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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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17.思惑があるのか、ないのか

 ルードルフが聖花をじっと見つめる。彼の台詞が疑念から来るものなのか、単なる疑問であるのかは知らないが、遠慮がちに尋ねてきたとは思えないストレートさだ。彼女を真っ直ぐに見つめるその視線も、遠慮している様には思えない。

 だが、不思議に思うのも当然である。というのも、数か月前まで貴族ですらなかった聖花が、有ろう事か位の高い貴族と親しげにしていたのだから。例え事実が少し違っていても、傍から見ればそう思われても仕方のない状況であった。


 そもそも、ゴルダールが彼女を伯爵家に迎え入れた真の理由を知る者は殆どいない。というより、限りなくゼロに近いと言っても良いだろう。表面上の理由は用意されているらしいが、それだけでは納得しない者も中にはいる。そういう人は何故彼女なのかと不審に思っている筈だ。それこそ、聖花の出自や境遇を調べようとした者もいたことだろう。


 けれど、何も出て(・・・・)こなかった(・・・・・)。 …のだとしたら、人によっては却って怪しく見えるのかもしれない。勿論、そこで調査を打ち切る人間もいるだろう。『ただの運が良い平民に過ぎない』と。


 ――だが、果たして本当にそうなのか?

 "王太子"という称号がお飾りでない限り、そう疑って掛かるに違いない。例えルードルフが顔に出しておらずとも、突然現れた存在など怪しいに決まってるのだから。


 おまけに先日の一件もある。聖花とアーノルドが会場を抜け出した際、弟を追ってきたルードルフに二人の姿を目撃されたことである。

 あの日あの時、ルードルフは彼女とアーノルドの関係を誤認したようにも見えた。それすら演技かもしれないが、だからこそ動揺していたのだと聖花は睨んでいる。


 が、冷静になってみるとどうだろう。それならば何時どこで彼女と知り合ったのかと疑問に思う筈だ。

 幸いにも、今はまだそのことに触れていないけれども、何時何時話を切り出すかは分からない。それこそ、今のように躊躇いなく言い放つかもしれないし、もし本当に忘れているのなら、あるいは聖花とは別人であると思っているのなら、当面の間は心配ないのかもしれない。


 しかし、そんな都合の良いことが本当に起こり得るのだろうか。今頃、腹の中では疑念が渦巻いているのではなかろうか。

 リリスといつ知り合ったのか、どんな関係であるのか。それから、アーノルドとの一件―――。ルードルフに疑惑の種を植え付けるには十分だ。


 元はと言えば初め、聖花は公の場でのリリスとの接触を避けようとしていた。周囲の貴族の目もあるが、最も警戒すべきなのが他でもない隣人(ルードルフ)であったから。いくら好青年に見えても腹の中までは読めないから。

 勿論、それは見事なまでに粉々に砕け散った訳だが。密かに仲を深めようという考えが浅はかだったのだ。

 

 もしも、これを尋ねてきた人物が王子以外となればもう少し気が楽だったのかもしれないし、神経を余計に擦り減らさずに済んだのかもしれないが、結局の所それは結果論であり、ただの願望に過ぎない。


 彼はアーノルドの兄。下手な言い分は通用しないことだけは確かである。もし、正直に言えないことが多いからといって嘘をつけば、必ず何処かでボロが出る。聖花が隠し通したつもり(・・・)であっても、だ。

 万が一下手なことを口走り、根掘り葉掘り聞かれたとして、果たして今の彼女に上手く対処することは出来るのだろうか。相手が相手なだけに尚更だ。

 そうなると後に引く。それが後々彼女の首を締める恐れだってあるのだ。


 だが一つだけ言えることといえば、例え聖花が今何を言おうと、この場では彼が深く立ち入ってくることはない、ということだ。場所的にも立ち位置的にも、こんな所で踏み込む訳にはいかないのだから。


 聖花はごくりと喉を鳴らした。見透かされるような視線を向けられてか、将又(はたまた)返答を間違えてはいけない気がしたのか、そうせずにはいられなかったのである。

 しかし、ルードルフの様子は変わらない。何時もの柔らかな空気を装って、ただただ彼女の返答を静かに待つばかりだ。最早、彼の遠慮がちな表情すら聖花は妙に白々しく感じていた。



「どういった、‥‥‥とは?」


 程なくして、聖花ははたと小首を傾げた。あくまで不自然にならないように自然に、ルードルフを見つめ返す。

 そもそも、状況を目撃されていたし、初めから様子を窺っていた者もいた。嘘は以ての外、余計なことも口走らない方が良い。



(苦しいけれど、こうするしか方法が思いつかないもの)


 所詮これも、其の場凌ぎの愚策に他ならない。そんなことは分かり切っている。だが、何を言おうと不審に思われるに違いない今、咄嗟に思い付いたのがこの方法だったのだ。

 例えルードルフに思惑が無かったとしても、有ったとしても、ここまでして彼女の発言の意図が分からない訳がない。第一王子であるなら尚更、察してくれないと困る。


 ただただ静かに、聖花は彼の返答を待った。寸分さえ長く感じられるような、そんな時間だった。

 ルードルフは何を考えているのか。一向に返事が来る気配はない。いや、単に彼女が意識しすぎているだけなのか。


 程なくして、聖花の瞳が僅かに揺らいだ。彼に何か言われた訳でもなく、ましてや何かをされた訳でもない。ただ、自然と、そうしてしまったのだ。



「‥‥‥‥少々深入りしすぎましたね。やはり答えて頂かなくとも構いません」


 そんな些細な変化に気が付いたのだろうか、漸くルードルフが口を切った。手の平を返すように言葉を改めて。心なしか、先程よりも表情が柔らかい。


 対して聖花はというと、してやられた思いだった。触れたくない話題だと暗に示すだけのつもりだったのに、彼女の心まで見透かされたかのように感じたのだ。


 もう遅いだろうが、聖花は感情を抑え込んで「左様ですか」とだけ返事をした。動揺を悟られぬ、落ち着いた声色だ。


 今度は彼の顔をじっと見つめてみた。当然、それで得られるものは何もないが。困惑したような彼の視線が返って来て、見つめ過ぎたようだと聖花は視線をそらした。



(けれど、これ以上聞いてくることはなさそうね。なら、一か八か、意表をついて踏み込んでみようかしら)


 ルードルフは話を終えたと思っているようだった。それを証拠に、彼の瞳は聖花を移してすらいない。というかむしろ、一部のクラスメイトの熱い(・・)視線を感じるくらいだ。



「あの、ルードルフ様」


「どうしましたか?」


「話を蒸し返すようで申し訳ないのですが、何故そのようなことをお聞きになったのでしょうか」


 彼らの視線を無視して聖花は話を続けた。元はと言えば彼女から終わらせようと働きかけたことなのに、折角彼が話を取り下げてくれたというのに、だ。


 きっとルードルフも、彼女が終わった話を掘り起こすとは思ってもみなかったのだろう。それも、わざわざ避けようとした話題を。

 彼は一瞬ぽかんとして、直ぐにクスリと微笑んだ。不思議と目がいってしまうような、そんな穏やかな笑みだ。



「単なる好奇心ですよ。単に気になっただけ。

 それだけで十分だとは思いませんか?」


「‥‥‥‥ええ。確かに、仰る通りです」


 こっくりと頷く聖花。


 確かに、意表をつくことには成功したのかもしれない。だが、ここまで彼が揺らがないとは思ってもみなかった。仮にも王太子相手に、一か八かの賭けをすること自体が間違いだったのだ。

 だがそれで、本心を見せることなど決してあってはならない。一度やらかしているから尚更、少しの感情でも仮面の裏に包み隠さなくてはならないのだ。



「そう言えば昨日、フェルナン先生に呼び出されていましたが」


 何かを思い出したのか、ルードルフが言葉を続けた。彼女自身で掘り起こしたとはいえ、話題が逸れたことに感謝すべきか、新たな話題に辟易すべきか、聖花の表情はかたい。



「………大丈夫、でしたか?」


 話し掛けるんじゃなかったと聖花が後悔したところで、突如としてそんな台詞が飛んできた。柔くて甘い、彼女を気遣うような弱々しさだ。


 聖花は頬を打たれた気分になった。思惑も何も感じない、心から心配しているようだった。

 予想外にも程があるだろう。先程まで好奇心(・・・)でリリスとの仲を聞いてきた人間が、今度は何かを尋ねるでもなく、真っ先に心配する姿勢を示してきたのだから。

 一つ引っ掛けるのは、昨日の態度と言い、フェルナンのことを彼はある程度知っている、ということ。つまり、知った上で聖花に詳細を話さず、心配している割に軽くしか注意喚起しなかった、ということだ。

 


「はい。何事も(・・・)。状況が特殊なだけに、今度について軽く話をしただけですよ」


「そうだったのですね。昨日は、要らぬ心配を掛けて申し訳ございませんでした」


 裏を感じない真っ直ぐな謝罪だった。軽く頭を下げる辺り王族としての自覚が足りないと言われるのかもしれないが、一つ一つの所作が丁寧で、貴族特有の傲慢さを微塵も感じない彼には好感が持てることだろう。

 果たして、どれだけの人間が()の人間にこういう行為を出来ることだろう。


 聖花が言葉を続ける。



「いいえ、どうか気になさらないで下さい。火のないところに煙は立たない、というではありませんか。それと同様に、用心するに越したことはありません」

 

 実際、ルードルフの言う通り何か起こったのだが。ということは口が裂けても言えない。おまけにこんな場所で堂々と話せるような事でもない。

 聖花は軽くフォローを入れて、にっこりと微笑んだ。



「お心遣いありがとうございます。実は、まさにその通りなのです」


「…と、仰いますと?」


 やや食い気味に尋ねる。もしかすると、何かヒントとなることを話してくれるかもしれない。そう聖花は思ったからだ。



「『火のないところに煙は立たない』とでも言っておきましょうか?事情があり、詳しくお話することは出来ませんが」


 そんな聖花の様子を察したのだろう。やや悪戯げににこりと笑って、ルードルフが続けた。

 残念ながら、彼に教える気はないようだった。



(彼にも言えない事情?)


 しかし、思いもよらぬヒント(・・・)に、聖花はピクリと身体を反応させた。

 単にクラスメイトの前だったから言えなかったのかもしれない。あるいは、聖花とそこまで親しい仲ではないから話せないのかもしれない。

 けれども言葉のニュアンスを考えると、その何方(どちら)も違う気がしてならないのだ。


 ―――何かある、と。聖花がそう確信するには十分な台詞だった。

 だってそうだろう。いくら優秀だとはいえ、あの性格(ヤバさ)で何故教師を続けていられるのか。何故好き勝手していても咎められないのか。


 リリスと、ルードルフの言葉の節々を照らし合わせる。候爵であっても、王族であっても言い淀む理由。というより、言えない理由。その答えが僅かながら姿を表した。

 空想論に近い話だったことが、少しばかり現実味を帯びてきた。


 つまり彼は―――高位貴族である可能性が高い。それも、侯爵や王族に匹敵するほどの力を持つ人間。

 だが、確固たる証拠もない。"パース"という家紋はアルバ国に存在するが、確か男爵位だったことを聖花は記憶している。

 だから考えを改める。そもそもの前提が間違いだったのかもしれない、と。



(他にもパース家が存在する?それとも、お金で家紋を買ったとか?)


 隠れ蓑の可能性すら出てきた今、最早彼の出自すら分からない。過去に何があったことは確かだが、その何かが何なのか、今の聖花には見当もつかない。


 兎に角、そんな人間に聖花は目を付けられた。運悪く、あの日(・・・)あの場所(・・・・)で出会ってしまったことによって。

 自業自得とはよく有るが、彼女は何もしていなかった。本当に、ただ運が悪かっただけだ。



「―――セイカ嬢?」


 不意に、ルードルフが横から声を掛けてきた。自然とぶつぶつ呟いていたのか、彼は心配げに聖花を見つめている。

 不審に思うのも当然だ。話の途中で、いきなり彼女ひとりの世界に入ってしまったのだから。むしろ、何かあったと思わない方が可笑しい。


 漸く聖花が彼を見た。ルードルフは彼女の無作法を咎めるわけでもなく、ただただ彼女を見つめていた。

 そして言い放つ。



「何かありましたか?」


 ただ、純粋に心配しているように見えた。

 しかし、聖花が話の詳細を話すことはない。否、話す訳にはいかないのだ。それがいくら怪しく見えても、隠し通す他に選択肢はない。

 だかや彼女が今出来ることといえば、彼の言葉を否定することだけ。ただそれだけだ。



「―――いいえ、何も」


「何もと言うには……」


「本当に、何にもないのです」


 断固として否定する。人の言葉を遮るなど何とも不躾ではあるが、彼女の意志を強調するには十分だった。



「そう、ですか……。分かりました」


 ルードルフが僅かに頷く。納得はしていないようだが、兎に角これ以上追及することは止めたらしい。まあ、こんな態度を取られてしまえば、余程のツワモノでない限り、誰だって引き下がるだろう。


 聖花がほうと胸をなでおろす。のも束の間、彼女は不意に背筋が冷えるのを感じとった。


 人目を気にしつつも、スゥッと辺りを見渡して、周りの様子を確認する。こちらを見ていた者と目が合ったが、彼らは聖花の探している人ではない。



(確かに、いたのに‥‥‥‥‥もう気配を感じない)


 聖花は密かにため息をついた。結局、一通り探しても、その人物を見つけることが出来なかったのだ。

 ……あんなにも刺すような殺意を向けて来る人物を。

『面白い』『今後の展開も読みたい』などと

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