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母、五歳になる  8

 母上が落ち着いたところで、アクタと私は授業のために教室に行くことにした。

 

 アクタが母上の面倒を見る係だと言っていたがやる気スイッチはオフのままじゃないか。

 いや、私の母上でしかも幼女なのだからあんまりがむしゃらに頑張られ……頑張らないな、うん。

 

 とにかく、生き物の限界を超えたスピードでやって来た冷静(?)な大人組と合流し、あちらは母上を戻すヒントを。

 私たちはきちんと授業を受けるようタニーザ宰相からチクチク言われたのでグズる母上を彼らに任せて教室へ向かう。

 

「妹とはあんな感じなのかな」

 軽くなって手持ち無沙汰になった腕に寂しさを感じてふと呟いた。

 

 幼い頃に父上が身罷られ、母上は女盛りをずっと公に捧げてきた。私のことも視界に入っていたか怪しいほどに。

 

 だが、私に愛情を持っていてくれた、興味を持たれていたのだと初めて感じた。

 

 私がもっとしっかりしていれば。

 母上の肩の荷を下ろすまでできなくとも半分持てれば。

 まだ若い母上だ、恋人くらい作っても良かったし、なんなら異父弟妹くらい――

「ソウシェ様、異父弟妹にやきもち妬くでしょ」

「えっ! また口に出てた!?」

 

「ソウシェ様の思ったことを垂れ流す癖、中々直らないですね」

 アクタはやれやれと溜息をついた。

 

「――伯母さんはちゃんとお前を見てたし、お前がどんだけ頑張ってもこの王立学校で単位を落とさず卒業してからじゃないと王なんか引き継げない」

「アクタ……」

「いいか、ソウシェ様。自信を持て。それに俺は絶対お前の味方だし立場を奪うことは絶対にない」

 強い口調で隣に立つアクタを窺い見れば、いつもの気怠そうな空気はなく真っ直ぐ前を見ていた。

 

 記憶も曖昧になるほど昔、アクタに本音をぽろりとこぼしたあの時と同じ顔。

 

 ――アクタの方が向いていると思う。

 

 翌日目が覚めると、侍従服に身を包んで頬を赤く腫らしながらもすまし顔のアクタが部屋に立っていた。

 

 ――もうフリルがヒラヒラしたような服を着るのは嫌だし、俺は絶対ソウシェの味方だ。

 ――王になった私を裏から操る的な?

 真っ直ぐ前を見ていたアクタは、それもいいかもな、と笑っていた。

 

「私を裏から操る的な」

「――まあそれもいいけど、めんどくさいからいい」

 

 あの頃から変わらないアクタの気持ちを分かっていても、私もそう言えたらいいのに、という言葉が出てきそうになり慌てて飲み込んだ。

 

 

       * * * * *

 

 

 教室は人がまばらだ。

 席が決まってないため、好きな場所に座る。

 授業によって教室を変える。他学年も自由に受けることが出来るようになっているが、今から学ぶ授業は人気があまりない。

 

 レガリア国と周辺国の歴史。

 

 昔は城の自室で家庭教師だの有識者だのに教えを請うていた内容が、貴族学校というものが出来てから広くその門戸を開いてきた。

 

 だがやはり人気があるものとないものがある。

 取れる授業は本人が良いなら制限はない。連続して通えるのは8年。大抵10歳前後で入学し、16~18歳で卒業する。

 明確な年齢指定がないのは結婚や経済的な理由を考慮している。

 

 例えば騎士になりたくて、騎士科を取って実技を伴う試験に一度も落ちることなく順調であれば最速3年で卒業できる。

 ちなみに卒業証書と在学中に取った資格なんかがあれば、王族の個人護衛を担う第一騎士団以外なら引く手数多だ。

 

 私のようにやや特殊な生まれと職種の場合、受けねばならない科目が多いので必然的に8年きっかりかかる。

 忘れていないか定期的にテストもある。他国からの催し物に呼ばれるのなんて実施テストを兼ねている。

 

 そして数学、科学、生物学に魔法薬学なんかはいわゆる趣味の授業だ。

 それらは現実に多大な影響をもたらし、生活を便利にする大事な学問だが、人の上に立つ者にとって必修科目ではない。

 

 必修科目ではないけど、学んでみたいよなあ……特に生物学の中の魔法生物学。

 

 教室窓際の真ん中辺りに座って、ぼんやり考える。

 

 ――あの白いもこもこふわふわ、あれきっと魔法生物だろうなあ。

 

 副所長リオーガの首にいた、長いしっぽのふわもこ。

 あれをモフれたら何もかも忘れて幸せになれそう。

 

「何もかも忘れてもらっては困るんですけどね」

「おっ、おう……今のは口に出ていなかったと思うが」

「ソウシェ様がヨダレ垂らしそうなだらしない顔してる時はそういう時なんですよ」

「……だらしない……そうか」

 

 キリリと顔を引き締めてみると、アクタは突っ伏してしまった。

 こいつ。笑ってやがる……。

 

(リオーガ)に触らせてもらえば良かったんですよ、あの白いやつ気になってたんですよね?」

 アクタが起き上がってニヤニヤと私を見る。

「……だが、私がその、小動物を可愛がるのは」

「ああ――『私のタイプじゃないわ』でしたっけ」

 

 アクタが裏声で声真似をする。

 それは全く真似た本人に似てはいないが、言い方の強さは同じ。

 

「ソウシェ様が望めば解消出来るんですから、あんな女の言うこと真に受けて好かれようとしなくて良いと思う」

 片肘付いて気怠げに言うアクタは本当にこれから(・・・・)を心配してくれている。

 もうここ数年ずっと言われていることだ。

 

 私と婚約者である侯爵令嬢のサノアとの不仲。

 サノアの悪行動による将来の王妃への不安。

 サノアの言動を窘めることも出来ず言いなりの王太子への不信。

 

 ただですら母と比較される重圧で潰れそうな私。

 そこに更に伸し掛かるのは、将来の伴侶となる奔放な女性の手綱を握る重責。

 

 アクタの言うように解消してしまうのは容易いが、ならば次の嫁候補は「ない」のだ。

 身分がかなり低い者か、本物の幼女しか選択肢がない。






たくさんある中から見つけて読んで頂きありがとうございます。

ブクマ嬉しいです

誤字報告も助かります!


©️2022-桜江

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