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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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11.学生寮へ

(良かった。まだあった)


 リリスと別れてから暫くして、聖花は正面玄関へと辿り着いた。未だ張り出されたクラス名簿をじっと見て、マリアンナ( カナデ )の名前を探す。聖花と同じクラスではないようだが、彼女の名前が記されていることだけは確かである。


 恐らく、正面玄関付近でアデルが聖花の帰りを待っている筈だ。というのも、行きしなにアデルから話を聞いていたからだ。

 学園には、学生寮とは別にメイド寮というものがある。学生寮に比べて遥かに小さい寮だ。そこで多くのメイドたちが寝泊まりしている訳なのだが、当然ながら主のスケジュールを把握する必要がある。例えば、起床時刻や一日の講義の終了時刻など、それらに合わせて行動する必要があるのだ。

 そして、聖花は正面玄関で待つようにとアデルに告げていた。だから、必然的に彼女はここにいる。幸いにも正面玄関は広々としていて、合流に時間が掛かる。ただ、ピークが過ぎたのか想像よりも人が少なく、見つかるのも時間の問題だろう。



「お嬢様、セイカお嬢様!お待ちしておりました!!」


 聖花がそんな風に考えていた矢先、タイミングよくアデルの声が遠くから飛んできた。待ちくたびれたかのような大きな声だ。

 そんな声量で呼ばれてしまえば、嫌でも人目に付く。聖花の元へと慌ただしく駆けて来るアデルに一種の安心感を覚えつつも、聖花はそんな彼女を叱責するように言い放った。



「アデル。周りを見なさい」


 正直、アデルを非難したくはない。けれども言わない訳にもいかない。人が少ないといえど公の場でこの行為を看過すれば何を囁かれるかなど想像に難くない。


 聖花の指摘を受けて、アデルはハッとした様子で周囲を見渡した。視線が此方に集中していることに気が付くと、聖花に顔を向け直す。

 おどおどとした様子で、彼女は小さく呟いた。



「も、申し訳ございません‥‥‥」


 罪悪感が胸を突き抜ける。いつも通り明るく接してくれただけなのに、人前だからと叱ることしか出来ない。

 ハリボテの貴族として少しでも舐められない為には、何時でも強気でいなければならないのだ。でなければ()貴族のマリアンナに、腹黒いカナデに挑むことなど到底できそうにない。

 とはいえ、辛いものは辛い。聖花は暫くアデルをじっと見つめたあと、小さく溜息をついて「次回は気をつけなさい」と呟いた。これくらいなら問題ない筈だが、決して何度も使えるわけではない。

 アデルが頷いたのを確認するなり、聖花は軽く手を叩いた。少しばかり強張ったアデルの肩を解すように、柔らかな声色で彼女に語りかける。



「さ、この話は一旦終わりにしましょう」


 それを聞くなり、アデルはパッと顔を上げた。というのも、聖花がいつもの調子に戻ったからである。

 緊張の糸が解けたアデルはこっくりと頷いた。



「ご温情を賜りありがとうございます。この後はどうされますか?」


「そうね。疲れてしまったし、一度部屋に向かいましょう。内装も見ておきたいことだし、早めに行ったほうが良いでしょう?」


「‥‥‥左様ですか。

 では、折角ですのでお部屋までご案内致します」


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわね」


 聖花が頷く。荷物を部屋に運ぶため、アデルは一度部屋に訪れている筈である。だから、彼女は聖花よりも寮のことを把握していることだろう。

 そもそも断る理由などない訳だ。

 

 聖花の手提げ鞄を持とうと、アデルが手を差し出してくれたが首を振って拒否する。行きしなと明らかに重さが違うのだ。

 断固として譲らない聖花に、アデルは不思議そうに首を傾げつつも静かに手を引っ込めた。それから、何事もなかったかのように部屋へと案内する。


 通路は想像よりも広く、とても寮とは思えないほどの豪華さだ。寮というよりも屋敷に近いのかもしれない。

 比較的中は静かで、外出しているのかそもそも帰っていないのか、校舎にいるときとは違った雰囲気が辺りに漂っている。

 ある種、公の場ではないので当然だ。


 暫くして、漸く部屋へと辿り着いた。スペアキーを手にして、アデルが扉を開けてくれる。

 中は案外広いものの、前の部屋(ゴルダール家)と比べると大した広さではなかった。

 けれども、聖花にはこれで十分。むしろ前が余りに広すぎて此方の方が落ち着けるように感じた。

 部屋の優美さも元の部屋には劣る。しかし、派手すぎず質素すぎずで美しい内装だ。少なくとも聖花は、この部屋の方がゴルダール家よりも好ましく思えた。



「何だか新鮮な気持ち。景色が違うからかしら」


 目新しさを感じて聖花か目をパチパチとさせていると、アデルが「そうかもしれませんね」と囁くように同意した。


 鞄を手近な場所に置いて部屋を一望すると、聖花は改めてアデルと向き直った。先程の余韻が残っているのか、アデルの肩がピクリと動く。



「ごめんねアデル。さっきは強く当たってしまって」


「いいえ。私の配慮が足りず、大変申し訳ございませんでした。以後気をつけますね」


 不意に聖花から飛び出した言葉に、慌ててアデルが返答した。目を見開いて、ぷるぷると小さく震えて、安心したかのように表情を和らげて。



「これからも私の前では普段通りの貴女の姿を見せてね」


「えへへ、分かりました」


 自然な笑顔が戻ったアデルに笑い返す。



(それはそうと‥‥‥、さっき誰かに睨まれた気がしたのだけれど、気の所為だったのかしら)


 微笑みを浮かべるアデルを横目に、ふと先程のことを思い出す。


 リリスと別れてから暫くしてからのこと、聖花は自身の背後から何者かの視線を感じた。鋭く、敵意むき出しの視線。

 余裕の出てきた聖花にとって、それに気付くのは案外直ぐのことだった。それでも、最初は気付かない振りをして真っ直ぐに歩を進めた。

 が、いつまで経ってもその気配が消えることはなく、やがて耐えきれなくなった聖花は勢い良く振り返った。気の所為なのか、気の所為でないのか確認したくなったのだ。


 聖花が振り返ると、数人の生徒が辺りにいたものの、考えてみれば校舎の中であるので人がいるのはおかしな事ではない。しかし、その中で憎悪に似たものを向けてくる人間は見当たらなかった。むしろ、話に夢中で聖花を見ていないか、視界に入っていないものが大半である。激しい敵意を向ける者もいない。

 では、直ぐに懐に仕舞い込んだのか。いや、あれ程の敵意を剥き出しにして、すぐに隠すことなど困難である。


 兎に角、その後同様の視線を聖花が感じることはなく、気付けば他のことに気がいってしまっていて、彼女はすっかりそのことを忘れていた。

 あれ程気がかりであったのに、だ。

 

 そうして、聖花は考え込んだ。


 すると不意に、柔らかなハイビスカスの香りが辺りに広がって聖花の鼻孔をくすぐった。

 彼女の様子を察したのか、アデルがお茶を淹れてくれたようだ。ゴルダール家から持ってきていたのであろう、聖花お気に入りのお茶。


 使うポットの形状は違えど、舌に馴染んだハイビスカスの仄かな甘みは彼女の心を落ち着かせた。いつも、こうやって彼女が考え込むときは何も言わずにお茶を淹れてくれた。


 聖花はティーカップを片手に、ほうと息を吐いた。

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