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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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5.現実逃避と、彼

体調不良で更新が遅くなりました。

大変申し訳ございません。

 衝撃的な場面に立ち会って数分が経過し、席についた聖花は少しの間考え事をしていた。二人の関係が一体どんなものであるのか予測を立てていたのである。心の乱れを落ち着かせ、冷静に。


 決して悲観的な気持ちが消え去った訳では無いが、彼女のネガティブな考えはあくまで想像の範疇に過ぎないことである。実際、今はまだアーノルドに切り捨てられてはいないのだから、その可能性を一旦排除して考えてみることにしたのだ。

 いわば現実逃避。前向きに言えばポジティブといっても差し支えないだろう。


 そのまま、流れるように入学式が訪れた。人の流れにのって式場へと辿り着き、指定席へと座る。それから間もなくして、多くの人が列を成して、式場内へと入ってきた。


 中が多くの人で埋め尽くされると、学長の話が始まった。音を拡張する魔具を使っているようで、学長の声は式場内によく響いた。話をしていた者も黙り込み、一斉に辺りがシンとなる。

 けれども、話を聞いていない、あるいは内容が頭に入っていない者が多いようで、中には目を瞑り、頭を垂れている者さえいた。平民か、子爵辺りだろうか。


 多くの生徒にとって面倒で、退屈な時間が過ぎていく。こういう時間ほど長く感じるもので、聖花も途中から真面目に話を聞くのを止め、意識を他へと向け直した。


 アーノルドたちのことは、今はいい。聖花がそれを今考えたところで何か分かる筈がなく、自分で自分の首を締める羽目になる。

 だから、彼女が意識を向けたのは教員席の方である。教師たちの確認を兼ねて、彼女はフェルナンの姿を探した。


 ヴィンセントから、彼本人から伝えられてはいたものの、やはりその目で直接見るまでは信じたくなかった。本当にこの学園の教師なのか否か。

 けれど、そんな一抹の願いは直ぐに打ち砕かれた。大勢の教員の中に紛れて席につく彼の姿が目に写ったのである。



(‥‥‥‥‥普通にいる。て、ことは、脅し(・・)は有効だということ。‥‥‥‥やっぱり行かないといけない、か)


 余りに簡単に見つかりすぎて拍子抜けである。が、聖花にとってそれは重要なことなのだ。これで一つ、今日しなければならないことが明確となったのだから。

 幸いにも、フェルナンは真剣に学長の話を聞いている。だから、彼女が見ていることは気が付いていないようだった。


 その内、学長の挨拶が終わり、続いて、在校生および新入生の代表挨拶が始まった。聖花は、席から立ち上がる新入生(ルードルフ)と在校生の背を静かに見送っていた。やはり彼が新入生代表なのか、と感じながら。

 その時の女生徒たちの熱気はきっと気の所為ではなく、ルードルフその人に向けられたものであろう。余りに学長挨拶の時と空気が違うのだ。

 こんな所でも、彼の人気具合は変わらないらしい。


 それから、簡易的な教師の紹介や校歌斉唱など、退屈な入学式が終わった後、聖花は素早く教室へと戻って行った。誰かに絡まれるのを避けるために、出来るだけ近道で。

 案の定、教室には一番乗りで辿り着いた。彼女一人きりの教室は、広々として何処か寂しげな雰囲気を醸し出している。


 聖花は、気を紛らわす為に鞄から本を取り出した。何てことのない、一冊の小説だ。気を紛らわすには最適である。

 アデルに勧められて読み始めたのだが、予想外にシリアスなこの話は、聖花の心に不思議と刺さり、じっくりと読み進めることができた。


 彼女の今読んでいる部分を簡単に要約すると、一人の令嬢が罪を擦り付けられ、牢獄に閉じ込められた所。これだけ聞くとハッピーエンドには程遠い。が、アデルによると、最後には王子(ヒーロー)と共に国から逃亡し、二人静かに余生を送るということである。

 これがハッピーエンドかどうかは考えさせられるが、とんだネタバレを食らったものだ。


 彼女が本に熱中するうちに、いつの間にやら教室内が人で満たされ、とうとう教師までやって来た。

 皆が慌てて席に着き始めて漸く、もうそんな時間かと我に返った訳である。


 教卓の前に立った教師は、生徒たちを一望するとにっこりと微笑んだ。聖花の悩みの種のひとり、フェルナン・パース。

 その(担任の)可能性を考えていたため、彼女の中で衝撃は少なかったけれど、彼が担任であるという事実は、聖花の心をやけに曇らせた。


 彼に緊張したかのような様子は見受けられず、どこか余裕のある面持ちで、教卓前へと歩を進めていた。

 それから彼はふと、聖花の方へと視線を向ける。けれどもすぐにその視線を皆の方へと向け直した。

 彼が彼女の方を向いたのは、きっと偶然ではない。


 挨拶やら自己紹介やらを軽く済ませた彼は、手持ちの冊子を取り出すように促した。事前に配布されていた、学園生活について事細かに記された冊子である。入学前に読んでおくよう通達されてはいたものの、予め説明しなければならないようだ。


 皆が冊子を机の上に出したのを確認するなり、彼はやっと説明を始めた。授業の進め方や、部活動。寮生活の規則やら休み時間の過ごし方など、有りがちで取るに足りない話。


 聖花にその内容がまともに頭に入る訳もなく、それらは右から左へと見事に通り抜けた。

 けれども後から見返せば済む話で、必ずしも今真面目に聞く必要は無いはずだ。


 そのうちに、話は行事の説明へと移った。その頃にはある程度纏まりがついていて、聖花はフェルナンの存在を気にしないように心掛けた。何度も同じようなことが有り過ぎて、むしろそうした方が良いのではないか、と感じたのだ。


 ようやく筆記用具を手に取り、気になったところを冊子に書き落とす。何度か顔を上げてフェルナンの方を見たが、その度に目が合うので意識を下へと向け、視線を交わさぬように努めた。


 けれども視線は依然として感じられる。見られている、という明確な気配が。

 フェルナンは冊子の内容を一言一句間違えることなく読み上げている。それでもなお視線を感じるのは聖花の考え過ぎか、それとも他の誰かからの視線なのか。


 聖花はもう一度そっと顔を上げた。さも偶然を装うように自然に。すると再び、フェルナンとはっきりと視線が重なった。


 聖花は、そんな彼から逃れるように、今度は彼から名前を(・・・・・・)呼ばれるまで(・・・・・・)視線を上に上げることはなかった。

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