▼考古学研究家ジザベラの日誌03
【暁覚の月22日467年】
新年を無職で迎えても変わった事は何もなし。
ネーベには何度も宿の仕事を一緒にやらないかって誘われたけど、ただでさえリザレクトの普及で外からお客さんが寄り付かないっていうのに、貧民区の狭間に建つ休憩所の稼ぎはおおよそ見当がつく。
新しく人を雇わせて経営を圧迫するわけにもいかない。
いい加減仕事探しを始めよう。
【暁覚の月40日467年】
募集は全てリザレクトに取られてる。何でこの街に貧民区が出来たのか忘れてたよ、チキショウめ。
ロシュ―の奴に至ってはジェラルドの下で働いてまで遺跡調査を続行してるって手紙に書いてあったし、いっそプライドも全部かなぐり捨てて……やっぱ無理だ。
【飛火の月86日467年】
夜分に珍しくネーベが宿を空けて家に来たと思ったら、与太話の巨人と女の子が来たって玄関で急に捲くし立ててきた。
とりあえずお酒飲ませて落ち着かせたけど、行方知らずだったグライドスター家の娘さんが帰ってきた話と関係があるらしい。
あの子、もう先は長くないって医者のお墨付きまで貰ってたのに、何処で何をしてたのやら。
でも問題はそこじゃなくて、その巨人が1泊食事付き750ゴールドの宿に、5万ゴールドを何も言わず受付にドンっと置いて、思わず部屋を案内しちゃったらしいって事。
宿泊日数も素性も分からなくて、女の子(確かハーモニィって言ってたかな)がいなかったら体目当てかと思ったわよ!…って30代半ばに入って何寝ぼけてんのって返したら「ボディラインはまだ崩れてない!」って怒られた。
同い歳だから偉そうな事は言えないけど。
ちなみに巨人の方は言葉が通じないらしくて、逆に女の子は普通に話してくれるけど目が見えないとかで、身振り手振りと言葉がそれぞれ通じなくてキツかったって。
それから料金分で何処までサービスすれば良いか分からなくて、初めてルームサービスを始めたら思いのほか好感触だったらしいけど、今日も差し入れしたら巨大なヒルが部屋にいたらしい。
渡された大金が珍獣の口止め料だったのか、それともペット連れ込み料だったのか。
確認の術も勇気も無くて、ご飯を置いたらそのまま私の所まで逃げてきたみたい。
酒をガバガバ呷ってるせいで何処まで本当なのかは謎でも、ホラを吹く奴じゃない事は長い付き合いで分かってる。
話してる内にまた暴れ出しそうだったから、今晩は家に泊まっていくよう言っておいた。
【飛火の月88日467年】
被害があれば衛兵を呼んで、慰謝料にお金はそっくり貰う。無事帰ってくれるなら差額を払えばいい。
そう何度も言い聞かせながら宿まで付き添ってる途中で、噂の“彼”を市場で見てしまった。
雑踏を物ともせずに上半身が見えて…曲剣、って言ったかな。三日月に似た巨大な武器を背負ってた。
編みカゴも担いでたけど、買い物袋?なんて聞いたらあの中に女の子が入ってるって教えてもらった。
ネーベが怯えてたから近付く事はしなかったけど、見守ってたらアーロの店でピタリ。
店内に入らずとも持ち帰り注文できるのが売りの店で、顔を引き攣らせた店員から茹で立てスパゲッティを受け取った直後。
ひょっこりカゴから女の子が顔を出して、巨人と何か話してた。
それだけで殺伐とした空気に花の香りが漂った気がしたのも束の間。すぐにトマトソースの匂いがとって代わって、巨人が去ると店の前に行列ができ始めた。
他にも彼らを見ていた奴らがいたらしい。しかも考えている事は皆同じ。
それで慌てて2人で並んで、番が回ってくるとすかさず巨人の事を聞いてみたら、注文は指さし。支払いは金貨の詰まった袋をそのまま手渡されて、必要な金額だけもらって後は返した。って自慢げに答えてた。
ベンチに座るといまだ列をなした店前では、私たちと同じ疑問を抱えた連中が並んでる。
それを見ながらササっと食べて。
それが結構美味しくて、お代わりするか悩んでたら。
「…あたしの方が美味しく作れる」
って。俯いてたネーベが顔を上げると「ありがとね」って残して、宿の方角に向かってった。
とりあえず元気になってくれて良かった。
【飛火の月90日467年】
悪い事がある時は立て続けに起こるもの。同様に珍しい事も連続してやってくる。
またネーベが家に来たと思えば、両手には食材の入った袋を抱えて「厨房を貸して」ときた。
台所にあった資料の山をどかすのを手伝ってもらいながら話を聞いてると先日、プリム家のバカ兄弟が宿に来て、巨人を雇ってったらしい。
だいぶ前に資料を貸してくれって押しかけてきて、理由と何の資料か問い詰めたら逃げられちゃったけど、“崖の降下訓練”と称して井戸に落ちた悪ガキが何を企んでいるのやら。
で、宿泊客(巨人)用の食材が悪くなっても仕方ないから味見と処理を頼みたい、と。
変なところで真面目な彼女をからかいつつ、隣で酒を飲みながら経緯を聞いてみたら、受付に来た兄弟に案内を頼まれて、仲介手数料を冗談交じりで請求したところポンっと3000ゴールド。
泊まり客に悪いと思いながらも渋々連れてったらしい。
でも応対したのは女の子の方。肝心の巨人は武器、というかギロチンを会話中もずっと研いでたらしくて、プリム兄弟も震え上がってたらしいけど、ネーベも他人事じゃなかったとか。
それからも巨人は一言も話さず、片手じゃ持てなさそうな報酬を悠々と受け取って今朝出発。そして今に至る、か。
グライドスター家の騒動で富裕層にも知れ渡ってるとなれば、また依頼来るかもねーって伝えたら、真剣に仲介手数料の計算しだしてて、また笑った。
坊やたちもあの巨人が護衛してくれるなら問題ないだろうね。きっと本人たちがどっかでヘマしてすぐ帰ってくるに決まってる。
そうこうしてる内に夕飯が出来た………うん、いままで食べたスパゲッティで1番美味しい。
【鹿笛の月7日467年】
一週間経っても巨人の音沙汰なし。
プリム家では騒ぎになっても積もり積もった前科。衛兵は気怠そうに行方を尋ねてくるだけで、一応教えといたら、また“底なし沼”にハマってるんじゃないかって笑い飛ばして会話終了。
去り際に巨人が前に馬車を牽いた姿を見たって噂を聞かされたけど、リザレクト6体でもやっと動く物を1人で引っ張るとか…信憑性のある体格だけに、鼻で笑う事も出来なかった。
【鹿笛の月11日467年】
プリム兄弟が無事に帰ってきた。
巨人も宿に戻ったらしいけど、数日前に尋ねた薬師のマルシェロ。その後は鍛冶屋のトロイからの依頼を立て続けに受注して、街の外を頻繁に出入りできる稀少な存在として頼りにされてるらしい。
砦壁の向こうはリザレクトや山賊が蔓延ってるから、依頼して2ヶ月後に郵便護送車が出発なんて珍しくもないし、採取も衛兵に申請を出して同行させられるなんて事もある。
そういった背景から彼の需要は大きくて、金を多めに払ってでもお願いしたい案件ばかりとなれば、ネーベにとっても巨人にとっても悪い話ではないんだろう。
ただあの小悪党。せしめた仲介料を宿の改装に使うのかと思えば、“遺跡発掘の護衛料”に充てるとか抜かしてきた。
「大きなお世話」
「ジェラルドに好き勝手遺跡を踏み荒らされるような腰抜け」
「自分のボロ宿のことをもっと考えろ」
「研究以外に取り柄のない能無し」
思えばネーベと本気で口論になったのは子供の頃以来だったけど、割と本気でムカついて一晩中言い合ってた。
取っ組み合いにならないだけ成長したとは言え、下手したら衛兵が来てたかもしれない。
互いに1歩も譲らず、ネーベは帰らずに泊まってく事になった。
首を縦に振るまで動かないつもりだろうか……ほんっと、昔から変わってないな。