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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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3.悪役令嬢と第一王子

 聖花の心情などいざ知らず、"こちらこそ"と返事をして、穏やかにと微笑み返したルードルフは無造作に席へと着いた。

 まるで先の騒動などなかったかのように落ち着いていて、柔らかい雰囲気を纏っている。



(第二王子(アーノルド)の仕業よね!?これ!)


 ルードルフの横顔をチラチラと見ながら、聖花は心の中で悲鳴に似たものを上げた。

 同じクラスなのは許容範囲ではあるが、隣の席など論外だ。ただえさえ噂されているのに、これ以上変に目立つ訳にはいかない。

 令嬢たちの逆鱗に触れて、態度が悪化する可能性だってあるのだ。


 そもそも、これ(・・)が本当にアーノルドの仕業だとしたら、彼が学園をどれほど掌握しているのか疑ってしまうし、第一に打ち合わせくらいして欲しいものだ。

 仮に違ったとしても、嫌がらせのように感じずにはいられない。



「………どうしましたか?」


 無意識のうちに彼を凝視してしまっていたのだろう。ルードルフが鞄から荷物を取り出す手を止めて、心底不思議そうに聖花を見た。

 流石に不審に思ったようだ。


 ハッとして、聖花は慌てて視線を逸らした。それからゆっくりと言葉を紡ぐ。



「申し訳ございません、少々取り乱しておりました。

 先日のこともございますし…………」


「?貴女とは初めてお話する筈ですが……。人違いではないでしょうか」


 ルードルフは(とぼ)けた様子で、彼女をじっと見つめた。余りに自然で、嘘をついているようには思えない。

 忘れているのか。それとも単に顔を覚えていないのか。真相は不明であるが、どの道これ以上食い下がる理由もない。

 それに、今の彼女の身の上では王子と話す機会など本来無かった筈である。思わず口をついて出たが、あたかも面識があるように話していたら不自然なのだ。



「…………そう、なんですね。どうやら他の方と間違えていたようです。不躾で申し訳ございません」


 視線を下へと向け、口を噤む。せめてもう少し冷静さを取り戻してから発言すべきだと判断した訳である。

 これ以上余計なことを口走る前に。


 そうしていると、彼は慌てて首を横に降り、言葉を続けた。



「いいえ、大丈夫ですよ。気にしていません。

 勘違いはよくあることですから」


 彼がそう言った直後、ひとりの令嬢が彼の名を呼んだ。声のする方に視線を向ける。

 どうやら二人の様子をずっと伺っていたようだ。とうとう痺れを切らしたのか、彼女はやや強引にルードルフに接近した。

 急ぎの用事だから来てほしい、と、何とも断りにくい言葉を使い、あからさまに彼の席へと寄り付く。

 そんな令嬢にはむしろ清々しさすら覚える程だ。


 注意されても可笑しくない状況。けれどもルードルフは何も指摘することなく、軽く息をつくだけだった。

 それから静かに立ち上がる。その視線の先には主犯(・・)がはっきりと映し出されていた。

 自身より立場の低い者を使ってルードルフを呼び付けようとした人物。その者を少しの間じっと見て、漸く彼は被害者(・・・)へと視線を向け直した。


 手を前へと差し出す。無礼を働いた令嬢に向けて。

 それから、柔らかな笑みを浮かべて、彼は言い放った。



「……………分かりました。行きましょうか?」


 瞬間、辺りの時間が止まった……気がした。初めは熱に満ちた視線が集中し、その殆どが顔を赤らめていた。

 それは、彼の傍に座る聖花にまで伝わって来たほどである。


 彼に微笑み掛けられた令嬢はというと、先程とは打って変わり、まるで石のようにその場で硬直していた。真っ赤になって、口をパクパクさせている。


 その様子を横から見ていた聖花は、彼の余りの破壊力に言葉が出なかった。

 すぐ横で起こったことであり、聖花は彼の表情を然程見てはいない。けれども、周囲の様子を見れば自ずとそれを理解させられたのだ。 


 暫くして、彼が「マイル嬢?」と発した。そう呼ばれた彼女は、ハッとして後ろをチラと見る。

 不審に思った聖花は、その視線を追った。すると、"マイル嬢"に向けて冷たい視線を送る令嬢がそこにはいた。

 思慕で顔を赤らめつつも、何故そこに立つのがお前なのか、と言いたげな様子である。


 その瞬間、聖花は彼女(・・)こそが"マイル嬢"に指示を飛ばした張本人であることに気が付いた。



(…………嘘でしょ。彼女も同じクラスなんて)


 いつの間に登校して来ていたのか、大勢の令嬢たちが集まる教卓辺りにその人物はいた。

 初め聖花が来たときはいなかったことだけは確かで、きっとルードルフとの会話にすっかり意識を取られてしまっていて気が付かなかったのだろう。


―――ロザリア・モネスト。公爵令嬢。


 王族の次に身分が高い彼女は、周囲を見下し、そして聖花に二度(・・)も口撃を浴びせた張本人である。

 聖花を逆恨みしている人物でもあるのだ。


 そんな彼女は軽く鼻を鳴らすと、特徴的な茜色の髪を靡かせて、漸く前へと進み出た。

 ズンズンとルードルフたちの元に向かって来る。不思議なことに、それでも姿勢は一切乱れない。

 それどころか、何とも華麗な動きで前へ前へと歩を進めていた。



「私の友人がとんだ御無礼を…………。彼女に代わり、私がお詫びいたしますわ。この度は申し訳ございませんでした。そこで何ですが、少しあちらでお話しませんか?お詫びも兼ねて、伝えたいことがございますの」


 彼の前に辿り着いたロザリアは、深く頭を下げた。白々しいことに、まるで自身は何も知らなかったかのように振る舞っている。


 こんな彼女の姿など、聖花の記憶にはない。申し訳なさげな様子で視線を落とす彼女など。

 聖花の記憶の中にあるのは、人を見下して嘲笑う彼女の姿と、怒りで顔を歪めた姿だけだ。


 呆然とそんな様子を眺めていると、少しの間考える仕草をしていたルードルフは、止む無くロザリアの提案を飲んだ。このまま放っておいては"マイル嬢"が可哀想だと思ったのか、それとも単に事態を悪化させたくなかったのか。その何方かであろう。


 連れられるがままにロザリアと立ち去る彼は、これといって嫌そうな表情を浮かべている訳でもなく、単に平時の落ち着きのある様子であった。

 表情を隠すのが上手いのか、特に何も感じていないのか。


 兎に角、聖花はルードルフに同情した。

 王族という身分だけで、何故こうも面倒事に巻き込まれるのか。それはある種聖花も同じで、身分にしがらみを感じずにはいられなかった。



「………あの」


 漸く嵐が去ったと息をつく聖花に、ひとりの令嬢が声を掛けた。先の剣幕はこれといって感じない。

 チラと視線を向け、続きを促す。彼女のことで知っていることといえば"マイル"という家紋くらいだ。確か、準伯爵家。



「先程は、大変申し訳ございませんでした」


「いいえ。私は何もされておりませんので、謝ることなどございません。それよりも、先程の態度は……あちらのお方の仕業でしょうか?」


 命令を出したのはロザリアであるのかと、聖花は敢えて尋ねた。殆ど確信に近いが、明確な証言が欲しかったのだ。

 けれども彼女は首を横に振った。



「違います。全て私の意志です。私の意志で殿下に近づき、殿下に無礼を働きました」


「でしたら、どうして……………」


 まるで嘘をついているようには思えないマイル嬢に、不審に思った聖花は彼女を凝視した。

 深く踏み込もうとして、きっぱりと言い放たれる。



「申し訳ございませんが、私にこれ以上答える義務はございません。では、謝罪は済んだので私はもう行きますね」


 あくまで謝罪することが目的だったのか、さっさとその場から立ち去る彼女。そんな彼女を、聖花は止めることが出来なかった。

 何か強い意志を感じる。そんな気がして、聖花はその後ろ姿を静かに見送った。

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