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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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2.愚鈍な男爵令嬢

 教室に入ると、皆の視線が一斉に集中した。けれども、直ぐに興味を無くしてそれは散って行く。誰か(・・)が来ることを待ち侘びているかのようだ。

 それから、彼らは何事もなかったかのように各々のしていたことに戻った。ペチャクチャとお喋りしていた者は話を続け、席で勉学に励んでいた者は視線を落とした。

 当然、その中には聖花(養女)の噂話を始める者もいたが、今のところその殆どがそんなこと気にしていなかった。と、いうより、他のことに意識を取られているようにも見えた。


 早速面倒事に巻き込まれなくて良かったと、聖花は安堵の溜息を漏らし、手荷物を置きに番号の振られた席へと向かった。既に面倒事の渦中であることは言うまでもない。



(まだお隣さんは来ていないのね)


 ふとそんなことを考えながら、最後尾の、窓際の席に荷物を置く。何となく辺りを見渡して、手荷物を持った者がいるかどうか確認した。

 最低限のものは身に付けているようだが、やはり皆やって来るなり席に鞄を置いているようだ。少し無用心な気もするが、大勢人がいる中でまさか物を盗る輩がいるとも思えない。

 先ほど別れたリリスはと言うと、早々に数多くの貴族に捕まり、会話に勤しんでいる。彼らの魂胆が透け透けで、とても仲良くなれそうにない。


 聖花は、特に話すような相手もいないので、さっさと席についた。それから、敢えて勉強用具を取り出して、勉強する振り(・・)をする。

 実際は、クラスメイトの会話に耳を澄ませ、何か有益な情報はないかを探っていたに過ぎない。


 出来れば聖花としては、今この時だけは厄介事に巻き込まれたくなかったのだが、そうはいかないらしい。

 明らかに悪意を孕んだ瞳で聖花を見ていた数人の令嬢が、突如として此方へと向かって来たのだ。ご丁寧にも、彼女が席に着くまで様子を伺っていたらしい。

 当然、親しい間柄である筈がなく、ただ呑気に挨拶をしに来たようにも見えなかった。



「貴方、入る教室を間違えているようでしてよ。此処にあなたの席はございませんわ。さっさと出て行って下さる?」


 聖花の席の前に辿り着くなり、その内の一人が棘のある台詞を吐き散らした。明確に敵意のある言葉に、教壇辺りで話していた人々の視線が再び向き始めた。

 見定めるような、居心地の悪い視線だ。



「ちょっと、可哀想じゃない。きっとまともに字が読めないのよ」


 もう一人の令嬢が一方を宥める。聖花を擁護するのかと思いきや、全く違ったようだ。

 三人目は「それもそうね」と同意し、陰湿な笑みを浮かべている。

 こんな所にまで来ても、彼らの態度は何も変わらない。ロザリアとの一件があったにも関わらず、何かを変える気はないようだ。


 話を聞いていた周囲の貴族はクスクスと嗤ったり、むしろ呆れたりと様々だった。

 が、今ここで関心が集まっているのは聖花がどう出るか。単にそれだけだ。


 対する聖花は動かない。見事なまでに無視をして、何事もなかったかのように勉強する振りを続けた。ここが自身の席だと主張しているかのように。

 無視されたことが気に食わなかったのか、はたまた彼女の反応が面白くなかったのか、令嬢たちは僅かながらに顔を顰めた。

 一方で、傍観者達はそんな彼女らを馬鹿にするように小さく嗤っていた。



「っっっ貴方、!折角私たちが話し掛けてあげてるのよっ!?」


 晒し者にされて、遂に耐えきれなくなったのだろう。彼女らの内の一人が声を荒らげて聖花に迫った。

 こんな公の場で。


 けれども聖花はそれを無視し続けた。話したところでまともに会話が成り立つ筈がない。

 だから、諦めて立ち去るのを彼女は待っていた訳である。どれだけ馬鹿にしようとも、こんな(人目につく)場所で直接的な害を加える人間などいる筈がないと。


 既に相手のプライドはズタボロで、そのセンターに立つリーダーと思しき令嬢は、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。

 周りが見えておらず、だからこそ漸く登校してきた者の存在に気が付けなかった。明らかに周囲の空気が変わっているのに。



「何度も、何度も………!!このっ、へいみ……」


 そうしてとうとう、カッとなった令嬢は手を振り上げた。

 他の二人はというと、何かに勘づき、思わぬ彼女の行動に慌てて引き留めようとしている。余りに予想外だったようだ。

 いや、迫りくる存在を認識していた。


 が、



「………何をされているのですか?」


 その一言で、彼女は動きを止めた。ゆっくりと振り返って、漸く彼女もそのことに気が付いた。

 対する聖花は、視線を少しだけ上へと向けた。

 


(……第一王子!!)


 金糸を編んだような髪。燃え盛るような赤の瞳。

 それを見た瞬間、はっきりと顔を確認せずともそう理解させられた。


 令嬢たちの態度が急変する。苛立ちで赤く染め上げていた肌色は別のものに置き換わり、縋るような目で彼を見た。何と清々しいことか。



「……ルードルフ様っ!!聞いて下さい、この平民が無礼な態度をっ……。私達はただ、―――」


「………無礼?誰がです」


 令嬢の弁明を切り捨てるように、ルードルフはピシャリと言い放った。微動だにせず、淡々と。



「ですから、この平民が、………」


「で、その平民とやらはどちらに?」


 不穏な空気を察したのか、令嬢たちはたじろいだ。

 けれども、その内のひとりだけは違った。若干恐れてはいるものの、話すことを止めない。



「?目の前にいるではないですか」


「…………平民、ね」


 ぽつりと、ルードルフが小さく呟いた。心底呆れ返ったような、そんな台詞だ。

 不思議そうに首を傾げる令嬢に、ルードルフは続けた。



「ポトフ男爵令嬢、でしたっけ?貴女の言葉をそのまま返すのなら、伯爵令嬢に対して余りに無礼な態度です。

 そもそも、ここは学園。神聖な学び舎で相手の生まれを馬鹿にし、あまつさえ暴力を振るおうとするなど言語道断。そのことは理解の上ですか?」


「も、申し訳ございません………。そこまで理解が及んでおりませんでした。では、私たちはこれで…」


 相手は完全に縮こまり、そそくさとその場を後にした。ルードルフがそれを追う気配もない。

 いや、何故か手荷物をその場に置き始めた。これまた嫌な予感しかしない。



「先程は不快な想いをさせて申し訳ございません。改めまして、私はルードルフ・フィン・アルバと申します。どうぞ気軽にお呼びください。さて、貴女のお名前は?」


「私は、セイカ。セイカ・ダンドールです。これから、よろしくお願い致します」


 内心、頬を引きつらせながら聖花は小さく会釈した。

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