1.学園へと行く前に
夜はあっという間に明け、次に聖花が目を開いた頃には、仄かな光が辺りを照らしていた。
騒々しい音がして、扉の方に視線をやると大勢の使用人がぞろぞろと部屋に入って来ている所で、彼女は思わず飛び起きた。お陰様で一気に目が覚めた。
「ちょっ………何事ですか!!?」
どよめき声を上げる。貴族の部屋に無断で使用人が部屋に入るなど、この世の中においては無礼極まりない話である。当然、聖花もそれは知っているし、貴族社会でなくとも失礼なことに変わりない。
こんなことをされたのは初めてで、彼女は余計に慌てふためいた。何をしているのか訳が分からない。
そんな聖花の様子とは裏腹に、使用人たちはやけに落ち着いている。むしろ、起きてしまったのかと言わんばかりに小さく溜息をつく者さえいた。
兎に角、彼女らは慌てた様子の彼女に目をやると、つらつらと謝罪の言葉を並べた。
以前と比べて聖花に対する態度がましにはなっているものの、単に謝られるだけだと、何をしていたのかが分からない。
程なくして、彼女の様子を察した使用人の内の一人が前へと進み出た。落ち着きのある風貌で、聖花と余り関わりのないメイドである。
「寮生活に備え、お嬢様の私物を荷物に纏めておりました。………起こさないようにと仰せつかっておりましたので、そのようにした次第でございます。ですが、結果として誤解を招くような真似をし、大変申し訳ございませんでした」
「……そ、そうだったのですか。それは分かりましたが、起きたからには自分でするので結構です」
周囲の使用人とは明らかに異なる態度のメイドに物珍しさを覚えつつも、聖花はその命令を出した者に呆れ果て、使用人たちを部屋から出そうと試みた。
見られては都合の悪いものがあるのだ。
それを聞いた多くの者は、ぞろぞろと部屋から立ち去った。仕事に対して大きな熱意がある訳でなく、聖花を良く思っていない者が多いため、そんなことになるのは想定内の話である。
……何とも言えない気持ちにはなるが。
さて、初めに進言したメイドひとりだけその場に取り残され、聖花とふたりきりになるも一向に動き出す気配がない。
確かに聖花は一言も立ち去れなどとは言っていないが、それでも仲間が皆いなくなった空間で、その場に留まる意味はない。
けれどもそのメイドは、彼女の命令を待っているかのように、じっとその場に佇んでいた。この家では不思議なメイドだ。
どうしようかと頭を働かせていると、ふと一つの疑問が生じた。ほんの些細な疑問だ。
それは、先程の群れの中にアデルがいなかったことである。単に騒がしくなるから除外された可能性も否めないが、念の為目の前の人物に訪ねておく。
「アデルはいないの?」
「ああ。お嬢様の専属侍女の。彼女でしたら、他の業務に駆り出されておりますよ。元々お嬢様を起こす予定ではありませんでしたしね」
聖花は成る程と納得した。これ以上そのことについて聞くつもりもないので、話を締めくくろうと口を開く。
「教えてくれてありがとう。もう行って下さって結構です」
「左様ですか。お手伝い致しましょうか?お嬢様ひとりでは大変でしょう」
「いえ、こういったことには慣れているので、この部屋の荷造りは私一人でやらせてください」
元平民だと遠回しにアピールされてしまえば、反論のしようもない。漸く諦めがついたのか、そのメイドは小さく頷き返して部屋から去って行った。
様子を見るに、もしかすると新人メイドだったのかもしれない。悪いことをした気はするが、だからと言って色々情報を纏めているメモ書きを見られる訳にはいかないのだ。
何処か寂しげなメイドの背を見届けてから、聖花は用紙に記載された必要物を集めて、扉の隅にかためて置いておいた。入れるものがないので仕方がない。
そうしてから暫くして、ノックの音と共にアデルの声が扉の外から聞こえてきた。返事をして中へと招き入れる。
「お、お嬢様、おはようございます。………何ですかこれ?」
やけに緊張した面持ちで部屋へと入って来たアデルは、扉横に置かれた物を見るなり、ハテと首を傾げた。化粧台に収納されていた各種の化粧品に、机上に置かれていた小物、それからクローゼットに入っていた洋服が積み重なっているのだ。
寮に必要最低限のもの以外の備え付けはなく、休日に制服を着るのも変な話なのだから洋服は必須なのである。
先程あったことを説明して、驚いた様子のアデルに何とか納得してもらう。
無礼なメイドたちだと不満げな表情を浮かべていた気がするが、事態がややこしくなっても困るので、何も聞かないでおいた。
「あ、そうでした。あの、お嬢様………」
「どうしたの?」
別件で何か言いたげなアデルの様子を見て、聖花は不思議そうに聞き返す。もしかしたら昨日のことで照れているのかもしれない。
あの気恥ずかしい台詞を、なぜ一日早く言ってしまったのか。それは、入学式当日は然程時間がないだろうと、聖花自身予想していたからだった。
が、現実はそうではなく、何時もより早く起きていた為か、時間にある程度余裕はあった。故に、今こうしてアデルと会話を交わす時間がある訳だ。
そんなことを考えていたら、漸くアデルから衝撃の台詞が飛び出した。
「私、実は………、この度お嬢様にお供させて頂くことになったのです。えと、これからもよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
一言返してから、聖花の思考は停止した。予期せぬ言葉に、暫くの間理解が追いつかなかったのだ。
が、それとは背反して、無意識のうちに耳元が赤く染めあげられた。
頭が沸騰しそうだ。
早とちりして、無駄に良い感じの台詞を言ってしまった。と、聖花は消せもせぬ過去を悔いた。
昨日のお別れムードは何処へやら、今はすっかり気まずいような空気が辺りに漂っている。
(そう言えば、メイドの同行は一人まで可能って書いてあったなぁ………)
聖花はふと、そんなことを思い出した。むしろ何かが吹っ切れたかのように他人事な様子である。
だってまさか、アデルが同行するなど予想だにしないだろう。そもそも使用人の同行は可能であるが非推奨である訳で、その可能性は真っ先に除外していた。
様子を見る限り、きっとアデルも昨日までは知らされていなかった。明らかな動揺が見て取れる。
にしても、聖花の監視役として送り込むのは想像に難くないが、アデルは明らかな人選ミスであろう。そう聖花は薄々感じていた。
「………お嬢様?」
一言も言葉を発さず硬直していると、不安げに顔を曇らせたアデルが、まるで覗き込むかのように聖花の方を見つめていた。不意に黙り込んでしまった主を心配したのだろう。
ハッとして、視線をアデルに向け直す。それから聖花は白けてしまった空気をどうにかしようと、引き結んでいた口を開いた。
「あぁ、ごめんなさい。余りに嬉しくてぼぅっとしてしまったわ。ではそろそろ、支度しましょうか」
「はい………!!」
アデルに笑顔が戻る。コロコロと表情が変わるアデルを見て、聖花は思わず笑みを浮かべた。
こんなに素敵な侍女がついて来てくれるのだから、ヴィンセントにはある種感謝しなくてはいけない。彼はそんなつもりなど微塵もないだろうが、それは結果論である。
支えとなる人物が側にいることは心強いのだ。
気を取り直して、それからは黙々と支度を進めた。事前にあれこれ用意されていたからもあるが、恙無くことは進み、あっという間に時は過ぎた。
そうして、わざわざ見送りにやって来たヴィンセントを横目に、聖花たちは馬車へと乗りこんだ。
次回、遂に舞台は学園へと移ります。
お待たせして申し訳ないです(汗)
伏線回収などもしますのでお楽しみに(*^^*)




