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母、五歳になる  6

「わあ、ほっぺもぷにぷにい」

 

 ハラチュは母上のほっぺをふにふに触っている。咎めたいが母上は今『いっちゃん、五歳』で母上方縁者であるなら伯爵家以下。立場は公爵家のハラチュの方が上だし何より幼女。

 

 そしてその母上はぽかんとした顔でハラチュを見ていた。

「わあ、たにーとおなじかお」

「たに? タニー? ああ、義父上(ちちうえ)のこと知ってるの? お利口さんだねえ、えらいえらい」

 

 ハラチュはガサガサと鞄から小さなピンクのリボンで結ばれた可愛らしい包みを取り出した。

「お利口さんにこれあげるね?」

「おい、ハラチュお前何を勝手に、ダメだ」

 私が止めるとアクタも嫌そうな顔をして包みを取り上げる。

 

「何だよこれえ」

 アクタが遠慮なく包みを開ける。

「うっわ、何だよこれ? この毒々しい色合いのクッキーは」

 どれどれと覗くと、そこには禍々しくも毒々しい……クッキーなのこれ?

 サイケな色合いの物体があった。

 

「あー、殿下の未来の奥様から渡されたというか? どっちにしろ殿下に渡すつもりだったからいいかなーって。まさか中身がそれとは思わなかったけど」

 

 それを聞いたアクタがふーと息を吐き、母上は目を丸くしている。私は苦笑いするしかない。ふふっ。

 

「いやあんた笑ってる場合じゃないでしょソウシェ様」

「そーしぇのみらいのおくさま? さのあ?」

「はい、いっちゃん。あのサノア嬢ですね」

「さのあのぷぜれんと……」

 

 母上は困惑した顔をしている。

 私とサノア嬢が上手くいってないことは耳に入っていたはずだが。

 

「へえー! サノア嬢も知ってるの? この子マジ誰?」

「わたし、いっちゃん」

「いっちゃんかあ、俺はねハラチュ……ん~いや、ここは。俺ハラちゃんだよ~」

「いや、ハラ『ちゃん』て」

「ハラチュ、いっちゃんは母上の……王妃陛下の遠縁にあたるお嬢さんだ」

「ああ、どーりで殿下に似てるとこあると思いました。じゃ、ヤックもいっちゃんと会えるの楽しみにしてるんじゃないですか?」

 

 母上と私が似てる!?

「王妃陛下と私は似ているか?」

 思わずハラチュに聞けば、そりゃ親子なんだから、と笑っている。

 

「俺と義父(ちち)もよく『そっくり』とは言われますけど、血縁関係ありますからね、義父は実際伯父ですし。父も伯父とそっくりですからね。若い頃は双子じゃないかと言われてたくらいなんで、公爵家(うち)の血が恐ろしく濃いんだと思いますよ」

 

「なるほど」

「殿下とアクタは従兄弟同士ですけど、殿下は色合いや雰囲気は陛下似で、顔つきは王妃陛下似と言われてますよ。アクタはどちらかと言えば王弟殿下よりは完全奥様似だし」

 

 母上がちらちらと私とアクタの顔を見上げる。見やすいよう抱っこする。

「まあまあ。ハラチュ、とにかくその毒々し……怪し……危険……んんっ。クッキーのようなものは処分しておけ。体に悪そうだ」

 

 私の言葉に苦笑いしながら、ハラチュはアクタから突き返されていた禍々しさを醸し出す中身が詰まった包みを鞄に戻した。

 

「まさかあそこまでヤバいとは思わなかったので。アクタも気を付けろよ」

「……マジか」

 アクタが溜息を吐く。

 

「そーしぇは? そーしぇももらうでしょ、さのあのぷぜれんと」

 母上が不安げな声で私の顔を覗き込む。

 あー……と私たち3人は揃って微妙な声を出した。

 

「いっちゃん、プレゼントは貰えないんです。私、本っっ当にサノア嬢に好かれてないので」

「でも、そうゆう、つんでれてきな」

「いっちゃん、ツンデレとか知ってるんですね」

 私が驚きで母上を見ると、ほっぺを真っ赤にしてこくんと頷いた。

「でもね、そういうのとは違うんです、彼女の対象外なんですよ私は」

 

 てっきり母上は分かってると思っていたけどなるほど。これまでのことはサノア嬢は私の気を引くためにやっていることだと思っていたのか? ――いやいやまさか。

 

「そーしぇはそれでいいの?」

 ぽかんとした顔で言う母上に私が曖昧に笑うと、アクタが隣ではあ、と大きな溜息を吐いた。

 

「言ってやって言ってやって、いっちゃん。こいつ自分さえ我慢すればいい、そうするしかないって思ってるから」

 アクタの言葉にぐっ、と詰まる。

「我慢しているつもりは……」

 

「今時政略もないでしょ殿下?」

 ハラチュはその青い瞳を細めて言う。

「――わかって」

 

「うわああああ!!」

 

 る、と続けようとすると、目の前を紫色の何かが叫んで過った。

 

 紫色の大きな何かは母上を抱く私の前をごろごろと転がっている。怖い。いや本当に。

 

「うわああああ! イチ(もがガッガッがふ)さま! かわいいいいいい!!」

 

 紫色の何かはおもむろに立ち上がると、叫ん……喋った。彼の首に巻かれた白いモコモコしたものが母上の名前を呼ぼうとする紫色のおっさん……男の口を塞ぐ。

 

「……りおーが、げんきね」

「わあ! イチ(もががゴゴ)可愛い! 声も可愛い!」

 そして私ごとぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。これが噂の紫……魔法薬研究所副所長のリオーガ伯爵だ。

 ひどい馬鹿力で締め付けるから、腕で母上を守ろうにもうまく行かない。痛い!

 

「苦し……」

「りおーが、いたい、やめて!」

 母上が堪らず叫んで、傍観していたアクタとハラチュが慌てて副所長を私たちから引き剥がそうとした。

 

「リオーガ副所長、暴行罪ですよ!」

「ほっそいのになんつー力だよこれ」

「かわいいかわいいかわいい」

 

 これがこの世の地獄かな、と意識が遠退きそうになったところで、更に数人やって来た。

「こ……の! リオーガいい加減にしろ! 不敬罪で牢に入れれるぞ!」

「リオーガ離れろ! 昔っからこんなほっそいのにどこにこの力が……俺、今、騎士団長だぞ……ッ」

 

 大の男数人がかりでリオーガを引き離そうとするが、余計に食い込んでくる。

 

 何だ! もがけばもがくほど食い込むというこれが世に言うカニ挟み……(違う)

 

 このカオスな状況を打ち破ったのは私の腕の中から聞こえた声だった。 

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