・ドルファ教官長は話している内に過去の自分を思い返し、呆れた表情を浮かべた。


「かつて俺達に《《腐っていく》》と言った男は衰え、辰巳たつみの風とは呼ばれず、年老いた風・・・老い風などと蔑まれるようになりながらも冒険者を続けていたが、近々引退する事も聞いた。俺はその現状を見て、聞いて、優越だった。お前の方が腐っている。と・・・。そんな俺にラナベルが最初に掛けた言葉は――」


 ――あの時の自分は青く、思いやりのない棘のある酷い言葉だった・・・。すまなかった――


「――いさぎよい謝罪の言葉で耳を疑った。老いて牙が抜け、腑抜けてしまったのだと思ったし、今更俺の心は変わらなかった。そしてあの頃は激化した反乱軍との戦闘が続いていて、引退しアルゾワールへ隠居すると言っていたラベナルも参戦していた。

 全盛期の様な戦い方ではなかったが優雅にも見えるその剣捌きは、レン様が俺に言う――衰えを感じない――と同じ感想でしたが、体力的な継戦能力の衰えが見え隠れし、何度も敵に不意を突かれそうになるのです」


 セダム・ドルファ教官長は修練場の教え子達の方を()る。


「しかし、若い女冒険者がかつてのラベナルの様なキレのある風撫流スロエで老いたラベナルの背中を援護し、ラベナル自身も背中を預けていた。2人で当時の俺が手を焼く程の敵を次々と打ち負かしていくのを観ていると、その女冒険者はまるで老いた風を再び辰巳(たつみ)の風へと吹き返している様に観えた」


再びレンの方へ視線を戻すと口角を上げ、怒りを覚えた相手の事を嬉しそうに話し続けた。


「それを見て気付いたのです。ラベナルは腐っても、衰えてもいない。《《老い風》》なんかではなかった。辰巳たつみの風はその背中に新たな《《追い風》》を得て、全盛期以上の風撫流スロエを披露したのだと・・・そして本当に腐っていたのは、昔と同じ様な戦い方しかできず、騎士の地位に満足していた自分だったのだと」


 レンは自身が尊敬する帝国騎士が笑みを浮かべて語るその冒険者に会いたいと強く思う。


「――冒険者・・・辰巳たつみの風、ラベナル・ソイル・・・まだご存命でしょうか?」


「世界を股にかけ、帝国も他国も関係なく数えきれない人々を救った辰巳たつみの風は、アルゾワールの大樹の麓にある古屋敷で、そよ風の様にひっそりと生涯を終えた」


「・・・そう、ですか」


「だが、死して尚、ラベナル・ソイルの血と肉は腐らず、それを継いだ者達が幸か不幸か帝国騎士団の中に居る。何故俺が現役を退いたか、それはラベナルの孫、ガルド・ソイルに《《恐怖したから》》だ」


 ドルファ教官長が恐怖?


 レンには理解できなかった。

 帝国の騎士学院を巡り、未だ自分と少しでも渡り合えた者が片手で数える程しか居なかったが故に、同等の力を持ったセダム・ドルファが恐怖したこと疑問に思う。


「――それは、何故ですか?」


「――俺が数十年かけて辿り着いた場所へ、たった数年でその場所まで圧倒的な才能で押し退けてくる・・・それが怖かった。アイツは貴殿と同様、正に天才ってヤツです」


 ガルド・ソイルと同類、これから圧倒的な才能で騎士団の序列を塗り替えるであろう12歳の少年には、その理由を聞いても尚、理解はできなかった。

 

「不動の地位で腐っていた俺は退団してようやく気付けた。俺には辰巳たつみの風の様に共に切磋琢磨する相手と、その中で自分を継ぐ者を育てられていない事に」


 確かに、日々切磋琢磨できるような人物がレンには思い浮かばなかった。

 

「これからの帝国騎士団を担う貴殿や、将来有望な奴らには俺の様に腐って欲しくない、今後自分の足下から来るであろう新たな才能達に気圧される事がない様に、常に上を目指して欲しい」



「――貴重なお話を、ありがとうございます」

 

 生まれて此の方、常に高みを目指すレンにとっては正直、当然の事だった。しかし、帝国騎士見習いになる約2年後までに1人で今より強くなることは、いつか限界が来ることは薄々感じていた。

 だからこそ打開策として、この1年間で帝国中の騎士学院を巡った。

 

 結果、あまり得るものはなかった。


 レンは明日、このリドヤ町を発つ予定だが、最後に立ち寄るアルゾワール王国の首都ジカランダにある国立ジカランダ騎士学院には正直期待していなかった。

 何故なら最も手合わせをしたい相手、今年の帝国騎士選抜に選ばれたアルゾワール王国の代表者であったミネザ・ソイルは、ある日突然の失踪、噂では国外逃亡をしているという話を耳にしていたからだ。

 

 ――切磋琢磨できる相手・・・ジカランダへ向かうよりも、ドルファ教官長や練度の高いリヤド騎士学院の騎士見習の方々から学べる事の方が多く、明らかに有意義だろう・・・

 

「ドルファ教官長、もし宜しければ1週間程、この学院での滞在期間を――」


 レンが交渉を持ち掛けようとした時だった。

 帯剣している魔唄剣が独りでに淡く光りだした。


「――!?」 

「これは・・・一体、何が・・・」


 所有者のレンにも、魔唄剣に関して長けている筈のセダム・ドルファ教官長にですら、この現象を理解できなかった。


 2人はその数秒後、遅れてリヤド町の方向から、微かに得体の知れない魔導力を感じ取る。


「――ドルファ教官長、先程の件はまた後程・・・」


「レン・ローナス=ライラック殿、頼みます」

 

 視線を交わすとレンは小さく頷き、紅い眼光が尾を引き魔導力の発源場所へ駆けて行った。

 

 用語まとめ


巨幹オルクス族:巨幹オルクス人種】

 標準的な人間よりも全身の元々の筋量が多く、寿命も長い、帝国北方の従属国に多くが居住している。豪快な剣導術に長けた者が多く、逆に繊細な魔導術が苦手である。

 帝国各地ではその体格を生かした力仕事を職業にしている事が殆どで、魔導術を必須とする帝国騎士に成れた巨幹オルクス族はあまりいない。


【セダム・ドルファ】

 リヤド騎士学院の教官長。巨幹オルクス族で元帝国騎士団 帝都防衛部隊ホグウィード上級二等まで上り詰めたセダム・ドルファは巨幹オルクス族でも英雄として扱われている。

 彼の帝国騎士時代は反乱軍の活動が活発だった為、反乱軍相手に多くの戦果を挙げると帝国鉄壁のセダムとして恐れられた。

 

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