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母、五歳になる  2

 デレデレのタニーザ宰相は両手を母上に向けて広げる。

 

 感情がないとまで言われているあの宰相が。

 

 冷徹だの氷だの魔王だのと言われている宰相が、デレデレ……。

 

「イチヨ様、良ければ私の手に」

 母上が少し迷うように私と宰相を交互に見る。

「たにー、ごめん、そーしぇがいい」

 

 聞いた宰相は肩を落として見るからにがっかりしている。こんな宰相初めて見ますが? 誰だお前は。

 

 宰相には母上の執務室へ行く道すがら粗々説明する。

「……なるほど」

 宰相は難しい顔で何度か頷く。

「王妃様の学生の頃のお話を御存知ですか?」

 

 母上の学生の頃? 聞いたことがないので、いやないと答える。

「王妃様は魔法薬学の学年トップで」

 

 ほう。

 

「怪しげな薬を作っては私たちに飲ませ」

 

 ん?

 

「危うく卒業資格を取り消しになるところでした」

 

 んん!?

 

「そこを婚約者であったソウシェ様のお父上があちこちに頭を下げて回られて無事卒業されたのです」

「お、おお……思ってた話と違うな、何か」

「わかげのいたり」

 

「そんな風でしたので、驚きはしません」

「なるほど、侍女もそういえば母上の姿に全く驚いていなかった」

「ちなみに私たちはよく頭に耳、尻に尾が生える薬や、半日宙に浮いて翌日身体の……腹部にたまった……」

「おならをぷっぷする、がたいへん」

「母上、ろくでもないですね」

「じっけんよ、だいじな」

 

 私の知っている母上とはだいぶかけはなれた話だ。

 そういえばこんな砕けた話を宰相とするのも初めてだ。

 

 しかし魔法薬学のトップとは……凄い。

 母上はやはり凄い人だ、うん。何とか学年20位以内の私とは違う。

 

 魔法薬というのは『魔法の薬』ではない。

『まるで魔法』のような効能のある薬のことだ。

 

 私たちに特別な力があるわけではなく、私たちの身の回りにある植物や鉱石など自然由来のものには特殊な成分があるものが多く存在している。

 

 植物であれば先ほどの話のように人を浮かせたり、口から火を吐かせたり、凍る息を出させたり。

 鉱石ならば眠くなったり、身に付けた者の周りをキラキラさせてみたり。

 

 そういう成分を研究し組み合わせ、新たな成分の発見や役立つ薬を作り出すのが魔法薬学。

 

 センスと記憶力と度胸と記憶力と記憶力、とにかく記憶力が大事と言われる専門学だ。

 

 こういう研究職やあちこち出掛けて調査してデータを収集しなければならないことを好む人というのは『自由』を何より大事にすると言う。

 

 王妃なんて『自由』とは程遠い。

 

 例え(父上)の婚約者であっても、魔法薬学でトップなら婚約を解消してその道を選ぶことは容易かったはずだ。

 

 思わず腕の中の母を見つめる。

 

 すうすう言ってんな。

 

 ……寝てる、熟睡だこれ。

 

「ソウシェ様」

 耳元で囁く低い声が背骨に響いてぶるりと震えた(気がする)。心臓に良くないからやめて欲しい。

 

 宰相がひどく真面目な顔で眠っている母上を見ていた。えっ怖い。

 

「ソウシェ様、イチヨ様は……んんっ。王妃様はなぜ若返りの薬などを」

「本人も忘れたと言ってるんだが……だけど」

「はい?」

「もしかして人生をやり直したかったのだろうかと」

「……なるほど。なるほどそうですか……」

 

 宰相は何か納得したように何度も頷いた。

 

 それにしても宰相の雰囲気が柔らかい。

 デレデレなのもそうだが、普段とは違いすぎて別人かと思う。

 

 母上と官僚たち、宰相は執務室で喧々諤々と意見交換……というよりは意見を戦わせているとはこうなのか! という会議をしょっちゅうしている。

 

 私は見学の身なので黙っている(雰囲気怖くて口出しできない)。

 

 とにかく執務中もそれ以外でもこんな優しい空気を醸し出す宰相は知らない。

 

 これは、これはやはり母上が……幼女だからか。

 

 幼女パワーってすごい。

 

 とにかく母上の若かりし頃の問題行動は多そうだが、もしかしたら王妃などという窮屈な職業……職業?

 

 窮屈な立場に嫌気がさしていたのかもしれない。

 

 もう一度若返って人生のやり直しを……。

 

 いや? 待て。若返ってもやり直しなんて出来ないじゃないか。

 王妃であることに変わりはないし、逆に若返ったことで王妃による統治は長く続く。

 

 もしや私のような自信のない者が王位に就くのは不安?

 母上も私に王位は不安だったのだろうか?

 

 そういえば母上と会話したのは……あれ? 結構ぶりだな。しかも頭をよしよしなんて初めてされた気がする。

 

 いや! よしよししてもらいたいわけではなく!

 

「ソウシェ様、顔が面白いことになってますよ」

 アクタが真顔で肩にぽん、と手を置く。

「いや、面白いなら笑えよ」

「すんません、面白くないんで無理ですね」

 

「――それで」

 宰相が小声で言い合う私とアクタの間に割って入った。

 

「王妃様をどう――」

 宰相が言いかけた時、進行方向からドタドタばさばさと大型獣が駆けてくるような音がした。

 

「王妃陛下ァァァあああああ!!」

 

 あー、大型獣(くまさん)が走ってきた……。

 あっ、後ろの騎士たちが追いかけて止めてるな……城を守る衛兵は……うん、弾き飛ばされたな。

 

「うっわーやべえの来た」

「……チッ」

 

 アクタ『やべえの』って言うな。騎士団の団長だぞあれ。

 宰相、舌打ちしませんでしたか? 今。

 

「ソウシェ殿下あ!!!」

「あっ、ハイ。あの『しー』でお願いします、『しー』で」

「朝からドタバタと煩いぞ、ニッキ殿」

 

 私が空いた方の手で唇に指をあてて静かにするように伝えた。宰相は通常イライラモードにスイッチが入ったようだ。

 

 ニッキと呼ばれた大型獣(くまさん)は王妃に剣を捧げ忠誠を誓っている第一騎士団(王妃専属)の団長だから、おそらく母が顔を出す時間になっても来なくて慌てて来たのだろう。

 

 母上はこの騒ぎの中ぐっすり寝ている。普段から睡眠不足もあるだろう、たまの幼女の時くらいゆっくり寝かせてあげたい、親を思う子供心だ。

 

 母上の顔のある肩口がなにやら冷たいけど考えないことにする。

 今度から抱っこで寝そうな時はタオルを当てておこう。

 

「殿下、王妃様はご無事で?」

 

 ニッキ団長(くまさん)は今にも泣くんじゃないかというくらい不安そうな顔で私を見た。

【タニーザ】

40歳・宰相・冷徹・氷・魔王と言うありがちな枕詞が付く公爵様。独身・養子あり。

若い頃から表情に乏しい。

イメカラ:クールキャラの青

⭐️青色の髪と瞳 


【ニッキ】

42歳・王妃の護衛担当第一騎士団団長

見た目は熊。大型獣。大声。わりと心配症。

独身。

イメカラ:熱い情熱系キャラの赤

⭐️赤髪と赤ぽい茶瞳

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