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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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16.「僕は君のこともっと知りたい」

(思いの外時間が経っていたようね)


 辺りをちらと見回す。

 聖花は二人と別れた後、何ら迷いなく校舎内に戻った。元はと言えば、彼女はアーノルドと会話をする為に態々(わざわざ)早く登校して来た訳ではない。そうでなくて、彼女はもっとリスクの(・・・・)高いこと(・・・・)をしようとしていたのである。

 有り体に言うと、情報収集と能力の把握―――。これだけ聞けば普通のことかもしれないが、そのやり方が危険なのだ。

 それこそ、彼含め誰にも見られる訳にはいかない。


 聖花が真っ先に考えたのは情報をどう集めるかだった。何事においても、情報がある方が有利に事が進む。例え些細なことであっても。

 情報は、言わば貴族たちにとっては金脈だ。益ともなるし害ともなりえる、命綱のようなもの。

 だからこそ、聖花はそれを欲した。味方を増やすにせよ、敵を抑え込むにせよ、何もない(・・・・)彼女にとって情報は必要不可欠なのだ。元平民だからと舐められていては困る。

 とはいえ、情報を集めるにせよ限度がある。書物に記されたことは大抵の貴族が知っているであろうし、知らずとも彼らを揺さぶることは出来ない。一般書に"隠すべきこと"が記されている訳がないのだから。


 アーノルドに聞くことも思いついた。きっと王族ともなれば、殆どの貴族が知らないことでさえ知っていることだろう。

 けれど、それでは意味がない。何故そんなことをしているのか彼にだけは悟られる訳にはいかないのだ。確かに、彼は今のところ裏切らない。聖花が『カナデ(闇属性保有者)』である限り切り捨てることはない。

 しかし本当のことが知られてしまうとしたらどうだろう。聖花が『カナデ』ではなく、その地位を取り戻すために動いているのだと知ったら―――。


 だからこそ、行動に移すことに意義がある。聞き込み(盗み聞き)も情報収集には適しているが、何より彼女自身の手で調べ上げることが大切なのだ。


―――例えそれが犯罪まがいのことであっても。

 

 しかし、今日ばかりはどちらも出来そうにない。アーノルドと話している間に、かなりの時間が経過していた。場所移動とカナデの乱入が膨大な時間ロスになったようだ。廊下には、チラホラと生徒の姿が見え始めている。

 これでは、行動に移すのは不可能だ。

 

 潔く諦めて聖花は教室へと向かった。当然、彼女に話し掛けてくる者はいない。



(アナにリリー‥‥‥‥、それからシャンファ。彼女たちはどこにいるのかしら)


 ふと、友人(・・)の姿を思い浮かべる。マリアンナだった頃できた友人と、カナデと入れ替わってからできた話し相手。タイプの全く異なる彼女たち。

 何故今それを思い出すのかは分からないが、どんな状況であれ聖花に心置きなく接してくれた彼女たちは大切な人なのだ。シャンファとは少し(・・)相容れない点があるが、それでも関係を築いていけたらと聖花は心の何処かで願っていた。


 間もなくして聖花は教室に荷物を置いた。教室までの道のりは長く、物淋しいものであったけれども、実際には大して時間は経っていない。


 気持ちを切り替えるつもりで、彼女はリリスの席を見つめた。昨日のことを思い出せば気が紛れると考えたのだ。



「―――ねえ、誰か探してる?」


「‥‥‥‥‥いえ。リリス様がいらっしゃらないな、と」


「へぇ。そうなんだ」


 聖花は漸く違和感を覚えた。無意識に独り言を言っている気でいたが、考えてみれば背後から声がするのは可笑しい。それも、明らかに受け答えしているし、声が彼女のものではない。

 ハッとして、聖花は声のする方に顔を向けた。



(やってしまった‥‥‥‥!!!)


 まさかの本人の前で、問題発言をしてしまうという失態。入り込みがあまりに自然で、途中まで彼がいることに聖花は全く気が付かなかった。

 いつの間にやって来たのか。



「‥‥‥‥おはようございます。リリス様」


 落ち着け―――。そう自身に言い聞かせて、聖花は言葉を紡ぐ。こんなことで焦っているようでは話にならないのだ。

 が、リリスは何事もなかったかのように緩やかに微笑んだ。今さっき、不意打ちを仕掛けた人間には思えない。



「おはよう、セイカ。今日は早いんだね」


「‥‥‥‥名前呼びはお控えください」


 すかさず聖花が訂正する。叉も自然すぎて無視しそうになったが、これだけは軽々しく無視できない。侯爵位の人間が、伯爵位――それも身分不詳(恐らく平民)――の異性に親しげでいること事態目立つのに、不特定多数の人間がいる空間においてソレを聞かれると大変なことになる。

 話すこと自体はまだ良い。いくら嫉妬されようが、クラスメイトとして必要な連絡をしていたと言えば疑いや不満はあれど深く追及は出来ない。


 まあ既に、聖花にとっては彼が気配なく背後にいたこと事態が大問題なのだが。



「ところで、何時から後ろにいらっしゃったのですか?」


「何時からって言われてもな‥‥‥‥。つい先程としか言いようないよ」


 リリスが困ったような顔をする。それを真に受けるのならば、聖花が席に着いた辺りから傍にいた、ということになる。

 それ即ち、彼女よりも早く教室にいた可能性が高い、ということだ。普通リリスの存在感であれば入室時点で気が付きそうなものだが、もしかすると本当に気配を消していたのかもしれない。



「‥‥‥‥‥私に何か御用でしょうか」


 考えるだけ無駄だ。尋ねたところで応えは出ない。だからこそ、聖花は話を変えることにした。



「用?‥‥‥‥ふふっ、違うよ。単にお喋りしたいだけ。

 僕は君のこともっと知りたい」


 ケラケラと笑って、リリスは天真爛漫な笑みを浮かべた。無邪気で、無垢な微笑みだ。真っ直ぐな視線を聖花に向けていて、そこに意地悪さは微塵も感じない。

 きっと、多くの令嬢がこの笑顔に絆されることだろう。


 しかし聖花はピシャリと言い放った。



「誤解を招くような言い方はお止め下さい。そもそもリリス様ほどの方となれば、話し相手など大勢いることでしょうに」


「つれないなぁ。そんなに僕が嫌?」


 不貞腐れるように首を傾げるリリス。この表情も計算してやっているとしたら、一体どれだけの腹黒だろうか。そればかり聖花の中に浮かんで、彼女は逆に冷静を装うことが出来た。

 そもそも裏表のある人が聖花の周りに多すぎる。貴族がそう云うモノなのかもしれないが、少なくとも高位の者の方がその傾向が強い気がしたのだ。

 自身の身を守る為に、自身の威厳を示すために仕方のないことなのかもしれないが‥‥‥。何せ油断は出来ない。



「嫌という訳ではございません‥‥‥が、少しは場所というものを考えて下さい」


「ここは学園だよ?」


 すかさずリリスが返す。言われてみればその通り、ここは社交界の場でもなければ、公的な場でもない。厳密に言えば単なる学び舎で、本来であれば生徒全員が平等でなくてはならないのだ。

 果たして、それが守られているかは別であるが。



「ほらセイカ、座って座って」


「ちょっ‥‥‥‥」


「良いから早く」


 半ば強引に、自身の席に着かされる。抗議しようと口を開くも、時すでに遅し。気が付けば聖花は難なく席に着いていた。


 一体何事かと思う間もなく、真横から椅子の引く音が聞こえた。カタカタと、微細な音が耳に入る。



「王子さまが来るまでだから、ね?」


 顔を横に向けると、リリスが悪戯げに微笑んだ。

 彼を止める者はいない。聖花も、ひいてはそれに気付いたクラスメイトでさえ黙ってその様子を見ている。

 彼女は諦めたように彼を見て、クラスメイトは状況が呑み込めぬ状況で二人を見つめていた。ある種、名前云々よりも取り返しの付かない状況だ。

 もはや聞き間違えでは済ませられない。


 席に着いたリリスは頬を赤く染めて、小さく小さく呟いた。



「羨ましいな――」


「はい?」


 聖花は思わず聞き返す。唐突な台詞(セリフ)がやけに耳に残ったのだ。聞き間違いであるかも知れない――そう思い、彼女はリリスをじっと見つめた。



「羨ましいなって。‥‥‥‥‥‥‥‥‥ここなら何時でもセイカと話せるでしょ?」


「誂うのはよしてください。そんなことをしに来た訳では無いでしょう?」


 何だ今の謎の間は。そう思いつつ、聖花はやや呆れた口調で言い放った。兎に角、誰かに聞かれる前に彼の問題発言を止めなくてはならない。

 現状、行動そのものは見られているが、会話の内容まで把握している者はいない。位置の遠さと、彼らの反応の弱さ(・・)から、聞こえていないことはある程度予測できていた。



「僕はセイカと仲良くしたいだけだよ?」


「‥‥‥‥‥もうそれで良いです」


 頭痛がするのを感じながら、聖花は諦めたように呟いた。これ以上、口論を続けても意味がない。闇雲に揉めていれば悪目立ちするだけだ。


 元々、彼とは近い内に密かに接触する予定があった。だから関わりを隠していても、何れ誰かに勘付かれたことだろう。単にそれが前倒しになっただけだ。

 ‥‥‥‥と、何度も自身に言い聞かせる。今更知らぬ存ぜぬを貫くことは不可能だ。



「とはいえ、やはり身分の違いは考慮すべきです。お願いですから、誤解を招く行為、ひいては行き過ぎた行為は人前でしないで下さい」


「僕は気にしないよ?」


「リリス様がそうでも、他の方は違います」


 戒めるように言い聞かせる。まるで主に助言する側近のように、聖花は一つ一つ丁寧に事の重大さを説いた。

 それでも態度を変えずに話を振ってくるリリスに振り回されていると、不意に彼が教室の入口へと顔を向けた。



「―――席の主が来たみたいだ」


「席の主‥‥‥‥。ああ。ルードルフ様のことですか」


 リリスの視線を追って、聖花が呟く。教室に入るなり、大勢のクラスメイトに囲まれたルードルフは相変わらずの人気ぶりを発揮している。

 リリスも人気だが、彼ほどではないだろう。だからこそ、どうやって音もなく聖花に接触できたのか不思議でならないが。


 並んで様子を見ていると、偶然にもルードルフと目が合った。一瞬、彼は目をパチクリとさせてリリスと聖花を交互に見た。

 直ぐに視線を戻したが、間違いなく二人に気がついた筈だ。



「僕は席に戻るね、セイカ」


 何かを察したのか、リリスが席をさっと空けた。僅か数秒で自身の席へと戻る彼。何とも素早い動きだ。

 一人取り残された聖花は、リリスをチラと見て黙り込んだ。


 ルードルフは、想像していたよりも早くに席へとやって来た。どうやって人集りを捌いたのかは知らないが、席にやってくるなり彼は彼女に挨拶した。



「‥‥‥‥‥あの、不躾ながらお伺いしますが、ティーザー侯爵子息とはどういったご関係でしょうか?」


 軽く挨拶を交わしたところで、彼は躊躇いなくそう言い放った。

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