15.謎は深まり
(カナデ―――!)
聖花は目を剥いた。昨日の今日、それも最悪のタイミングで対面することになろうとは。
事のあらましを知っているだけに、アーノルドもマリアンナとの繋がりは隠しておきたい筈だ。故に、自然とその可能性を聖花は除外していたのだ。彼女は来ないだろう、と。
しかし実際はどうだ。現に今、彼女はこの場に現れた。予期せぬ存在に困惑しているようだが、聖花の正体に気付いた素振りはない。髪の色も違うし、目の色も顔そのものも元と違うのだから当然といえば当然だ。
だが、警戒はする。必ずしも正体がばれない訳ではないし、勝手にマークされようものなら厄介この上ない。‥‥マリアンナの時のように。
カナデは狡猾だ。狡猾で、不道徳的で、手段を選ばないアーノルドのような人柄。しかし彼とは確固として違うものがある。上手く言い表せない、本質的に違うもの。
恐らくそれは、フェルナンともまた異なる。
聖花はアーノルドをちらと見た。やけに落ち着いていて、彼の狙いが分からない。仕組まれたことなのか、単に彼の性質なのか。
いや、そもそも前提から違うのか。この状況が起こり得る可能性――アーノルドが聖花とカナデを対峙させようとした可能性――を聖花は勘繰っていた。
しかし、よくよく考えてみると実に不確かで現実味のない可能性である。偶然出会ったからここにいるのであって、そもそも聖花が引き止めさえしなければこんなことにはならなかった。その上、彼が聖花を切らない以上、利に対するリスクが大きすぎるのだ。
アーノルドの落ち着き具合にも説明はつく。出会った時から、彼は真の感情を表に曝け出すような人間ではなかった。最近は少しだけ覗かせてくれることもあったが、基本何を腹に抱えているのか分からない。
つまりは、急な出来事に頭の理解が追い付かず、余計なことを勘繰ってしまった訳である。
「‥‥‥‥‥‥セイカ・ダンドールと申します」
目の敵を前にして、問い詰めたい気持ちもあるし、今でも心の何処かに恐怖だって残っている。けれども、落ち着かなければならない。
一呼吸おいて、聖花は淡々と呟いた。息を吐くようにゆっくりと、透き通るような声色で。
そもそも、十分な準備も出来ていない上での対峙。それも、完全にイレギュラーな状態なのだ。感情を抑え込みはすれど、とても歓迎できることではない。
兎に角これで、聖花は一つのアドバンテージを失った。それは、彼女が一方的にカナデを知っているという状況だ。正体がバレていないにせよ、これが大きな痛手であることに変わりはない。認知の仕方も最悪である。
アーノルドと彼女の関係も秘密裏に探るつもりだった。けれど、それすらも破綻してしまった。いや、聖花が彼に話し掛けた時点で破綻していたのかもしれない。
余計なことを口走らないよう、敢えてマリアンナを注視する。今はその時ではない、と自身に言い聞かせて。
対する彼女はというと、僅かに眉を顰めて聖花を見た。
「‥‥‥‥‥ダンドール?今ダンドールって言った?」
特におかしな事を言った訳でもないのに、不意に素っ頓狂な声を上げるカナデ。その様子に不審感を覚えつつも、聖花は小さく頷いた。
何か引っ掛かりを覚えているのか、カナデは暫くの間小首を傾けていた。アーノルドも彼女を凝視している。顔には出さぬが、急なマリアンナの反応に驚いているのだろう。
ハッとして、彼女はわざとらしく顔を落とした。今更演技したところで遅いと感じるのは聖花だけではない筈だ。
「申し訳ございません。つい、‥‥‥‥。ところで、お二人はどうしてここに?以前から面識があったのですか?」
急にしおらしく謝ったかと思うと、今度は怒涛のように尋ねて来た。一見聞くことを躊躇っているように見えるが、興味津々であるのが丸分かりである。
表情をコロコロと変えて、感情を惜しみなく曝け出して、あたかも以前までの誰かを見ているようである。
「―――偶然だ」
聖花が答える前に、ずっと黙りだったアーノルドが口を開いた。
対する聖花は何もコメントすることが出来ない。何を言い出すのかと気を揉むばかりだ。
「偶然?」
「ああ。このような外れた場所に一人でやって来たら無視できないだろう?」
当然のように言うアーノルド。流石にそれでは誤魔化しようないだろう。そう聖花は感じていた。そもそも何故アーノルドが此処にいたのか、何故聖花がこんな所に来たのか。言い訳するにしてはやや苦しいような気がしてならないのだ。
マリアンナはすかさず口を開く。
「そう、でしたか。‥‥‥‥アーノルド様はお優しいのですね」
聖花の心配は杞憂だったようだ。アーノルドに同調した彼女は、納得したように頷いた。
そもそも事の顛末に興味を持っていないのだろう。不審に思う様子も、聞き返す様子も見受けられない。
が、どうやら上手くいったらしい。
余計な口出しは不要だ。聖花はそんな二人のやり取りをひっそりと伺っていた。気配を消すかの如く音もなく、ただ静かに。割って入ることも出来たが、却って面倒なことになる予感がしたのだ。
ここまで来ればむしろ、聖花に出る幕はない。声を掛けられるまでは黙って動向を伺うべきだと。
そうしている内に話は進む。薄っすらと嫌な予感がし始めた時、マリアンナが聖花をじっと見た。不審に思う間もなく、聖花の傍まで駆け寄る彼女。
不意な出来事にびくりと肩を震わせて、聖花は彼女を凝視した。いくら何でも距離が近すぎるのだ。
「ね、カナデさん。私、貴女ともお友達になりたいです。‥‥‥‥‥駄目でしょうか?」
聖花の口が僅かに引き攣った。一見他意はないようにも思えるが、相手は何せあのカナデ。本心を隠している筈だ。
だとすれば何か目的がある筈だが‥‥‥‥。単に純粋な少女の真似事をしているのか、それとも他の狙いがあるのかなど、当然聖花には知る由もない。
余計な接触は避けたいけれども、これを断る言い訳が思いつかない。余程の捻くれか性悪でない限り、はっきり拒否することは出来ないだろう。
しかし接点が増えるのは困る。そもそも聖花は水面下で動く予定であって、直接接触する機会は最小にしたかった。中身が入れ替わっているだけで、全く関わりのない赤の他人という訳では無いからだ。
友達という名目。それは大きなメリットであり、デメリットでもある。カナデのことを把握する良い機会かもしれないし、却って自身に害を齎す毒となりえるのだ。
「少し落ち着け。彼女が驚いているではないか」
「あっ、申し訳ございません!」
聖花がフリーズしているのも束の間、アーノルドが横から口を挟む。どうやら助け舟を出してくれたらしいが、真相は分からない。
だって、彼の距離感もおかしいのだ。マリアンナの耳元で囁くようにして、彼女を聖花から引き離したのだから。
(他に方法はなかったのかしら‥‥‥‥‥)
聖花は遠い目をして彼を見つめる。話をあやふやに出来たことは良かったが、他にやり方というものがあるだろう。
マリアンナはというと、口元をぷるぷると震わせて必死に何かを堪えていた。まさか照れている訳ではあるまい。
そんなマリアンナを一瞥すると、アーノルドは聖花に視線を向け直した。当然、目が合うことは避けられない。
少しの違和感を覚える。彼が僅かながらに感情を顕にしていたのだ。
アーノルドは口を動かして、聖花に意志を伝えた。「ここはもう行け。後はやっておく」と――そう言っているように見えた。
しかし、どうしてだろうか。他愛もないことの筈なのに、聖花は何処からか不穏な気配を感じ取ったのだった。
アーノルドとの関係ばかり進んでいますが、
聖花と彼のクラスが異なるため、
当分出番が少なくなるかと思います。
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