表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
66/73

14.この関係に名前をつけるなら

 草木がさわさわと揺れ動き、ふたりの来訪を歓迎する。一点に集まった木々の数々は彼らを覆い尽くすかの如く、その枝葉を空いっぱいに広げた。昨日、この場でカナデとアーノルドが密かに会話していたのだ。



「こんな、所があったのですね」


 何か言わないといけない気がしたのか、聖花がポツリと呟いた。目を(しばたた)かせる。それから、壮大な景色に見惚れているかのように、ゆっくりと辺りを見渡した。

 そんな無駄な努力などには見向きもせず、彼女の前方を静かに進行していたアーノルドは、突如として傍の木にもたれ掛かった。


 暫く放心していた聖花は、ようやく理解が追い付くとギョッと目を見開いた。何も敷かずに、それも一日が始まったばかりにも関わらず、自ら汚れにいくなど正気の沙汰ではない。



「で、で、殿下!!何をしてるんですか!?」


 思わず声を荒らげる。仮にも王子ともあろう者が一体何をしているのか。気でも触れたのかとアーノルドを凝視して、彼が僅かに口角を上げていることに気が付いた。

 又もや(からか)われていると、聖花は口を真一文字に引き結んだ。悟られぬよう呼吸を整え直して、直ぐに落ち着きを取り戻す。いくら不可解な行動をしようとも、彼のペースに乗せられている場合ではないのだ。



「セイカ。お前も座るか?」


「いいえ、私は結構です」


 思わず真顔で即答する。真剣に彼の言葉を真に受けていれば身が持たない。



「そうか。では先程の話の続きを聞こう。何か用があるのだろう?」

 

 このまま話を続けるのかと、彼女はやや引き気味に頷いた。なんて無茶苦茶なと思いつつ、指摘した所で時間の無駄だと自身に言い聞かせる。どうせ誰も見ていないから問題は無い筈だ。

 彼女は、アーノルドを見下ろす形で、引き結んでいた口を動かした。



「では、改めまして‥‥‥‥。私が殿下をお呼び止めした理由はただ一つ。ルードルフ様のことについてです」


「続けよ」


 アーノルドが続きを促す。神妙な彼女に何かを感じたのか、辺りがしんとなった。草木の揺らめきも感じない、余りに静かな空間だ。

 当然、フェルナンの話については一切触れないが、それとは別に今言うことではないのかもしれない。けれども、ずっと聖花の中で引っ掛かっていたこと。それはカナデ云々の話ではなく、その前に明確にして置かなければならないことだった。



「‥‥‥‥以前殿下は()(かた)と出来るだけ仲良くなるように、と命じられました。しかし、よくよく考えてみると余りに大雑把。殿下のことは疎か、ルードルフ殿下(ターゲット)のことすら全く知らない状況です。加えて、殿下の立場。第一王子ともなれば、周囲が放っておく筈がありません。その状況下で”仲良くなれ”というのも無理があるでしょう?」


「何が言いたい」


 単調な声色の中に、アーノルドはほんの僅かな感情を孕ませた。

 聖花を侮っていたのだろう。思いも依らぬ確信を突いた発言に、彼は少しばかり不満げに彼女を凝視した。けれども怯むことはない。淡々と、且つ冷静に聖花は話を続けた。



「つまりです。あくまでそれは建前。アレ(・・)は真の目的を隠すためについた偽りでしょう?情報なく、仲良くなれなんて無理がありますもの」


「では、その目的とやらを教えてもらおうか」


 アーノルドが凝視する。気持ちを切り替えたのかやけに落ち着いていて、まるで聖花の心を見透かしているかのようだ。

 聖花はそれを叩き落とすようにピシャリと言い放った。彼の言葉は、聖花がそれ(・・)を確信するには十分すぎたのだ。



「いえ、殿下がどういう考えであろうが興味などありません。ですが、今ので確信は持てました。無知で愚かな私は嘸かし扱い易く、しかし扱い難かったことでしょう。

 それでも手放すことは出来ない。何故ならば、貴方の計画には『私』が必要不可欠だから。‥‥違いますか?」


「――正解だ」


「随分あっさり認めるのですね」


 正直、聖花は驚いた。アーノルドならば上手く避けるだろうと予測していたから、こんなに直ぐに認めるなど思ってもみなかったのだ。



「無論だ。ここまでくれば誤魔化しようがない。種明かしするつもりはなかったのだがな」


「‥‥‥左様ですか。とはいえ、結果的に助けられたのは事実。殿下が何を考えていようと、やり直す機会を与えてくださったことには感謝しています。

 しかし、それはそれ。こうもはっきり認められるとは思っておりませんでしたが‥‥‥‥。

 今後に支障が出るとは思わないのですか?」


「計画に迷いはない。セイカが思い通りに動いてくれないというのなら、奥の手を使うだけだ。何なら試してみるか?」


「いえ。今のところは遠慮しておきます。そうしたところで、私に何らメリットはございませんもの。

 だから、暫くの間は殿下の言う通りに致しましょう。対等な(・・・)協力者として」


 そうやんわりと言うと、アーノルドは真一文字に結んだ口角を僅かに上げた。気分を害した訳では無さそうだ。



「言うようになったな。‥‥まあ良い」


 アーノルドが小さく息を吐いた。どうやら少しは認めてくれたらしい。

 不意に彼が立ち上がる。服に付いた砂埃を魔術で綺麗に払ったかと思うと、アーノルドは聖花に何かを手渡した。

 何処から取り出したのだろうか。僅かに重みのあるそれは、鈍い銀の輝きを帯びたブレスレットだ。宝石のようなものが埋め込まれており、見る向きによって色が異なって見える。



「‥‥‥‥‥‥‥これは?」


 聖花が怪訝な顔をして、アーノルドに視線を送った。彼が意味もなくプレゼントを送る筈がない。

 一見ただのブレスレット( 装飾品 )。けれども見た目に惑わされてはいけない。どれだけ綺麗であろうが、きっと何らかの魔具に違いないのだ。



「渡し忘れていた入学祝いだ。『森属性』であるセイカにとっては必要不可欠なもの。言わば相手の力を利用することの出来る代物だ。

 これで、やや劣るが俺の魔術を扱える。先ず『闇』だと疑われることはないだろう。いつ使っても良いように、常日頃身に付けておけ」


 案外その答えは直ぐに出た。聖花は成る程と思いつつ、余りに都合の良い代物に僅かに眉を(ひそ)めた。そんな簡単に他人の魔術が操れるものなのか。と。



「代償、などはないのですか?」


「セイカの身体に負担が掛かることはない。但し、無闇矢鱈に使うなとだけ言っておこう」


 聞き返されることを想定していたかのようだ。彼は迷いなくそう言い切ると、言い含めるように聖花をじっと見た。どうやら嘘を言っているようにも思えない。

 言葉の節々に引っ掛かりを感じるものの、その違和感が一体何なのか分からない今、それを尋ねる訳にはいかない。聖花はコクリと頷くと、ブレスレットを強く握り締めた。



「‥‥‥‥分かりました。遠慮なく受け取らせて頂きます」


 どの道、これは聖花にとっても有利なものであることだけは確かである。代償なく、他属性の魔術が使えるとなると願ったり叶ったりだ。

 本当にそんなものがあるのか疑いたくなるが、雲行きが怪しくなれば直ぐに取り外せば良いだけの話である。そもそも取り外せるのかその場で検証するも、何ら異常は見られなかった。そんな馬鹿らしい様子を観察されていたことだけが恥ずかしい。

 コホンと軽く咳をする。



「少しだけ気になっていたのですが、隣の席にルードルフ様がついたのも、殿下の策の一つですか?」


「‥‥‥‥‥?俺はそんなことしていない。そもそもそんなこと出来る訳がないだろう。入学に手を回すだけで手一杯だ」


「はい?でしたら何故」


 そんな偶然滅多に起こり得るものか。そう突っ込みたい所であるが、如何せんアーノルドが巫山戯ているようにも思えない。

 彼は心底不思議そうに口元に手を当てた。何かを考えているかのようだ。



「‥‥‥‥そうだな。偶然、と片付けるには出来すぎている。だが、俺の他にルードルフとセイカを引き合わせて特をする人間がいるとでも?」


「それは分かりませんが、何らかの力が働いてると考えるのが自然でしょう。心当たりはありますか?」


「特にない、が‥‥‥‥‥。やはり座席を弄れるとしたら教師が怪しいな。セイカのクラスの担任は、」


「フェルナン・パース先生です」


「‥‥‥あいつか。何か関わりは?」


「―――特にありません」


 不自然だったろうか。返答するまでに少しだけ間が開いてしまって、ちらとアーノルドに視線を送る。彼の眉はピクリとも動かない。



「成る程。‥‥調べたいことが出来た。

 一週間後、この時間にこの場で集まることにしよう。異論はないな?」


「はい‥‥‥。分かりましたが、」


「え、先客がいるの?」


 聖花が話を続けようと口を開いたとき、何処からか声が聞こえた。聖花の背後、即ち先程まで二人が通って来た道だ。

 話に夢中になっていたのだろう。彼女(・・)が話し掛ける直前まで誰もその存在に気付いてすらいなかった。

 アーノルドも、聖花も、思わずその人物を凝視する。こんなにも早く向かい合うことになろうとは、聖花は想像すらしていなかった。



「あ、貴女は‥‥‥‥」


「初めまして。私はマリアンナ。マリアンナ・ヴェルディーレと申します。ところで、貴女はどちら様ですか?」


 聖花がすべてを言い切る前に、彼女(・・)はそう名乗ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他連載作品: 今度はあなたと共に 
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ