戦場の老兵、煌めく魂
「……本当に良いのですか? ラードック大尉であれば、すぐにでも最新鋭のフルカスタムの『鉄装機兵』を回すこともできますが……」
今日もいつものように、中将が私に尋ねてくる。当然、私の答えは決まっている。
「いえ、私は今まで乗り慣れた、あの機体が良いのです。既に、数多の改修をしていただいております。私にはそれで十分なのです」
そう答えれば、私よりも若く聡明で、心優しい中将は、残念さとやりきれなさをないまぜにした表情を浮かべる。いつもこの表情をさせてしまうのは心苦しいが、私は今の考えを変えるつもりはない。
「……そうですか。気が変わった時にはいつでも言ってください。最速で手配しましょう」
「お気遣い感謝します。このような老兵をそこまで買っていただくだけでも、嬉しいモノですよ」
少し戯けたように返せば、中将は少し困ったような笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇
「ラードック大尉!」
自機の収められたドックへ赴けば、少し離れたところから若々しい青年の声が飛んでくる。もうそれなりの付き合いになるわけで、そちらを見なくても誰かわかるくらいには耳に馴染んだ声だ。
「エルノアか、整備はいいのか?」
「もう終わりますよ、ラードック大尉」
振り向けば、黒いオイルの汚れが所々に目立つツナギを着た、小麦色の肌の快活そうな青年が笑顔で立っている。テカテカと黒光りするスパナを肩に担いで、口角ををニィッと釣り上げる。
彼はエルノア、私の乗機の整備士をやっている青年だ。かれこれ数年来の付き合いになる彼は、見習いの時から私の乗機に触れてきているため、おそらくこのドックの中では最も私の機体を知る者だろう。
「しっかし、最近になってきたら、あの機体の予備パーツ探すだけでちょっとした手間になってきましたよ。何せ40年も前の機体ですからね、やっぱり乗り換える意思はないんですか?」
「はは、先ほど中将にも同じことを言われたよ。だが私は、どうにもあれ以外の機体に乗る光景が想像できないんだよ。迷惑かけてすまないね」
「迷惑だなんてそんな! 生まれるよりずっと前の機体に触れることなんて普通なら滅多にないですし、何より、ラードック大尉の『オルドーザ』をいじるのは楽しいですから」
『オルドーザ』というのは、私の乗機の名前だ。私が入隊した頃は最新鋭の量産機だったのだが、今となってはその名前を知る者も少なくなってきているくらいだ。最近は新型の『ラステリア』が続々と配備されてきている。カタログスペックだけで見れば、『ラステリア』は『オルドーザ』の、単純計算で数十倍は性能がいい。
「そういってもらえると助かるよ。ただまぁ、最近は少し機体も周りに追いつかなくなってきているのは感じていたがね……」
実際、若い連中と演習した時には、性能差で何度か不覚をとりそうになった。私がこれまで培ってきた経験も、いずれは通用しなくなってくるのだろう。
「それなら、いっそのこと大尉の『オルドーザ』をフルカスタムしますか? 流石に『ラステリア』に追いつけはしないでしょうけど、一応プランは考えてありますよ」
「……そうか、そう言われてみれば確かに、無理に新型に乗る必要も、今の性能にこだわることもない、か……」
言われてみれば盲点だった。今までは今の乗機を使うことだけ考えていて、その乗機を改造するという思考に、どうしてか辿り着けなかった。プランの内容を聞けば聞くほど、魅力的な提案に聞こえてくる。
少しの逡巡の後、私はその提案に乗っかった。
◆◇◆◇◆◇
「できましたよ。名付けて、『オルドーザLカスタム』です!」
およそ2週間後、エルノアに呼び出されドックにきてみると、そこには姿を大きく変えた私の『オルドーザ』がいた。
他の機体──『ラステリア』やその前身となった量産機よりも無骨で太ましかった『オルドーザ』が、見事にシェイプアップし、その分がスラスターや武装に変化している。背面のバックパックも、スラスターが2つから6つに増設され、顔面のセンサー類も同様に追加されている。
「見た目の変化はご覧の通り。脚部スラスターや腕部サブスラスターの増設、背面バックパックの強化、センサー類の増設強化、あとは武装の数を増やした感じです。見た通り、手数と機動性重視で組みました」
自らの相棒の、大きく変わったその姿にしばらく言葉を失っていると、エルノアが機体の詳細を伝えてくる。私は、謎の感慨に浸りながら、その言葉を聞いた。
「内面とかだと、まずはエンジンの変更ですね。『ラステリア』のそれを改造してさらに出力をあげたので、スラスターの増設も相まって推力じゃどんな機体にも負けません。それと内部フレームを、『ラステリア』の技術を使ってフルカスタムしました。可動域と柔軟性が大幅に向上しています。装甲材も『ラステリア』の装甲を、さらに数枚重ねて強化しているので、うちの主力のフォトンライフルくらいじゃ傷一つつきませんよ」
「あ、あぁ……」
「モニターとかの周辺機器も、流石に老朽化が目立ってきてたので、最新のに変えました。OSに至っては、大尉が使いやすいように、俺が1から組んだんですよ!」
「あぁ……」
「最終的な性能でいえば、流石に『ラステリア』には一歩劣りますが、1世代前の正式採用機である『レイタント』くらいは軽〜く捻り潰せます」
「そうか……すごいな」
言葉を失った。当然、残念とか憤慨とか、そういうのではなく、ある種の感動が一気に押し寄せてきたのだ。自分の生涯の8割を共に過ごし、戦い抜いた相棒が、新たな姿で蘇る。得も言われぬ思いが、滝のように溢れ出る。
「どうですか、大尉」
ようやくエルノアの方へ顔を向ければ、彼はその瞳を存分に煌めかせ、私の反応を待っていた。
「エルノア……君は最高の整備士だよ」
「……!! ありがとうございます!!」
彼にそう告げた時のその輝きは、今まで見てきた中で、最も輝いていたかもしれない。
◆◇◆◇◆◇
『──これは、最後の聖戦である。我らの行く末を決定づける、歴史に語られるであろう決戦だ。勇猛なる戦士達よ……今、この長く苦しい戦いに幕を下ろすチャンスが巡ってきた。諸君らが皆一騎当千の強者であると私は確信している。……今こそ!! 我ら帝国に勝利を!!!』
総統が演説を締め括ると、周囲は一斉に鬨を作った。流石に私は年なもので、若いものに混ざって大声をあげることはできない。が、その心内では、彼らに勝るとも劣らない闘志の炎が燃え盛っていた。
私たちがこれから身を投じるのは、我ら帝国と、100年に渡って争ってきた連邦との、最終決戦と呼べる大きな戦いだ。総統が言った通り、間違いなく歴史に名を残すだろう。
この戦いさえ勝てば……帝国の勝利は約束されたようなものだ。
◆◇◆◇◆◇
最後の演説が終わり、待機時間となったため、私は一足先にドックへ赴き、この世で最も信頼する相棒の下へ行く。エルノアはどうやら、他の機体の整備に駆り出されているようで、今この場にはいない。最近、期待の新人とやらが、新型のワンオフ機を受領したとかで、おそらくそちらの調整にでも行っているのだろう。性能だけでみれば、『ラステリア』の数倍だとか。
「レイナース、だったか……若い者は可能性に満ちているものだな……」
すでに半世紀以上人生を歩む自分と比べれば、そのレイナースという新人は、伸びしろしかない期待の卵なのだろう。以前中将から聞いた話では、そのワンオフ機を私に回すという案もあったらしいが、あいにくと私はこの機体以外に乗るつもりはない。ただのロートルを、どうして中将はそこまで気遣ってくれるのか……
色々と考えを巡らせながら、私は相棒のコックピットの中へ入る。モニター類も、どれも新品で、少しなれないところはあるが、それでもその空気は長く慣れ親しんだものだ。
一息、深くついてから、私は最後の調整にかかった。
◆◇◆◇◆◇
しばらく機器系のチェックをしていると、本部の方から機体に通信が入る。相手はどうやら中将のようだ。
通信をつなげば、向こうの映像がモニターの一部分に表示される。
「こちらラードック、どうされましたかな」
『いえ……決戦の前に、大尉と話したいと思いまして』
「ほう、それは光栄なことですな」
かの中将は、私に対して結構な信頼を持っているきらいがある。頑固な老いた一兵卒にそこまで入れ込むのはどうかと思うが……まぁ、信頼されて嫌なことはない。
『……最後まで、乗機を乗り換えることはありませんでしたね』
「ええ、そりゃあ何十年も共に戦ってきた相棒ですから。手放すなんて考えることもありませんでしたよ」
『……実は、私は大尉に憧れて、軍に入隊したのです』
……何? 私に憧れて入隊した?
なるほど、それなら妙に私を慕う理由がわかる気がする。だが、私に憧れられるような要素はあっただろうか……
『昔、幼い頃に大尉の戦闘を見たことがあるんです……その時は、一機だけ他とは違う、明らかに古い機体がいるなと、目についたのです。それで……少し見ていると、どう見ても機体性能は大きく引き離されているはずなのに、他の機体と同じどころか、それ以上の戦果をあげていて……当時から大尉の勇名は知れ渡っていたので、見つけるのは容易でした。
私も、大尉のようなパイロットになりたいと思ったのですが……どうにもうまくいかず、腐っていた時、大尉に声をかけていただいて……覚えていらっしゃいますか? 昔、大尉が私に、お前には指揮の才がある、戦いに貢献するのは、何もパイロットだけではない、と声をかけてくださったのです。その時から、私は指揮で、大尉を後方から支えられる存在になろうと決意できました。大尉のおかげで、今の私があるのです』
なんと……確かに思い返せば、昔の中将に声をかけた記憶はある。その頃から中将は頭角を現し始めたが……まさか、私の一言の影響だったとは思いもしなかった。だが、こう告げられて悪い気はしない。むしろ、自分に憧れてこの道へ入ってきたなど、ある意味ここまでやってきた甲斐があったというものだ。
「いやはや……まさか、稀代の名軍師ともあろう方に、そう思っていただけていたとは……老兵冥利に尽きますなぁ」
『老兵などと……ご謙遜を。大尉は帝国でも知らぬ者はいない、戦場の英雄ではありませんか』
「そう呼ばれたのは昔のことですよ……今はもう、衰えの見えてきたロートルです。かつての力の数割あれば良い方だ、それくらいには、歳をとってしまったのですよ……」
『…………』
中将は、少し悲しげに、何かを堪えるように、目線を下に向ける。彼の憧れであった戦場の英雄の姿は、もう影も形もない。理想を壊すようで心苦しいが、彼はすでに、一軍を預かる立場にある。いつまでも私のような老兵を気にしているようではいけない。
「……そうですなぁ、この戦いが終わって、私も無事に戻れたのなら、祝杯でも挙げにいきましょうか。その時にでも、かつての戦場の話でもしましょう」
『……! ……えぇ、その言葉、違えないでくださいね』
少し中将の表情が、泣き笑いのように見えたのは、きっと気のせいだろう……
「当然です、今まで私は、一度たりとも、約束を違えたことはありませんので」
自信満々に言い放つ。中将の表情は見ていない。彼は大丈夫だと、確信できる気がした。
◆◇◆◇◆◇
『ラードック大尉、これより発進シークエンスに入ります。準備はよろしいですね?』
オペレーターから通信が入る。即座にOKを出せば、発進位置まで、機体がゆっくりと移動していく。年齢的にも、情勢的にも、これが最後の戦いになることは間違いない。
緊張で強ばる身体を、操縦桿を握りしめることで無理矢理に落ち着ける。大丈夫だ、今まで相棒と共に戦い抜いてきた。だから大丈夫だ……自分に言い聞かせるように、脳内でリフレインさせる。一つ、大きく息をつけば、緊張もちょうど良い感じにほぐれ、戦いの高揚感で身体が満たされてゆく。
『……発進準備、完了しました。いつでもどうぞ』
オペレーターから再度通信が入る。ここが、私の半世紀にわたる生の分水嶺だろう。どうするかなど、ハナから決まりきっている。
「了解……さぁ相棒、最後の大仕事だ……『オルドーザLカスタム』、ラードック・ブリンガー──出撃する!!」
思い切りペダルを踏み込む。増設されたスラスターが一斉に火を吹き、鉄の巨人を無理矢理に押し出す。カタパルトを滑り、タイミングよく踏み切れば、半世紀近くに渡って戦い続けてきた熟練兵とその唯一無二の相棒は、遥か広大な宇宙へと投げ出される。
「……骨の髄まで、燃え尽くして見せようじゃないか、相棒!!」
己の半身は、その言葉に呼応するかのように、一層強くスラスターを吹かせた。
◆◇◆◇◆◇
「ははっ、これはいい!!」
錐揉み回転しながら、3発、フォトンライフルを撃てば、その軌跡に3つの花火が上がる。その勢いを殺すことなく向きを変え、今度は後方に1発、上下にそれぞれ2発ずつ撃てば、戦場の花が再び咲き誇る。
「最初は慣らしと思っていたが……なかなかどうして、扱いやすいじゃあないか!」
すぐさま体勢を立て直せば、前方からフォトンサーベルを携え、突撃してくる敵量産機──『ゼルドラス』が1機。
「甘いわぁ!!」
『……!?』
敵機の突撃、それが直撃する寸前、全身のスラスターを吹かし、急速転回する。おそらく、この『ゼルドラス』のパイロットからは、突然私が消えたように見えただろう。
突撃する的が消えたのだ。当然巨大な鉄の塊が急に止まれる道理もなく、一瞬で立ち位置が入れ替わり、『ゼルドラス』は無防備に背中を晒す。
このチャンスを逃すほど、私はまだ耄碌していない。フォトンライフルを1撃撃ち込めば、何が起きたか知る暇もなく、果敢に挑んできた『ゼルドラス』は宇宙の塵へと変貌した。
「ふぅ……まだ私も、そこまで衰えてはいなかったというわけだな」
操縦桿を握り直し、独りごちる。すでに戦果としては、エース級のものだが、全盛期と比べればまだまだだ。装いを新たにした相棒となら、かつての動きが……いや、それ以上もできるかもしれない。
期待と高揚感に身を震わせる。そうだ、これが戦場の空気だ。これが命の駆け引きだ。これが……私がいつからか、忘れていた感覚だ。この身に満ちる渇望に、一滴の雫が注がれる感覚を覚える。もっと、もっとだ……私に、魂の輝きを!!!
◆◇◆◇◆◇
「う、うわああああああ!!!!」
両腕を失い、すでに戦闘不能な『ラステリア』に、『ゼルドリス』がフォトンサーベルを振り下ろさんとする。
その瞬間、彼らの上方から、1筋の閃光が迸り、『ゼルドリス』を脳天から貫く。
「……なっ!?」
『ラステリア』は爆発の余波で体勢を崩したが、冷静になったのか、すぐに立て直す。
しかし、すでに武装は失われた。閃光の主は、すでにこの宙域から離脱したのだろうか。姿が見えない。仕方なしに、彼は母艦の方向へ回頭し、帰還の途に着く。
その時、1本の通信が彼の元へ届く。繋げれば、自分の親くらいの年齢と思われるパイロットからだった。
『……武装を失ったくらいで狼狽えていては、戦場では生き残れん。両腕を失おうが足がある。冷静でいれば、どんな時でも活路は見えるものだ。では、健闘を祈っている』
さっと、通信の主は要件だけ伝えて通信を切ってしまった。だが、彼も話には聞いたことがあった。戦場で、死にかけた兵を幾度も救い、助言を残しては再び戦禍へ身を投じていく、1人の古強者の話を……
「……“戦場の英雄”、ラードック・ブリンガー大尉」
自分を救い、助言を残してくれた、この戦場で知らぬ者のいない名をつぶやく。
彼の目標に、1つの名が刻まれた瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇
ペダルを踏み込み、操縦桿を強く引く。唯一無二の相棒は、それに過不足なく応える。
また1つ、広い宇宙に花が咲く。2つ、3つ、4つ、操縦桿のスイッチを押せば、その数だけ花が咲く。
側から見れば無茶としか形容のしようがない軌道で戦場を駆け抜ける。バレルロール、錐揉み回転、高速前転。若い頃ですらできなかったような、それでいて自分の理想通りな動きを披露する。白い筋を背負いながら駆け抜ける光は、幾度も閃光を飛ばし、その度に1機、また1機と撃墜していく。
「…………ふぅ」
休憩とばかりに、一度動きを止める。周囲には友軍機はあれど敵軍機の姿はほぼ見えなかった。
「やれやれ……まるで若返ったかのような感覚だな」
はしゃぎすぎていたのだろう。いくら心が若返ったところで肉体は戻らない。やはり息切れは避けられない。
「さて、次の戦場は……っ!」
次の標的を求め、隣の宙域に目を向ければ、1つの光の筋が縦横無尽に駆け回り、光に触れた機体の悉くがまるで塵芥のごとく屠られるという光景が目に飛び込んできた。
「あれは……そうか、例の新人とやらか」
強化されたセンサーは、そんな光の筋でさえ正確に捉えた。識別番号は、この間搬入されたワンオフ機のそれだった。確か銘は──『アインツィーゲ』。
「……あれには勝てんな。向こうの宙域へいくか」
狙いをさらにその隣の宙域へと変え、ペダルを踏み込んだ。
◆◇◆◇◆◇
1撃、2撃。先ほどまでと同じように、敵機を撃墜していく。
敵機からの砲撃をギリギリのところで避けつつ、その間にも2、3機は落としていく。
「……おかしいな」
この宙域は少し奥とはいえ、勢力図で言えばどちらかというとこちら寄りのはずだ。それなのに……友軍機の数が妙に少ないように思える。
その分だけ私のキルスコアは増えていくのだが……それでも違和感は拭えない。
「……まぁいい。適当に暴れまわっておけば、中将がここへ隊を派遣してくれるだろ……っ!?」
強い悪寒が、身体の芯を貫く。ほぼ反射で、全力でペダルを踏み込む。
全速力で離脱する。そして、先ほどまでいた空間を、10は軽く超える光の筋が貫いていった。
「……っはぁ……っ!」
極度の緊張から、一旦逃れた私は、光の出どころへ視線を向けた。
「なんだ……あれは!」
そこにいたのは、1機の『鉄装機兵』だ。しかし、これまで見てきた機体のどれにも当てはまらない。一目見ただけでわかるほどの重装甲。天使の翼のように展開された、6対12基のフォトンライフル。機体全高に不釣り合いなほど長い腕の先には、左右それぞれに、フォトンサーベルが握られている。
「……連邦のワンオフ機か」
おそらくはあれがこの宙域の友軍機の大半を撃墜したのだろう。宙域の端にいるということは、彼奴は次の戦場へ向かおうとしていたところなのだろう。
……行かせてなるものか!!
フォトンライフルを腰部マウントに収納し、バックパックに装備されていたフォトングレイブを取り出す。あのタイプの得意距離は中〜長距離だ。少しでも離れれば12基のフォトンライフルで射抜かれて終わる。ならば、あの2本のフォトンサーベルを掻い潜り、斬るのが最も手っ取り早いだろう。
『…………』
こちらの意図に気づいたのか、静かに彼奴もフォトンサーベルを構える。
『「…………!!!」』
どちらが先ということもなく、同時に両機が加速する。
私は、増設されたスラスターを存分に生かし、機体を横回転させ、薙ぎを放つ。最初は片側のサーベルで彼奴は受けたが、それでは押し切られると思ったのか、少し慌てた風に2本のサーベルで私のグレイブを防義、そのまま鍔迫り合いにも連れ込む。
私は即座に、新たに膝内部に追加された、ニーガトリングガンを彼奴に浴びせる。この弾丸は、命中した瞬間に炸裂するようになっている。突然巻き上がった爆炎に怯み、彼奴は後退する。その隙を逃すはずもなく、逆袈裟にグレイブを斬りあげる。十字に交差したサーベルで防がれたが、体勢は崩れる。
彼奴はこちらに、6対のフォトンライフルを向けるが、すでに彼奴の視界の中に私はいない。全速で回り込み、グレイブを振るう。両断しようと振るった一撃は回避されてしまったが、フォトンライフルの片翼を斬り落とすことには成功した。
だが、彼奴の振るうサーベルを、攻撃直後の崩れた姿勢では回避しきれず、右足の膝から先を切り落とされてしまった。
『「…………」』
再び睨み合う両機。
互いに周囲の友軍はいない。悪く言えば孤立無援。よく言えば──一騎打ち。
このチャンスを逃してなるものか!
命を燃やすような戦い! 魂を削るような戦い!!
どうしてだろうか、互いに同じように思っていることがわかる。
最期の決戦には、お誂え向きの相手ではないか!!!
『「……ぁあっ!!!」』
動く。またも同時に。
2筋の光は、幾度もぶつかりながら宇宙を駆け巡る。衝突のたびに、互いに少しずつ、削れていく。
2合、3合、打ち合うたびに、光が舞う。
私の振るったグレイブが、彼奴のスラスターを3つ斬り落とす。
彼奴の振るったサーベルが、私の肩アーマーを斬り裂く。
彼奴のフォトンライフルが、半分斬り落とされる。
私の左腕が、根本から削ぎ落とされる。
彼奴の両足が、溶断される。
私のフォトンライフルが、落とされる。
彼奴の右腕が、切断される。
私の左足が、貫かれる。
互いに無視できない損害を負う。両機は一度距離をとり、再び睨み合う。
『…………』
「はぁ……はぁ……」
おそらく彼奴は連邦の技術の粋を集めて造られた機体だろう。
対して、私の機体は改修したとはいえ40年前の量産機。正式採用も30年前に終わっているような骨董品だ。ここまで善戦できただけ、奇跡のようなものだろう。
それに加え……私も、すでに体力の限界が近づいてきている。あれだけ無茶な機動を続けてきたのだ。息切れもするというものだろう。
そうだな……せめて、救援要請の信号だけは送っておこう。あの新人ならば、彼奴を落とすことができるだろう。これでも、機体の操縦技術で言えば帝国トップクラスであるという自負はある。中将も、この救援要請を見れば只事ではないと気づくはずだ。そうすれば、あの新人を送り込むくらいはするだろう。
一騎打ちには無粋か? 言わせて貰えば、知ったことではない。一騎打ちで勝ったところで、全体が勝たなければ意味がない。ならば私は、全体の勝利のために最善を尽くすのみ。
「はぁ……ふぅ……貴様、やるではないか」
ダメもとで、彼奴に通信を送ってみる。すると、予想外に繋がった。
『……あんたも、やるじゃん。俺をここまで追い込んだのはあんたが初めてだ。誇っていいよ』
意外にも、というべきか、聞こえてきた声はまだ幼さの残る少年の声だった。
「……ぬかせ、貴様のような小童にやられるほど、衰えてはおらんよ」
『……そっか。あんたが“戦場の死神”ラードック・ブリンガーか』
「ほう……連邦からはそう呼ばれていたのか。なかなかにイカしてるじゃないか」
『ふん……あんたを倒せば、帝国は終わりだろ』
「残念だがな、私より強い者はいくらでも帝国にいる。老兵を1人殺したところで、大した戦果にはならんよ」
『ちっ……どこが老兵だよ、舐め腐りやがって』
「はっはっは! 小童がほざきおるわ! 今に見てるがいい、我ら帝国の全てを賭して造られた隠し球が、今にここにやってくる。それまでロートルに付き合ってもらうぞ、小童!」
『小童って呼ぶなクソジジィが……俺にはロウディンって立派な名前があるんだよ』
「ほう、ロウディンか……なかなかにいい名前ではないか。私をここまで追い詰めた小童として覚えておこう」
『だから小童っていうなっつったろ!!!』
「この程度で怒るようでは小童よ!!」
再び、両機が衝突する。互いに隻腕、鍔迫り合いは拮抗する。しかし、左腕と右腕でぶつかる状態、必然片側に空間ができる。私はすかさずスラスターを吹かし、すでにいくらか装甲が剥がれ落ちた左胸で体当たりを敢行する。
やはり彼奴──ロウディンは若い故に経験が足りないようで、今の体当たりも避けられずにクリーンヒットし、体勢を崩す。
ロウディンが体勢を崩し、わずかに間合いができる。スラスターを吹かし、瞬時に縦回転できりかかる。流石にこれは避けられた。ロウディンは回転する私に向けて突きを放ってくるが、回転の勢いを利用して離脱、回避する。
背後に回れば、ロウディンが横薙ぎの一閃を迸らせる。わずかに避けきれず右足を完全に失うことになったが、ロウディンもその代償にフォトンライフル全てとバックパックを失った。
互いに満身創痍。さらに数合打ち合い、互いに動けているのが奇跡と言えるような状態にまでなった。
その時、警報機が後方からの接近機体を知らせる。ロウディンの方も気づいたようで、両機とも接近する機体を確認する。未だ生きるセンサーが知らせてくれた識別番号は──
────『アインツィーゲ』
かの機体から通信が入る。嫌がらせに、ロウディンにも繋げてやろう。
『大丈夫ですか、救援にきました!!』
「助かったぞ、レイナース!!」
『……!? 僕の名前を!?』
「期待の新人だ、当然知っとるわ!」
飛行形態でこの宙域まで一直線で突っ込んできた『アインツィーゲ』が、私の隣で通常形態へと変形する。そうか、この機体は可変機だったのか。
『レイナース……お前、レイナースか!?』
『!?……その声、ロウディン!?』
まさか……こいつら、知り合いだったのか……?
『レイナース、お前……なぜこの戦場にいるんだ!!』
『お前こそ……どういうことだ、ロウディン!!!』
どうやら、彼奴等には禍根があるようだ。
「戦場の禍根は……」
『『!?』』
「……戦場で払底すべし!!」
私は、ロウディンへ突撃を敢行する。当然、ロウディンは回避するが、後にはレイナースが控えている。思った通り、レイナースは追撃を仕掛ける、が……
『そっちがその気なら……俺だって本気を出すさ!』
突如、ロウディンの機体の残った装甲が吹き飛ぶ。当然、レイナースが攻撃したわけではない。何が狙いだ……?
装甲をパージしたロウディンの機体は……幾度に及ぶ私の攻撃で不完全ではあったが、まるでマトリョーシカのように、別の機体となった。
『これが……『スペジール』の真の姿……『ヴァハムート』!!』
ロウディンの機体……『ヴァハムート』がその姿を露わにする。赤黒く輝く光の粒を大量に吐き出し、翼のように形作る。それはまるで、神の一翼のようだった。
『な、何が……』
レイナースは突然の変化に呆然としている。ある意味仕方ないだろう。何せ、ボロボロだと思っていた敵が、突然パワーアップして復活したようなものだから。
そうこうしているうちに、『ヴァハムート』が赤黒い翼の先をこちらへ向ける。どう見ても、攻撃の予備動作だ。
「!! レイナース、避けろ!!!」
全力でペダルを踏み抜く。レイナースの反応などみる余裕はなかった。
そして、刹那、巨大な閃光が突き抜ける。肩を少し掠っただけで、全身を持っていかれそうになる。ギリギリで立て直し、撃墜は免れた……が、正直厳しいところがある。
レイナースは……直撃こそ避けたものの、避けきれずに食らってしまったようだ。だが、さすがは帝国の技術の粋、ほぼ無傷で切り抜けた。
猛攻は続く。
ロウディンは、幾条もの閃光を放ち、少しずつ私たちを追い詰めてくる。レイナースは、幾度か命中しているが、機体に守られている。
このままでは埒があかない……ならば。
覚悟を決め……レイナースに通信を入れる。
「レイナース……今から私が隙を作る。そこに、全力の攻撃を叩き込め。いいな?」
『えっ!?……わ、わかりました!!』
レイナースは『アインツィーゲ』を飛行形態へと変形させ、チャージに入る。機体前面に装備されたフォトンライフルが変形しているため、おそらくはフォトンブラスターカノンを放つのだろう。戦艦用だと思っていたが、『鉄装機兵』に装備できるほどまで、技術が発展していたとは……ある意味、嬉しい誤算だ。
「……よく聞け、レイナース」
『は、はい!』
「……あとでラインハルト中将に伝えるんだ。『約束を違えるのは、私の人生のうちでこれが最初で最後だ。すまなかったな』と」
『……まさか、ラードックさん!?』
通信を切る。誰の声も届かない。
そして、回避から一転、攻勢に出る。
ロウディンは、どうやら私の急な変化に驚いたようで、一瞬砲撃が止む。その隙を逃さず、全速力で『ヴァハムート』へ突撃する。
すぐ、はっと気づいたように、再び砲撃の雨が降り注ぐ。フォトングレイブを、手首ごと高速回転させて即席の盾とするが、数発食らえば腕の先ごと持っていかれた。
「さぁ……最期まで付き合ってもらうぞ、相棒!!!」
私の声に呼応する。40年乗り継いだ『オルドーザ』は、その身を削り、私の想いに答えてくれる。そうだ、それでこそ私の“相棒”だ──
多少掠るくらいではものともせず、ついに0距離まで接近する。そして、その勢いのままに『ヴァハムート』に体当たりを食らわせる。流石の『ヴァハムート』といえど、純粋な質量を抑え込むのは難しいようで、思った通りに動きが止まる。ロウディンは、突然の出来事に弱い。
「今だ、撃てレイナース!!!!!」
通信は繋いでいない。だが、思いは通じたらしい。
『アインツィーゲ』から、戦艦も斯やという巨大な光線が放たれる。逃れようとする『ヴァハムート』だが、わずかに残った腕をうまいことひっかけ、直撃する位置に誘導する。
モニターが、白一面に塗りたくられる。思考が間延びする。
思えば、長い人生だったように思う。
18で入隊してから、この『オルドーザ』に乗り込み、数多の戦場を渡ってきた。妻子もなく、最期まで戦いばかりしてきたような一生だったが、やはりというべきか、そんなものでもなかなかに楽しい人生だった。
「すまんな……共に逝こうか、オルドーザ……」
そういえば、これまでろくに休暇を取ったことがなかったような気がする。いい機会だ、存分に休暇を楽しむとしようじゃないか。なぁ、付き合ってくれるか、オルドーザ……?
光に飲まれる瞬間、オルドーザはカメラアイを輝かせ、ラードックに寄り添った────