皆、五歳になる 7
アクタは私と共にしゃがんで眠ったちびっ子たちを眺めながら、はー、と声を出した。
「さっきのは冗談として。ソウシェ様どーします? マジで。朝は城内だけのつもりが、すでにいっちゃんに振り回されて秘密はあちこちにバレていってますけど?」
「……わかってる」
「これ以上被害を広げてほしくないです」
「被害、まあ被害だな……中枢が滞る」
「ホントにいっちゃんの――王妃様の意思なんですか?」
「どういう?」
私がアクタに尋ねると、アクタは頭をガシガシと掻いた。
「レガリア国を混乱に陥れたい誰かの仕業とか」
「まさか。母上自ら作って飲んだと侍女も言ってただろ」
伯爵も私の言葉に頷く。
「何度も言いますが、王妃様は昔からそういう方なんです。ただ王がお隠れになってからそういう姿を誰にも見せなくなっただけで。これまであなた方が見てきた姿の方が私には偽りと言いますか、大人として正しい姿と言いますか……」
「――だとしても、そのちゃんとした姿をやめたい何かがあったってことですよね? これまでずっと奔放さなのか研究欲なのか、我慢していたストレスなのか何なのか。息子であるソウシェ様すら知らなかったのに俺が知るところじゃありませんけど」
「……そこまで王妃様が溜め込むことはないはずだと思うのだが」
確かに。
私もだから母上は王妃という立場から降りたくてこのようなことになったのかと思ったが。
むしろ私もやめたいなあ……責任が……責任が重すぎる。
別に私が何もかもを決めるわけではないけれど、私が何かを間違ってしまって、それが正されなかったら。
臣下だけでなく、何千何万の国民の生活も脅かすわけで。
当然自由に振る舞うことは出来ない。
未開の地に住まう蛮族のように思うまま略奪し蹂躙する生き方とは違う。
……はあ。
脇腹にゴスッと衝撃が走り、思わず唸る。
痛い!
隣をジトリと見やれば、アクタは肘打ちの姿勢のまま、呆れた表情も一切隠さずに舌打ち――え!? 舌打ち!?
「まああっった! しょーもないこと考えてますね、ソウシェ様は。溜め込んだから王妃様が重責から逃げたというより、唆された可能性はないですかと。俺の言いたいことはそーゆーことです」
「母上を唆すことができる人間は限られているだろう」
「王妃様を唆すことができるのは……中々いないかと」
「でも実際分かんないじゃないですか。王妃様の内心なんて誰にも分からない。ちびっ子どもが願ってるようにもう一度人生やり直したかったのかもしれない。そこを上手く誰かに突かれたせいで魔法薬を作成したのかもしれない」
アクタはうんうん、と目を閉じ頷いている。
伯爵は眉根を寄せて難しい顔のままちびっ子たちを見つめる。
「……しかしこんな馬鹿ばかりだったとは。王妃様の一大事なのだから、殿下をお支えするのが臣下としての務めだろうに。副所長殿はともかく、宰相閣下に騎士団長殿まで欲望に負けるとは」
あ、副所長はやはり自由人的な扱いなのか。
「何にしても、とにかく母上を戻すのが先だ。いっちゃんのままでいさせてあげたいが、そうも言ってられんだろ。せめて母上だけなら……ほんと母上ひとりだけならどうとでもなったのになあ……」
この国の大人たちって一体。
伯爵が渋い顔のまま口を開く。
「とりあえず政としては宰相閣下の子飼も、同じく教育を受けた養子もいます。騎士団長に関しても同じく。頭の抜けた混乱は多少あれども、そういう退っ引きならない事態に陥った場合の誰が代わりに立ってどういう統率を取るかというシミュレーションはしているので軍部も表立っては。あとは殿下もまた普段通りが一番良いでしょう」
私はそれに頷く。
「まあ、国内外に混乱している様子を気取られたくはないからな。それで伯爵このちびっ子たちの出どころなのだが、母上――いっちゃんは伯爵の遠縁ということにしておいてほしい。いっちゃんイコール母上だと判断できた宰相や騎士団長のように、一目でそれと分かる人間が他にもいないと限らない。どのくらいこの状態が続くのか不明な上、何度も言うが母上の記憶が曖昧になってきている。下手するとライテと共に伯爵の領地に戻さねはならない可能性もあるし」
「それで私を呼ばれたんですね」
「うん。王宮や城中でいっちゃんとして母上を連れ回せる理由が欲しかった」
伯爵がすぐ来てくれて良かった。
後はこの状態を打ち消す魔法薬をなんとか作ってもらいたいが、肝心の母上と副所長がなあ。
研究所に正式に依頼するにしても副所長の不在や状態を伝えないといけないだろうし、あー……人体実験したがりそうだな。
まあそれは副所長を放り込むとして。
だとしても現状把握のために情報共有しなきゃだろ? でもそうすると口を閉ざすことは出来ないわけで。
国にとって重要な極秘研究は副所長が担っていると聞く。
それは研究員たちの忠誠心がひどく薄いせいだとか。自分たちの好きな研究を好きなようにさせてもらえるから研究所に留まっているのだとか。
他国には我が国ほど魔法薬になるような独特の効果のある自然物質が少ないとされている。
だからこの国にいるだけ。そうでなければ好きに生きていたい彼らだから、研究したいからこそこの国の不利になるようなことをあえてしない。
だからこそ信用もならないんだよなあ。
『……! ……!!』
「?」
ん?
何か人が騒ぐような音が聞こえ、3人顔を見合わせる。
廊下だろうか。
「……私が見てきます」
伯爵が室内から出ていった。
この研究棟にある部屋は2間続きになっている。
ちびっ子たちのいるところは恐らく実験用、錆びて荒れていた場にはソファや机があったので、仮眠や休憩を取ったり書き物をしたりする部屋なのだろう。
開け放たれていたドアをそっと閉め、あの怪しげな雰囲気の手前の部屋で室外の様子を窺う。
『……!! ……!』
まだ音は止まない。
「誰か来てるようですね」
「いや防音の意味」
「それを超えて聞こえるくらいうるさ――」
バタン! というドアが思い切り開けられる音と共に賑やかしい声が室内に響いた。
「まあまあまあ! アクタ様ったらこんなところにいらしたのね!」
――ピンク色がやって来た!