皆、五歳になる 1
授業が始まったものの、朝から数々の問題で集中出来ず、ノートに理想の女性の絵姿などをカリカリ描いて時間を潰していると、教室のドアがバタンと開けられた。
「え、やだカワイイ」
「どこの子だ?」
「連れ帰りたい」
「誰か騎士団呼んでこい、やべえのがいる」
人数は少なくともざわつく教室内の興味を引いているのは、ワンピースを着たちびっ子。
ふわふわ赤毛にふくふく真っ赤なほっぺの可愛らしい子供。将来美人間違いないな、あれは。
教室中の視線を独り占めにしているその子はキョロキョロと室内を見渡している。
「お、机に登ってる」
アクタが子供を見て何度か頷きながら言う。
「あ、嫌な予感」
「嫌な予感? ――いや、待て。それ予感ではなくて……」
思い当たる予想に目眩がして気が遠くなりそうになる。思わず天を仰ぎ見るのと、子供の声が響いたのは同時だった。
「あっ! いた! でんかあ! たいへんです」
それはそれは可愛らしい子供は、机に登ってえっへんと胸を張ってお立ちになっている。
「あー……うん、わかった。行くから、降りなさい」
半ば白目を剥きながら返事をすると、子供はぶんぶんと嬉しそうにこちらに手を振り、素直によいしょ、と机から降りていた。
「えっ、ソウシェ様の隠し子?」
「やめなさいよ、似てないわよ」
「似てる似てない以前にそんな度胸は……」
「誰か騎士団呼んでこい、不敬罪だ」
「はい静かにしてー」
教室の生徒が好き勝手にワアワア言っている。お前らの名前と顔覚えてるんだからな。
私が立ち上がると、アクタは先生にこの授業を抜けることを告げた。
「……殿下、これから慰謝料など大変でしょうが責任の取り方のひとつとして――」
「先生、それは誤解です。この子はええと……ニッキ騎士団長の親戚の子です。見事な赤毛でしょう、これはもうニッキ騎士団長の血筋としか思えないじゃないですか! むしろ彼の隠し子かもしれないくらいですよ」
私は先生が不穏な事を言い出したのを食い気味に早口で遮ると、速やかにドアの前に立ってにこにこと愛想を振り撒いている子供を小脇に抱えて教室を出た。
「ニッキ騎士団長ですよね」
「はい! でんか! にっきです! ごさいです!」
「……母上の研究室に向かえばいいんですよね?」
「はい! みんなごさいになりました!」
「おおう……」
魂が抜け出そうなくらい脱力しかける。
少し距離があるので抱っこすると、騎士団長はキラキラした瞳を向けてきた。
「でんか、くるくるしてください!」
「……お、おう」
「最早休日のお父さんですね、ソウシェ様」
とりあえず数回その場でくるくると脇の下を持って回ってやると、キャッキャと喜ぶ。
ええ、こんな可愛いくりくりしたちびっ子が成長するとあの騎士団長になるの!? こわいな、成長って。
線の細い美人になりそうなのに、あの騎士団長に?
「ソウシェ様、表情に全部出てます。まあ気持ちは分かります」
「お、おう」
とりあえず気を取り直し、ちび騎士団長を抱き直す。
「研究室のある研究棟は校舎から離れてるけど、もしかしてまたあの足の早くなる薬だか何だかを飲んだのかニッキ?」
「はい! びゅんびゅんでしたよ! でんか! みんなのなかでぼくがいちばんはやいから」
「……道に迷わず良く来られたな、偉かった」
「はい! ありがとうございます!」
褒めると、えへへ、と擽ったそうに笑うこのちびっ子の愛らしいことよ。
「その薬はもうないのか?」
「はい! ごめんなさい」
しゅん、と眉を下げ、光の加減で赤く見える瞳がうるうると潤む。
よしよし、と頭を撫でてやる。
「いいんだ、気にするな。早足で行けば良いだろう。廊下は走ってはいけないしな」
「あざとい、あざといですね。そしてソウシェ様はチョロいし変なとこ真面目」
早歩きで歩いて校舎を抜け、研究棟へとやって来た。
「どの部屋だ?」
「さんかいのいちばんおく!」
言われた通り3階に上がれば物々しい雰囲気の階だった。
立入禁止の立て札や看板、テープまでされていて――まあ大人組が侵入するのに破られていたが――何か禍々しいものを封印でもしてんのか? というくらい淀んだ空気に満ちていた。
「わー幽霊とか死霊とか出てきそうですよね、そのドアとか壁の陰から。銃とか落ちてて、部屋には弾とかカートリッジ置いてあったりとか」
「うん、アクタは存外想像力豊かだったのだな」
「ワクワクしません?」
「全くワクワクしません」
「ぼく、こわいです」
ぎゅっ、と首に腕が巻き付いてきて苦笑してしまう。騎士団長も、考え方がだいぶ幼児時代に引っ張られているようだけど、怖がりだったのだなと思うと。
あの騎士団長が。
照明も付かない、窓もない暗い廊下を奥へと進む。
ちび騎士団長の話によれば皆小さくなったのだから、子供の高い声がもっと響いていてもいいけど。
ああ、研究棟だから防音が凄いのか。
などと考えながら、母上の名前がでかでかと書かれたドアの前に立った。