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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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10.奏にとっての入学式 後編

前話の後半です。

 自身の記憶を頼りにして、奏はアーノルドがいるであろう場所を探した。校舎の外にある、木々の立ち並んだ庭の内の一角だ。

 あまり人の寄り付かぬその場所は、ゲーム内ではアーノルドの休憩場所でもあった。何でも、過去に学園に訪れた彼が偶然見つけたらしいが、入学後は頻繁にその場に訪れることになるのだ。

 それはマリアンナも同様で、偶然にも其処で安らぐアーノルドの姿を発見した後、しょっちゅう訪れては彼と話すようになるのだ。


 それが確か入学初日。校舎内を散策していたマリアンナが何気なく外の景色を眺めた所、木の下で誰かが休んでいることに気が付くといった内容。普通の人間ならば気になりはしても外に飛び出すことはしないだろう。

 けれどもマリアンナは違った。好奇心旺盛な彼女は、無用心にもその存在を確かめに外へと出るのだ。

 ‥‥それがアーノルドとの出会いだった。


 奏は程なくして、目的地を発見した。彼よりも先に到着してしまったら不味いと思いつつも、彼女は嬉々としてその場に近付いた。 



「何をされているのですか?」


 人がいる。そう確信が持てると、奏は早速その人物に話し掛けた。少し遠いが、きっと聞こえる距離だ。


 けれども、返事がない。まさか自身に話し掛けていると思わなかったのか、それともわざとなのか。

 それでも奏は滅気ずに彼との距離を少しずつ詰めた。それから、再び声を掛けようとする。



「誰だ」


 漸く、彼が顔を上げた。流石に場所が場所なので、何処か警戒心を孕んだ声色で彼女に冷たい視線を向ける。

 画面越しではない、想像以上の迫力に肝を冷やしそうになったが、アーノルドの攻略後の姿を思い返し、既のことでそれを飲み込む。

 それから、奏は何事もなかったかのように微笑んだ。相手の警戒心を解くように。



「‥‥‥私はマリアンナ・ヴェルディーレと申します。

 ええっと‥‥‥初めまして?」


「あぁ、貴女が噂の。先程はすまないことをした。

 私はアーノルドと言う。‥‥‥流石の貴女も知っているだろう?」


 あまりに気の抜けた言葉に警戒を解いたのか、あるいは気を張る必要のない相手と判断されたのか。彼はその場から立ち上がると、先程の様子が嘘のように態度を軟化させた。


 当然、奏はアーノルドのことを知っている。むしろ知り過ぎているくらいだ。

 けれどもここでは、世間知らずで愚かな令嬢の真似事をしなくてはならない。そうでなければ、彼の懐に上手く入り込むことなど出来ないからだ。



「アーノルド、様。何処かで聞いたことがある気がします。しかし、‥‥‥‥‥。

 不躾なことをお聞きしますが、何処かでお会いしたことがありましたか?」


「ふむ、そう来るか。‥‥‥まぁ良い」


「はい?」


「いや、こちらの話だ。貴女が気にする必要はない。

 それはそうと、‥‥‥‥‥‥」


 すると突然、アーノルドが言葉を飲み込んだ。いや、飲み込んだと言うよりはむしろ、言葉を失ったかのようだった。先程までマリアンナ( カナデ )に向けられていた視線は別の一点に集中していて、何が起こったのか彼女には想像さえつかなかった。


 木々が揺れ動く。思いの外激しかった風は彼女の髪を靡かせて自身の視界の邪魔をした。

 一方の手で髪を整えつつも、彼女はハッキリとアーノルドを見つめた。言葉では言い表すことができないほど恐ろしく、それでいて魅せられるような瞳だ。

 二度瞬きをして、もう一度彼を見た。



(気のせいか)


 ほんの少し息を吐いて、きっと見間違いだったのだろうと思い直す。いや、そうでなければならなかった。

 確かに見覚えのあるその瞳は、『異国の国の聖女(乙女ゲームの世界)』において"☓☓☓☓☓☓"を示しているのだから。

 ‥‥‥そんな物騒な話があっていい筈がない。



「………アーノルド様?どうしましたか?」


 気を取り直して、マリアンナ( カナデ )は不思議そうな表情を浮かべてそう言い放った。


 アーノルドが視線を向け直す。まるで何事もなかったかのようにあっけらかんとした様子である。



「いいや、何でもない。それよりも、貴女はどうしてこんな所に?」


「木陰で涼む貴方の姿が見えて、何をしているのかなって思って様子を見に来ました」


 すかさず奏が答える。確かこんな返答だっただろうと思い出しながら。良くも悪くも、主人公は好奇心旺盛で、余程のことが起こらない限り大人しくしていられない性分なのだ。それろ恐らく、家庭環境のせいだろう。



「そう、か‥‥‥‥」


 暫くの沈黙の後に、彼女の方を凝視してアーノルドは小さく呟いた。

 奏は僅かに頬を赤らめ、口元を少しだけ緩ませた。突然、美形に見つめられ、抑えることが出来なかったのだ。


 けれども、彼女は何とか取り繕った。暫く放心したものの、直ぐにハッとして練習通りに微笑んだ。

 そうすると、アーノルドが微笑み返してくれる。奏は心臓が跳ね、鼓動が早くなるのを感じた。致命的なことに、彼女は美形に弱かったのだ。



「‥‥‥‥マリアンナ、だったな。名は覚えた。これから(・・・・)よろしく頼む(・・・・・・)


「はい!よろしくお願いします」


 元気よく返事をしてから、奏は内心困惑した。だって、想定していたものとは異なる発言が飛んできたのだから。



(え、‥‥‥‥‥今なんて?『よろしく』?よろしくって、そんな言葉なかったじゃない。変な女発言もなかったことだし、少しゲームの内容と違う)


 少しの間フリーズして、何が起きているのかを考える。けれども当然、その答えが出てくることはない。



「大丈夫か?」


「あ、‥‥‥。いえ、何ともありません。ところで、そろそろ入学式が始まりますが、折角なので一緒に教室まで向かいませんか?」


 慌てて、アーノルドに誘いを入れる。断られないことを確信しつつも、奏は下手に出て彼の返しを見た。



「‥‥‥同じクラスとは限らないが」


「それでも、途中まででしたら問題ないでしょう?」


 ゲーム通りの返しに安心感を覚えつつ、奏はそれすらも仮面の下に仕舞い込んで微笑を浮かべた。

 この次の返しは分かり切っている。



「‥‥‥‥‥‥‥今の時間なら、人気も然程ない、か。

 行くか。マリアンナ(・・・・・)


「はい。行きましょう」


 一部異なる点はあったものの、自身の思い通りに行っているということに内心ほくそ笑みつつも、彼女はアーノルドと共にその場を後にした。



◆◇◆



「な、何で‥‥‥‥」


 『1-Δ』と書かれた札が掛けられた教室の前で、奏はワナワナと身体を震わせた。それもその筈で、想定していた所と遥かに場所が違うだけでなく、明らかに教室が異なっていたからだった。


 本来(・・)、マリアンナのクラスは『1-Α』。極めて分かりやすく、極めて覚えやすい教室名だ。乙女ゲームの内容に余り関係ないとはいえ、流石に記憶違いな筈がない。


 何より、今此処で最も不可解だったのは、未だ別れることなく傍にいるアーノルドの存在だった。彼女の知る『異国の国の聖女(乙女ゲームの世界)』では、そもそもアーノルドと同じクラスではないから、途中で別れるのが常説である。


 が、しかし、奏が『1-Α』に向かおうとすると制止され、気が付いたら何故かここ(1-Δ)まで連れて来られてしまっていた。と言うより、「貴女のクラスは1-Δだろう?掲示を見ていないのか?」と彼に告げられた手前、もうどうすることもできなかった。

 思いもよらぬ発言に己の耳を疑ったが、何せゲームとは違い選択肢などはない。迂闊に発言をすれば好感度が下がってしまう恐れだってある訳で、奏はそれを避けたかった。つまり、ついていく他なかったのだ。


 その結果がこれ。確かに、教室前に貼り出された座席表には自身(マリアンナ)の名前が書かれている。事前配布の用紙にも同様のものがあったらしいが、奏がまともに中身を確認している筈がない。


 思わず声を漏らしたマリアンナ( カナデ )に、アーノルドは怪訝そうな表情を浮かべた。何をそんなに驚いているのだろう、と。



「どうした。何か不測の事態でもあったのか?」


「い、いえ。特に何も。アーノルド様と同じクラスになれて嬉しいです。ところで、どうして私と同じクラスだと?」


 何とか取り繕って、奏は笑顔を浮かべた。これ以上余計なことを言うまいと、流れるように話を逸らす。出来るだけ自然に、出来るだけ当たり障りのないように。

 果たしてそれが効いたのか彼女には見当がつかないが、アーノルドは当然のように呟いた。



「‥‥‥‥クラスメイトは全員把握している。先程は知らない(てい)を装ったが、当然貴女のことも知っていた」


「そうだったのですね」


「ああ」


「早く入ろう。いつまでも教室の前に突っ立っている訳にもいくまい?」


 それもその通りだと納得して、困惑しつつも奏は教室の中に入った。当然、アーノルドと共に。

 入学式直前になって漸く登校して来た二人の存在は嫌でも人の目につく。そろそろ式場に向かおうとしていたクラスメイトたちは、二人に視線をやるなり、その動きをピタリと止めた。中にはヒソヒソと何かを囁く者さえいた。


 小さな囁き声はやがてクラス中に伝染し、直ぐに大きなざわめきとなった。あからさまに二人の仲を邪推したり、マリアンナ( カナデ )を悪く言うような発言をしたりと様々だ。


 ゲームとは内容が異なるものの、奏としてもこうなることはある程度分かり切っていたし、恐らくアーノルド自身も理解していた筈だ。ならば何故、彼はこのような迂闊な真似をしたのか。



(クラスのこともそうだけど、何かが可笑しい。何より、裏で事を進めるタイプの彼が、こんなに表立って目立とうとすることなんて有り得る?それこそ、好感度が高くないと有り得ないじゃない)


 好機の目に晒される中、奏は必死に考えを巡らせた。案外、思考が途切れることはなく、次から次へと考えが湧いて来る。

 そもそも、ゲームの内容から既に大きく逸れている。ルードルフと話したときに感じた違和感と言い、アーノルドの発言やらクラス分けから何もかもが違う。中には同じものもあったが、明らかに不可解な点が多すぎるのだ。


 奏はそれを不満に思いつつも、入学式へと赴いた。

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